ただいまとおかえり

「忘れ物は無いか?」

「ええ」


 国際転移港ポートのゲートの前に大きな荷物を持ったオリヴィアと見送りに来たコハルの姿があった。オリヴィアの転校手続きが済んだので母国へ帰国することになったのだ。


「お世話になったわね。ありがとう」

「こちらこそ。オリヴィアには感謝してもしきれないくらいだ」


 コハルはそう言って笑う。最初に社長からオリヴィアを泊めて欲しいと言われた時には「ナギサの親戚」ということもあり警戒していたが、彼女の「助言」のおかげで天然石を再生する新事業も新しい一歩を踏み出せたのだ。言葉通り感謝してもしきれない。


「また時間が出来たら寄ってくれ」

「ありがとう。今度はコハルがこっちに来てくれても良いのよ」

「そうだな。生活魔法の研究もしたいし、暇が出来たら遊びに行くよ」


 オリヴィアとの実験以降、コハルは「生活魔法」にぞっこんだった。造形魔法とはまた異なった仕組みの、コハルにとっては全く新しい魔法。研究を進めれば造形魔法以外の魔法への応用が出来るかもしれない。可能性の塊だ。

 学者肌のコハルは今すぐにでもオリヴィアの国へ押しかけたいくらいだったが、今は新事業に集中しなければならない。「転移港があればいつでも行ける」と泣く泣く「東の国」へ残ることにしたのだ。


「じゃあ、行くわ」

「ああ。元気出な」


 再開の約束を交わし、オリヴィアはチケットを手にオリヴィアの国へと繋がるゲートをくぐる。行きと同じくあっという間の長距離移動だ。


 ゲートをくぐると一週間ぶりの景色が目の前に広がる。見慣れた文字と聞きなれた言葉にオリヴィアはほっと胸を撫で下ろした。

 知り合いが一人も居ない異国の地で一週間働きっぱなしだったのだ。ナギサの仕事のことだけではない。買い出しや引っ越し準備の空き時間に「黒き城シャトー・ノワール」で経理についての勉強をしていたのだが、これがまた大変だった。


 「黒き城」の社長はオリヴィアを子供扱いせず、一から数字の見方や金の扱い方を教えてくれた。

 ナギサをオリヴィアの元へ寄越したことへの罪悪感からというのもあったが、オリヴィアの熱意と固い決意に応えようとしたのだ。

 オリヴィアが持ち帰った分厚いノートがその「指導」の成果を物語る。びっしりと書き込まれたノートはオリヴィアにとってかけがえのない宝物になった。


「オリヴィア!」


 自分を呼ぶ大きな声が聞こえ、その方向を見ると大きく手を振るナギサの姿があった。「今から帰る」と連絡を入れておいたので迎えに来たらしい。


「オリヴィア、おかえり!」


 異国への旅を終えたオリヴィアをナギサは嬉しそうに出迎える。パタパタと駆け寄って来る姿はまるで大型犬のようだ。あまりの喜びようにオリヴィアは思わずぷっと噴出した。


「ただいま。一週間働きづめでなかなか忙しかったけど、楽しかったわ」

「それは良かった」

「ナギサが言ってた通り、あたしの国と全然違ってびっくりしちゃった。本当に路面電車しか走って無いし、あの変な箱! 見たことが無い魔道具ばかりで楽しかったわ」

「ボクが言ったこと、信じてなかったの?」

「そ、そういう訳じゃないけど……」


 オリヴィアは誤魔化すように髪の毛をいじる。その指に見慣れぬ指輪が嵌っていることに気づいたナギサはオリヴィアの手を掴むとまじまじと見つめた。


「この指輪は?」

「ふふ、私が作ったの! 凄いでしょ!」


 自慢げに見せつけるオリヴィアにナギサは笑みを浮かべる。ナギサが作った一粒石リングの上に寄りそうように嵌る銀色の指輪。真円ではないし磨きも甘い。完ぺきとは程遠い拙さの残る指輪だ。


(だけど、、良い指輪だ)


 自らが作った指輪に寄りそう可愛らしいそれを眺めながら、ナギサはふとそんなことを思った。


「良い指輪だね。今度ボクにも作ってよ」

「えっ?」

「ボク、オリヴィアが作る作品が好きなんだ。オリヴィアらしさが出てるから」


 そう言って自分の髪に着けている赤い髪飾りを指さす。


「あたしらしい?」

「ボクが作る物とは全然違う、それが凄く魅力的なんだ。なんと表現するべきか……オリヴィアのファンになった、かな?」

「えっ!」


 「オリヴィアのファン」という言葉に嬉しさと恥ずかしさが混ざったような、甘酸っぱい感情がこみあげてくる。オリヴィアは顔を真っ赤にして固まっていたが、仕返しとばかりにこう言い返した。


「それを言ったら、あたしだってあんたのファン第一号なんだから!」

「一号?」


 ナギサは不思議そうに首を傾げる。ナギサの作品には既に多くのファンがついている。「第一号」とは一体どういう意味なのだろうか。


「もう今までのナギサとは違う。新しい場所で、新しい店で、新しい作品を作るんだから。あたしはその『新しいナギサ』のファン第一号。異論は認めないわよ」

「じゃあボクはオリヴィアのファン第一号って事だね」

「……まぁいいわ」


気恥ずかしさを隠すようにオリヴィアはナギサの手を取った。


「帰りましょ。話の続きは歩きながら!」


 二人には帰る場所がある。

 両手いっぱいに抱えきれないほど沢山の思い出話を土産にホテルへの帰路を歩む。この一週間で起きた出来事を互いに報告し合いながら、二人は新しい一歩を踏み出したのだった。


(終)

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ナギサとオリヴィア スズシロ @hatopoppo

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