ナギサの実家

 翌日、オリヴィアとコハルは仕事道具を整理するためにナギサの家を訪れた。ナギサの父親が経営していた工房はオカチマチの中央部から少し外れた場所にあり、しばらく店を閉めている状態なので工房内はひっそりと静まり返っている。


 工房に入ると父親やその弟子が昔使っていたであろう作業スペースがあり、その奥の扉を開けるとナギサの部屋という作りになっていた。


「圧巻ね……」


 ナギサの部屋へ繋がる扉を開けたオリヴィアが呟く。部屋に入ってまず目に入るのは大きな棚にびっしりと並べられたトロフィーや盾だ。全てナギサがコンテストや表彰で獲得したものだろう。


 その横には作業用の机と素材がしまってある棚、そして作品を展示したショーケースがいくつか並んでいた。


「さて、とりあえず仕事に使う道具だけこの段ボール箱に入れてくれ」


 引っ越し用の段ボール箱をいくつか組み立ててその中に仕事道具を収納する。どれが必要な道具なのか分からないので音声通信魔法と蜃気楼通信でナギサに聞きながら分別することにした。


『とりあえず、作業机の上と引き出しの中にある物は全部持って来てもらえるかな』『素材用の棚は棚ごと持って来てもらえると助かる』『作品はそのまま置いておいて構わないよ』


 と、逐一こんな感じである。

 ショーケースのような素材用の棚を覗くと金色や銀色の粒が袋に沢山入った状態で無造作に収納されていた。他にもダイヤモンドやルビー、サファイアと言った「誰にでも分かる」ような高級宝石が大量にしまわれている。


「そういえば、新居ってどんなところなんだ?」


 棚の中身を除いたコハルが唐突に尋ねた。


「大通りに面したお土産物屋さんの二階よ」

「……セキュリティは大丈夫なのか? この棚の中身だけでもかなりの金額だぞ」

「そうなの? まぁ、作品の値段を考えるとそうよね」


 新居予定の家はごく普通の一般住宅である。そんな厳重なセキュリティシステムがあるはずがない。


「これを家に置くつもりならやめた方が良いぜ。どこか安全な場所に工房を借りて防犯魔法を使ったり金庫か何かに入れた方が良い」

「……だって。ナギサ、どうする?」

『ふーん。そうなのか。何処か良い場所が無いか知り合いに聞いてみるよ』

「そうしてくれ。強盗に入られたら大変だからな」


 まさか無防備な住宅にこの金やプラチナ、高額な宝石が詰まった棚を運びこむつもりだったとは。二人の危機意識の低さに不安になったコハルは防犯魔法の魔道具を持たせようと決心した。


「あと何か必要な物はある?」

『そうだな、そっちで使っていた食器類や残っている洋服なんかも送って貰って良いかい?』

「分かったわ」


 台所へ行き食器棚を開くと高そうな食器がズラリと並んでいる。それを梱包材で一つ一つ丁寧に包んで段ボール箱へ収納した。転移便で送るので割れる心配がほとんど無いのが嬉しい。


「洋服はタンスごと送って良い?」

『勿論』


 洋服はいちいち段ボール箱にしまい直すよりも棚ごと送ってしまった方が良さそうだ。作用机などの大型家具と一緒に送ってしまおう。


「梱包して見ると結構量があるわね」


 ナギサの分だけでも結構な量の荷物になった。これにオリヴィアの荷物も加わるとなるとあの新居に全て収まるのか心配になる。セキュリティ面のことも考えると別の場所を探した方が良いのだろうかとオリヴィアは思った。


「悪いんだけど、荷物が思った以上に多いから工房を探すついでにもうちょっと広い部屋を探してみてくれない? あたしの荷物を追加するとあの部屋だと狭いかも」

『なるほど。分かった。聞いてみるよ』


 こういうことは臨機応変に、である。


「もう他に運ぶものは無い?」

『ああ。大体そんなものかな』


 他にも本やら雑貨やらを纏めて大体荷物の梱包が終わった。これを新居が決まったら転移便で転送してもらうのだ。


「終わったか?」


 その様子を見ていたコハルが声をかける。


「ええ」

「じゃあ新居が決まったら送るから連絡してくれ」

「分かったわ。ありがとう」


 難なく引っ越しの準備が終わりナギサの家を後にする。


(ナギサの部屋は綺麗なのにこっちの工房は埃まみれね)


 出入口に面した工房を通る時に違和感を覚えた。入って来た時は気付かなかったが長年使っていなかったことがはっきりと見て取れるほど埃まみれの作業机。そして机の上に散らばった工具。。同じ家の中なのにここだけ廃退してしまったような異様な雰囲気だ。


「あの父親、もうとっくの昔にモノ作りは止めていたんだろうな」


 分厚い埃が積もった机を見てコハルは言った。裏口があるからそこから出入りしていたのだろうと。オリヴィアにはまるで封印されていたような工房がそこはかとなく寂しげに見えた。

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