夜の装飾品店

 翌日、通信魔道具を揃える為にコハルとオリヴィアは魔道具専門街に赴いた。


「これが全部魔道具専門店なの?」


 オリヴィアは一帯に立ち並ぶ魔道具専門店を見て驚きを隠せない。


「そうだぜ。ここに来れば大抵の魔道具が揃うようになっている」

「コハルの家を見て思ったけど、もうあまり家電って使われていないのね」

「電気を使うのはそれこそ店や家の照明器具か路面電車くらいかな。魔道具は元々エネルギー資源の枯渇を防ぐために取り入れられたものだからな。電気代もかからないとなれば広まるのはあっという間さ」


 「電気」を使わず動かせる。それが魔道具普及の一番の要因だった。いかに少ない魔力で効率的に動く魔道具を生み出せるか。「家電」には出来ないことを実現させられるか。


 「良い物を作れば売れる」とメーカーや技術者がしのぎを削る凄まじい開発競争が行われた結果、「魔法」が到来してから十数年という短い期間で魔法技術は目まぐるしい発展を遂げたのだった。


「さて、まずは音声通信魔法を付与しようと思うんだが、素体はどうする?」


 音声通信魔法は自前の装飾品に付与するのが主流だ。


「あたし、この指輪と髪飾りくらいしか装飾品を持ってないわ。指輪には通訳魔法が付与されているし……」

「魔法同士で干渉するから二重がけは出来ないからなぁ」


 一般的に一つの魔道具には一つの魔法しか付与出来ない。魔道具を衝撃から守る「保護魔法」や魔法で金属皮膜を纏わせる「魔導メッキ」、「造形魔法」のような素体そのものを作ったり補強するだけの魔法は魔力の残滓が残るだけなので使う側が問題視しなければ使用することが出来るが、魔道具にするための魔法は複雑な構造をしているため二つ以上の魔法を付与すると互いに影響しあって上手く作用しないのだ。

 それが今各種メーカーの研究課題となっており、解決した暁には魔道具界に革命が起きるのではないかと言われている。


「通信魔法の店に素体が売っているからそれを買っても良いが、常に身に着けているものだから気に入った物が良いだろう?」

「そうね。髪飾りだと日によって違うものを使うかもしれないから、出来れば他のものに付与出来ると良いんだけど」

「そうだな。……じゃあ、知り合いの店に行ってみるか? 良い物が見つかるかもしれないぜ」


 オリヴィアはコハルの提案に乗ることにした。路面電車で職人街にある「知り合いの店」へ移動する。コハルが案内したのは駅から少し離れた場所にある石造りの立派な店だった。


「リッカ、ちょっと良いか?」

「あれ? コハルさん、どうしたんですか?」


 店に入ると店主の女性が作業の手を止めて顔を上げた。


「依頼品の納品はもうちょっと先の予定でしたよね?」

「今日は仕事とは関係ない用事で来た。紹介するよ。オリヴィアだ」

「は、はじめまして」


 立派な店構えに怖気づいたオリヴィアはコハルの後ろに隠れるようにして店主の女性――リッカに挨拶をした。


「あ、もしかしてこの前言ってた……」

「ナギサの親戚だ」


 コハルから「急にナギサの親戚を一週間預かることになった」と通信で聞いていたリッカは事情を理解すると笑顔でオリヴィアを店に招き入れた。件の事件の被害には合わなかったが、リッカもまた目撃者の一人だ。ナギサが国外へ出されたと聞いて心配していたのだった。


「これも造形魔法で作っているの? 素敵ね」


 店内の棚に並べられた作品を見てオリヴィアが尋ねる。


「ここに並んでいる作品は全部手仕事で作っているので造形魔法は使っていないんです」

「えっ! そうなの? こんなに細かいのに」


 様々な石を使った天体モチーフの装飾品を眺めていたオリヴィアは驚いた。てっきりナギサと同じように造形魔法を使っているのだと思ったからだ。


「ふふふ。そういう細かいものだからこそ、手作業でどこまで作れるかが職人の腕の見せ所なんですよ!」

「でも、造形魔法を使えば手作業で作るよりも楽になるんでしょ? どうしてあんな便利な物を使わないの?」


 オリヴィアの言葉にリッカはどう返そうか迷った。オリヴィアのキラキラした目を見るに、純粋に「何故?」と疑問に思っているのだろう。ナギサの魔法を見た後ではそう思うのも当然だ。


「うーん、まぁ正直そこは個人の趣味……というか好みになるんですけど、私は造形魔法よりも手仕事の方が好きだから……かな」


 造形魔法を使うことを否定している訳ではない。造形魔法を使って一瞬で物を作るよりも手仕事で試行錯誤しながらコツコツモノ作りをする方が楽しくて好きだから。それだけだ。


「確かに手仕事で作るのは大変ですけど、一つ一つの段階を踏むごとに作品が完成に近づいていくのはワクワクするし、完成した時の達成感は何にも代えがたいものがあるというか」

「まぁ、造形魔法で物を作るのは一瞬だからな。オレも趣味で石の研磨をするからその『達成感』は良く分かるぜ」

「……なるほど。なんとなく分かったわ」


 リッカの言葉を聞いたオリヴィアは「花束ガラス」を作った時のことを思い出していた。自分でデザインを考えてパーツを配置して焼いてもらう。時間と手間はかかったが完成品を見た時の感動は忘れられない物があった。

 そういえばナギサも「造形魔法で作ればもっと上手くできるのに」と言っていたっけ。それに対してオリヴィアは「それでは花束ガラスの良さが無くなってしまう」と返したのだった。


 旅を始めた頃に出会ったサンドロも同じような事を言っていた。「この町の人間は自分の手で作ることが好き」なんだと。

 造形魔法で作った物と手仕事で作った物、それぞれにその技法でしか出せない良さがあるように、作り手にとってもそれぞれその技法に拘る理由があるのだ。


「で、今回何故オリヴィアをここに連れて来たのかと言うと、手仕事品は魔法付与をするのにうってつけだからだ」

「そうなの?」

「手仕事で作った物には作り手の魔力が宿っていないので魔道具の素体にピッタリなんです。『無垢の装飾品』って言って一定の需要があるんですよ」


 魔法の二重付与が出来ないように、造形魔法で作った物に宿る微量な魔力も付与した魔法に僅かながら干渉する場合がある。手仕事品はその心配が一切無い為、独自のデザイン性と相まって「器」として一部の愛好家に人気があるのだ。


「音声通信魔法を付与したいんだが、何か良い物はあるか?」


 コハルが尋ねるとリッカは少し考えてからいくつか装飾品を見繕って小さなトレーの上に乗せた。


「日常的に身に着ける物なのでシンプルな物がおすすめですね。一番売れているのが指輪とペンダント、あとはイヤリング、ピアス、イヤーカフですかね」

「ブローチは?」

「ブローチは服によって付け替える人が多いのであまり向かないんです。オリヴィアさんはどれが使いやすいですか?」


 オリヴィアは悩んでいた。普段装飾品を身に着けないのでどれが良いのか分からない。


「あたし、普段装飾品を使わないからどれにしたらいいか分からなくて。この指輪や髪飾りも最近使い始めたばかりなの」

「……なるほど。だったら指輪かペンダントが良いかもしれないですね」


 リッカ曰く、イヤリングやピアスなどの耳に着けるタイプは合う合わないがあるので常に身に着けることを考えると慣れてからの方が良いということだった。


「合わない人だと頭痛の元になったり装着感が気になったりすることがあるので。ペンダントも肩凝りの原因になったりするけど、軽いものなら大丈夫かな。指輪は身に着けていて問題なさそうですか?」

「ええ。特に問題ないわ」

「それなら指輪でも良いかもしれないですね」


 ペンダントだと同じ物を毎日着けなければならないが、指輪ならば別の指輪と合わせて使えるので飽きないのが利点らしい。オリヴィアはリッカのアドバイス通り指輪を選ぶことにした。


「ここにある物の中から選んでも良いですし、折角なので自分で作ったりも出来ますよ」

「えっ! 作れるの?」

「はい! 丁度最近ワークショップを始めまして……」


 そう言うとリッカは「夜の装飾品店彫金ワークショップ」と書かれた一枚のチラシを持ってきた。不定期開催の単発ワークショップで、内容は地金で指輪を作る簡単なものからロウを使って好きな物を作るちょっと上級者向けの物まで様々で、「気軽に手仕事を体験できる」と好評らしい。


「地金で作るタイプならそんなに時間もかからないですし、良かったら。私が言うのもなんですけど、お値段も安いのでおすすめですよ!」


 思わぬ提案にオリヴィアの顔がぱぁっと明るくなった。自分で作った指輪を魔道具にするなんて素敵すぎる。


「是非体験してみたいわ!」


 オリヴィアが即答するとリッカは笑顔で頷いた。

 彫金机の前に座りヤスリや工具の使い方について一通りレクチャーを受ける。「すり板」と呼ばれる机に固定した板や「ヤットコ」と呼ばれる金属を挟んだり曲げたりする工具など、使ったことのない道具に戸惑いながらも「補助するので大丈夫」というリッカの言葉を信じてオリヴィアは指輪作りに挑戦した。


「まずはどういうタイプの指輪にするか決めましょう!」


 最初にサンプルとして出された様々な細さや厚さの指輪を見ながら好みのデザインを決める。

 太めも存在感があっていいけれどナギサに貰った指輪が太目なので細目にした方がバランスが良いかもしれない。別々に着けても重ねて着けても大丈夫なデザインにしよう。


「細目の指輪にするわ」


 大体の仕様が決まったら銀の棒をローラーで引いて好みの厚みにする。今回は幅を出さないので引いた銀線をそのまま指輪に仕立てるのだ。

 まずは銀の棒をバーナーで炙って熱し、急冷して。そうして柔らかくしたものをローラーで引くと少しずつ細くなっていくので、最初は太い幅からだんだんと細い幅へ、何度もなまして引いてを目指した細さになるまで繰り返す。


「この位の細さで大丈夫」

「分かりました。じゃあ指輪にしていきましょう! 今回作る指輪はどの指に嵌める予定ですか?」

「出来ればこの指輪と重ねて使えるようにしたいんだけど……」


 オリヴィアが左手に嵌めた指輪を見せると、リッカは指輪のサイズを測ってそのサイズの指輪を作るのに足りる分だけの銀線を切り出した。


「この銀線を木槌で叩いて丸く曲げます」


 木芯と呼ばれる木の棒に焼きなましをした銀線を当てて木槌で叩くと指輪の形に曲がっていくのだ。


「そんなに力まなくても大丈夫だぜ」


 力を込めて叩こうとしているオリヴィアにコハルが声をかける。細い銀線なのであまり力を込めて叩くと潰れてしまうのだ。

 銀線をコンコンと軽く叩くと木芯に沿って丸く変形していくので全て曲げ終えたらゲージ棒という指輪のサイズを測ることが出来る棒に通して微調整をする。目的のサイズぴったりになるように余計な部分を切り落とし、切り口を揃えたらロウ付け溶接だ。


「指輪の基本形が出来たのでバーナーで溶接しましょう」


 リッカが使っているのは魔導トーチではなく昔ながらのガスバーナーだ。手仕事をしている職人は未だにガスバーナーを愛用している者が多い。

 魔導トーチはガスボンベを必要とせず場所も取らない上に安全なので便利なのだが、魔力で火を焚くので「無垢」の作品を作るのに向かないと信じられているのだ。


 指輪を耐火ブロックの上に乗せてフラックス融剤を塗り熱する。素の後に銀ロウを乗せて銀ロウ補助材が溶けるまで加熱し、銀ロウが溶けた瞬間に火を離す。今回は細い銀線を使用しているのでタイミングを間違うと温度が上がりすぎて作品自体が溶けかねないので注意だ。


「ではこれを酸洗いしましょう」


 希硫酸の入ったポットに入れるとジュッという音がして指輪が白く変色した。


「真っ白になっちゃったけど大丈夫なの?」

「被膜で覆われているだけなので大丈夫ですよ! 今からこれを磨いていきます。粗目の紙やすりで磨きすぎるとサイズが変わってしまうので注意してくださいね」


 希硫酸から指輪を引き上げて流水で洗って仕上げに入る。ロウ付けの痕をヤスリで削り取ってから紙やすりを荒い番手から順番に使って磨いていき、最後にリューターでバフをかければ完成だ。


「出来た!」


 ピカピカに磨き上げられた指輪を手にオリヴィアは思わず声を上げた。何の模様もないシンプルな指輪だが自分で一から作ったのだから感無量だ。ナギサから貰った指輪の上に重ねて着ても一本の指輪のように見えて違和感が無い。


「その指輪が華やかだからシンプルなデザインにして正解だったな」

「そうですね。金と銀でコンビの指輪みたいなって素敵かも」


 リッカとコハルに好評だったのでオリヴィアも鼻が高い。


「この指輪、ナギサがあたしのために作ってくれたの」


 そう言うと二人は納得したような表情を浮かべた。並みの職人では作れない細かい彫りが施された指輪だ。オリヴィアが身に着けても派手過ぎず、彼女に「似合う」ように上手く調整されたデザイン。

 ナギサが作ったと言われれば「なるほど」と思う一方、「オリヴィアの為に」作られたことが一目で分かることに二人は驚いた。


(自分の好みではなく他人に似合うかどうかを考えて作れるようになったんだな)


 今までのナギサの作品は完璧無比でナギサの「美」に対する意識が強く反映された物だった。高価な石を大量に使いショーケースの中で輝く美術品。そんな作品ばかりだったのだ。それ故に「オリヴィアのために」作られた指輪に二人はナギサの心の変化を垣間見たのだった。


「良く似合ってるぜ」


 コハルがそう言うとオリヴィアは嬉しそうにはにかんだ。

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