宵闇劇場
「芸術の島」の中心部にある「
(やっぱりあたし、場違いなんじゃ……)
綺麗に着飾った紳士や淑女を横目にオリヴィアは震えていた。こんな場所に来る事なんて一生に一度あるか無いかだ。
「大丈夫かい?」
ナギサは緊張で真っ青な顔をしているオリヴィアを覗き込む。
「う、うん」
なんとか頷くも足の震えが止まらない。思わずナギサのドレスの裾をきゅっと掴むとナギサはその手をそっと握った。
「今日はボクがエスコートするから安心して。座席もボックス席を貸し切りにしたからボク達だけだし」
「……ありがとう」
ナギサの手を握り返すとほっとしたのか少し緊張が解けた。
「行こうか」
「うん」
建物の入口からロビーへ入る。少し広めのロビーを挟んで向こう側に劇場への入口があり、その手前でチケットを切る形式のようだ。ロビーは天井から床まで趣向を凝らした作りになっていて、無料で入れることもあり観光客にも人気らしい。
「蜃気楼通信でチケットを取ったんだ」
係員に立体映像のチケットを見せて入場する。ボックス席なので階段を上って自分達の区画へ行かなければならない。自分たちの区画がある階まで上がったらチケットを元に席を探す。
「ここだね」
無数に並ぶ個室のうちの一つの前で立ち止まり扉を開ける。正直そんなに広くはないが二人で観るには十分だろう。
バルコニーに面した椅子に腰をかけるとこの個室が舞台のほぼ正面であることが分かる。場内のどこも遮られること無く見渡せるので「良い席」であることはオリヴィアにも一目瞭然だった。
「劇場の中ってこうなってるんだ」
「うん。劇場の作りの関係で舞台まではちょっと遠いけど、この双眼鏡を使えば問題ないよ」
ナギサはそう言うと小さな双眼鏡をオリヴィアに手渡した。
「なるほど。色々考えられているのね」
双眼鏡を覗いて劇場内を見渡すと豪華な設えが目に入る。古き良き劇場の雰囲気にさっきまでの緊張は何処へやら、これから始まるであろう演劇に胸が高鳴った。
「さ、始まるよ」
照明が落ち、劇が開演する。物語は一人の語り部が登場する所から始まった。
――かつてこの島は立地を活かした海運の町だった。島には各地から商人が集まり、それと共に流れの芸術家や職人がやってきて様々な文化が混沌とする文化の溜まり目のような場所だった。
ある時、島に一人の旅人がやって来た。他の人々と同じように巡り巡ってここに辿り着いたらしい。ただ他の人間と違う所が一つ。彼女は博識だったのだ。
『世界中を回った』
と言う彼女の頭の中には各地で知見した芸術や技術に関する知識が積もり積もって泉のように湧き出ていた。その知識をひけらかすことなく困っている島の芸術家や職人達が居れば分け隔てなく助言を与え、彼らが困難を乗り越えることが出来るように導いたのだ。
やがて彼女の噂を聞いた芸術家や職人が島に集まるようになり、どんどん増えていく職人達で島が手狭になってきたので彼女の助言で離れた場所にある離島に移住することになった。
『同じ分野の職人で集まった方が資材の運搬もしやすいし、意見交換も出来て良いのではないですか』
こうして「機織りの島」や「薄氷の島」が生まれた。
そんなある日、彼女は忽然と姿を消してしまった。島民が尋ねても家はもぬけの殻で、どこを探しても見つからない。事あるごとに彼女を尋ねるようになっていた島民達は「もしかして嫌気がさして島を出ていってしまったのではないか」と嘆いた。
いつの間にか彼女に頼り過ぎていたのだ。
彼女が姿を消してから、島では不思議な出来事が起こるようになった。本当に困っている時や作品作りで行き詰ってどうしようも無い時に彼女と同じプラチナブロンドの髪を持った女性が夢に出て来て助言を与えてくれるのだ。
その人物は時には幼子であり、老女であり、若い女性の時もあったが島民達はそれを彼女だと信じて疑わなかった。
やがて過去の反省と感謝を込めて各地に小さな祠が作られ、彼女の名を取って「ソフィアの祠」と呼ばれるようになり、彼女を愛する島民達によって大切に管理されているのだった。彼女――ソフィアは今でも姿を変えてこの島のどこかで暮らしていると信じられている。
――というのが演劇のあらましである。舞台自体は一時間半ほどの短い物で、丁寧に作りこまれた舞台セットや衣装が没入感を与えてくれる。オリヴィアはいつしか双眼鏡を覗くのも忘れて舞台に見入っていた。
「面白かったわ……」
終演後、オリヴィアは椅子に座って呆けていた。初めての演劇、生演奏を背景に大勢の役者がひしめき合って迫力があった。そしてなにより、演劇を見たことによって自分の中のソフィア像が鮮明化されたのが分かる。
(こんな素敵な人の血が私に流れているなんて)
「魔法」という力を振りかざす訳ではない。島民との交流を経て彼らと絆を結び、今も彼らに深く敬慕されている。何て素敵なのだろう。職人達が彼女に向けているのは信仰心ではない。それよりももっと暖かいものだ。
「あたし、生まれて初めてこの血筋に生まれて良かったって思ったかも」
「それは良かった」
ナギサはそうポロリと呟いたオリヴィアの手を引き劇場を後にする。出口に向かうまでの間、ナギサのプラチナブロンドの髪を見て足を止める観客が多かったので「この島でこの髪色は目立ちすぎるのかも」と今更ながらに思ったオリヴィアだった。
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