ナギサとオリヴィア

スズシロ

最悪の出会い

 ある異国の国際移転港ポート。他国からやってくる客や友人を出迎えるためか、転移ゲートの外には人だかりが出来ている。


(……ったく、なんであたしが出迎えなんかしなくちゃならないのよ……)


 その中の一人、ミルクティーのような愛らしい髪色の少女はむすっとした顔で人を待っていた。親の言いつけで遠い親戚の娘を迎えに来たのだがどうも気が乗らない。そもそも会ったことも無い親戚の娘をどうして自分が……。

 そんなことを考えているとゲートの外の群衆がにわかに色めきだった。


「見ろよ、あの子。凄く綺麗だなぁ」


 少女の隣の男性たちがしきりにそんな言葉を口にする。


(何? 有名人でも来たの?)


 群衆の視線の先に目を向けると、背の高いプラチナブロンドの女性が目に入った。


(綺麗な人)


 恐ろしいほどに整った容姿。すらりと伸びた手足にひとくくりにされた美しく輝くプラチナブロンドの長髪。誰かを探しているのかしきりに周囲を見回している。


「あ」


 ぱちりと目が合う。


「オリヴィア!」


 女性は少女の名を呼び、手を小さく手を振った。


「……えっと、あんたがナギサ……で良いんだよね?」

「ああ。君はオリヴィアだよね? これから宜しく」


 ナギサは笑顔でオリヴィアに手を差し出す。オリヴィアはぎこちない笑顔を浮かべながらもその手を握り返し、「家まで案内するわ」と歩き出した。


「この国は初めて?」

「うん。自分の国から出たことは無いからね」

「……そう。あんた、そんななのになんて一体何をしでかしたわけ?」

 

 オリヴィアの疑問にナギサは笑みを持って答える。


「……まぁ、良いけど」


 言いたくないような理由なのか。急に異国へ預けられるなんて余程のことだ。詳しい事情は知らないが、良い理由では無い気がする。

 母親にナギサの話を聞いた時から、そんな悪い予感がしていた。


(こんなに綺麗な顔をして、人は見た目に寄らないものね)


 オリヴィアは否定もせずに整った顔にうっすらと笑みを浮かべるナギサを一瞥すると小さくため息をついた。



 この世界には魔法があり、神がいる。


 ナギサの母国である「東の国」には「造形魔法」という魔法がある。物質の形を自由自在に変える魔法だ。


 ほんの少し前の時代、燃料資源の減少によるエネルギー不足に悩まされるようになった「東の国」に異国から三人の女神がやって来た。彼女たちは既存のエネルギーに代わる力――「魔力」の存在を人々に教え、それぞれが持つ技能――「魔法」を世に知らしめた。

 人々は三女神を讃え、国の各地に神殿を建てた。の話である。


「造形魔法」はその三女神のうちの一人、女神リディアがもたらした魔法だ。その利便性から彼女の国では物作りは「造形魔法」による生産が中心となり、手作業で作品や製品を作る職人は「時代遅れ」だと言われるようになった。


 熱を使わずヤスリも掛けない。金属に魔法をかけるだけで鏡面仕上げされた宝飾品が短時間で作れるようになり、手作業では不可能な緻密なデザインも実現できるようになった。宝飾品だけではない。衣類や家電、住宅だって造形魔法があれば短期間で作ることが出来る。

 皆造形魔法の便利さに魅了され、昔ながらのモノづくりをしている人間は減る一方である。


 「東の国」にもたらされたのは造形魔法だけではない。離れた土地を繋ぐ転移魔法、人々のコミュニケーションツールである通信魔法も三女神が人に与えた魔法の一つだった。人の手に余る人智を越えた技術はそれを手にした人々の生活を一変させた。


 転移魔法で大都市間の移動が容易になった結果、「東の国」では転移魔法の拠点である転移港ポート周辺への移住が進み都市のコンパクト化が起こった。人口が急激に増えた街にはコンパクト住宅なる集合住宅が建てられ、街の景色はなんとも味気ない物になってしまった。

 魔法が与えた恩恵は多大なるものだったが、それによる文化や技術の損失もまた大きなものだった。


 オリヴィアはそんな三女神と同じ神の血を引く一族の娘だ。人々に知識や魔法をもたらしたとされる神々の一族、その末席に名を連ねてはいるが血が薄くなりすぎた為魔法の腕は一般人となんら変わりは無い。ごく平凡な少女である。

 一つだけ彼らとの共通点を見出すとしたらプラチナブロンドを少し濃くしたような髪の色だろうか。とにかく、それくらいしか挙げる部分が無いほど彼女は「普通」だった。


「いらっしゃい! あなたがナギサね。待っていたわ」


 郊外にあるオリヴィアの家へ着くと家の中から母親が出て来てナギサを出迎えた。


「本当にリディア様にそっくり!」


 母親はナギサの容姿を気に入ったようでナギサの手を取りうっとりとした目で眺めている。オリヴィアの母親もまた、神の一族に名を連ねる者である。ただ母の母、つまりオリヴィアの祖母もそのまた母も人間を夫に迎えており「神」としての力はほとんどない。

 人と結ばれたいがために先祖がのが始まりとされるが、「神」ではなくなった子らを娶りたいと思う神はおらず、結果子孫達も人間と結婚せざるを得なくなってしまったのだ。

 末席の末席に居るもはやなのだが自らが「神の一族」であるということに対する執着は凄まじく、娘のオリヴィアが「普通」であるということに常日頃不満を抱いていた。


「リディア様の娘さんをお世話出来るなんて嬉しいわ。自分の家だと思ってゆっくり寛いでね」

「ありがとうございます、おばさま」


(……私にあんな笑顔を向けたこと無いくせに)


 オリヴィアは乙女のようにはしゃぐ母親に冷たい眼差しを向けていた。

 そう、ナギサは女神リディアの娘なのだ。つまり、神の直系に当たる。それが血筋にコンプレックスを持つ母親にとってどんな意味を持つのか、オリヴィアには良く分かっていた。


『リディア様の娘さんを預かることになったの!』


 数日前、相談も無しに告げられた一言にオリヴィアは唖然とした。リディアという名前に聞き覚えはあった。耳に胼胝ができるほど聞かされた「神の一族」についての自慢話、その中に出て来た女神の名だ。


『どういうこと? ホームステイするって意味?』

『リディア様のお弟子さんから連絡があってね、事情があって暫く預かって欲しいって。オリヴィア、転移港まで迎えに行きなさい。お待たせしないように、早めに行くのよ』

『事情……?』

『お迎えの準備をしないと』


 「事情があって」という言葉に嫌な予感がしたものの、母親は女神の娘を預かるという名誉な仕事に舞い上がって話が通じるような状態ではない。

 オリヴィアは仕方なしに指定された日にナギサを転移港まで迎えに行き、今に至るという訳だ。

 

「そういえば、ナギサはどこで寝るの?」


 乙女のようにはしゃいでいる母親にオリヴィアが声を掛ける。一軒家とはいえ部屋数がある訳ではなく、今使えるのはオリヴィアの部屋と母親の部屋くらいだ。使っていない部屋もあるが、物置になっているのでとても住める状態ではない。


「オリヴィア、あんたの部屋をナギサに貸してあげなさい」

「は?」

「あんたは別の部屋で寝れば良いでしょ。ナギサに不便な思いをさせる訳には行かないもの」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 ナギサの荷物を持って勝手に部屋に入って行く母親をオリヴィアは慌てて止める。


「なんでそうなるわけ?」

「仕方ないでしょ。うちはそんなに広くないんだし。あんたなんかどうせどこでも寝られるんだから」


 母親はそう言うとオリヴィアを押しのけてナギサの荷物をオリヴィアの部屋へ運び入れた。昔からこうだ。母親はいつも親戚の集まりで「血が濃い」子を羨ましそうな目で見ていた。

 親戚の子ばかりに構う母親の気を引こうとすると怒られ、そして決まって「あんたなんかどうせ」と理不尽な説教をされるのだ。


(……最悪)


 オリヴィアは廊下に座り込み呆然としていた。きっとこれまで以上に「最悪」な生活になるに違いない。母親は純血であるナギサに夢中だ。ことあるごとに比較され、なじられるに決まっている。

 こうなることが分かっていて人間の父親と結婚して子を儲けた母が憎かった。さらにことが分かっていて何故父と結婚したのか。それでいていざ娘が生まれると「なんであんたは神の血が流れているのにそんなに普通なんだ」となじるなんてあまりにも自己中心的過ぎる。


「部屋、使わせてもらうよ」


 顔を上げるとナギサが立っていた。


「……あんた、泣いている人間によくそんな言葉をかけられるわね」


 涙を拭って嫌味を言うとナギサはきょとんとした顔で「それ、ボクのせいじゃないだろう」と言った。


「はぁ? あんたのせいよ! あんたが来たから最悪! 最悪! 最悪なの!」

「オリヴィア、文句を言うなら君の母親に言ってくれ。ボクに言われても困る。ボクはただ君の部屋を使っていいと言われただけなんだから」

「……」


 暖簾に腕押しだ。オリヴィアが絶句しているとナギサは「失礼」と言って部屋に入って行った。ガチャリ、と鍵をかける音がする。


「最悪……」


 廊下に虚しくオリヴィアの声が響く。だがこれはオリヴィアにとって「最悪な日々」の序章に過ぎなかったのだった。

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