ナギサの事情

「オリヴィア、居るかい」


 ドアの外からナギサの声がした。


「居ちゃ悪い? あたしの部屋なんだけど」

「今はボクの部屋でもある」


 ガチャリと音がしてドアが開く。


「え? ちょっと! 勝手に入らないでよ!」


 ドアには鍵がかけてあったはずだ。ナギサは混乱するオリヴィアの隣に腰を下ろすとオリヴィアの手を取ってオリヴィアの指をすっとなぞる。するといつの間にかオリヴィアの指には見知らぬ指輪がはまっていたのだった。


「……綺麗」


 金で出来た平打ちの指輪。真ん中に小さな石が留めてあり、一周ぐるりと細かい彫りが入れられている。思わず手をかざして見惚れてしまうような美しい指輪だ。


「おばさまだけに指輪を贈ったから拗ねたのかなって」


 ナギサはそう言って静かにほほ笑む。当ては外れているがナギサなりにオリヴィアのことを考え、元気づけようとしているのだろう。


「そうじゃないけど……。これ、あんたの魔法で作ったの?」

「そうだよ。ボクのピアスと指輪を使ってね」

「そんな! それってあんたの大切な物じゃないの?こんな……」

「良いんだ。これくらいなら幾らでも作れるからね」


 ナギサはそう言うとおもむろに胸元からネックレスを外して指輪に変形させて見せた。あまりにも自然に行われる行為。無駄のない洗練された動きにオリヴィアの目は釘付けになった。


(……素敵な魔法。あたしのとは大違い)


 まさに「神の御業」だ。到底自分と同じ祖先をもつ人間とは思えない。オリヴィアは「はぁ……」とため息を吐いた。


「あんた、こんなに凄い魔法が使えるのにどうしてうちなんかに飛ばされたのよ。そんなにマズいことしたわけ?」

「うーん、それがボクにも分からないんだ」

「どういうこと?」

「ボクは何も悪いことはしていない。お父様も間違ったことはしていないって言っていたし、ただ造形魔法の素晴らしさを広めたかっただけなんだけど。でもどうやらそれは間違いだったらしい」

「はぁ?」


 いまいち要領を得ないナギサの話にオリヴィアは首をかしげる。造形魔法を広めようとして国を追われた。果たしてそんなことがあるのだろうか。


「造形魔法は素晴らしい魔法だよ。どんなものでも美しく、完璧に作り上げることが出来る。手仕事では作れない精巧緻密な作品だって簡単に作れるんだ。お父様とお母様はいつも言っていた。造形魔法を広めれば皆楽になるし幸せになるんだって。

 だから皆効率の悪い手仕事なんて止めて造形魔法を使えば良いのにって思ってだけなんだけど、何がダメだったんだろう」

「教えてあげた?」

「うん。皆の作品をにしてあげたんだ。造形魔法を使えばこんなに完璧になるって分かれば使いたくなるだろうと思って。そうしたら何故かもの凄く怒られてしまってこの通りさ」

「……まさか、あんた他人の作品に勝手に手を加えたの?」

「仕上げる手間を省いてあげただけだよ」


 実の所、ナギサが受けた処分は国外追放だった。

 手仕事で工芸品や装飾品を作っている職人達の展示会で、あろうことか無断で他人の作品を改変したのだ。勿論作品を改変、否、破壊された職人達は怒り狂った。丹精込めて作った作品を「こうした方が美しいよ」と勝手に手を加えられたらたまったものではない。

 しかし、そうした被害者の怒りをナギサは理解することが出来なかった。彼女は善意でアドバイスしたつもりだったのだ。


 あっけらかんと言うナギサを見てオリヴィアは頭を抱える。他人の作品を無断で「手直し」してそれを「良いこと」だと言い張っているのだ。しかも話を聞く限り被害者は一人ではない。少なくとも「しばらく異国へ行け」と言われるくらい多く、ナギサ自身も手に負えないと判断され見放された状況なのだと察した。


「あのね、人の物を勝手にいじっちゃいけないの。学校で習わなかった?」


 オリヴィアは子供を諭すような口調でナギサに説教をする。


「学校?」


 ナギサはぽかんとした顔でオリヴィアを見つめた。その様子を見て嫌な予感がしたオリヴィアは恐る恐る尋ねる。


「……あんた、学校行ったことある?」

「学校って、子供が集まって勉強をする場所のことかい? そんなものボクには必要ないってお父様が言っていたよ」


 予想通り、と言うべきか。嫌な予感が見事的中してますます頭を抱えることになったオリヴィアだった。


「あたしの親も最悪だけど、あんたの親も最悪ね。子供を学校に通わせないなんて……」


 頭が痛くなるような回答にうんざりしつつも、ナギサの様子に納得がいく。ナギサが問題を起こしたのは周りに叱ってくれるような大人や友達が居なかったせいなのだ。むしろ、それを助長させるようなことを親がしている。最悪だ。


「じゃああんた、今まで何して生きて来たのよ」

「造形魔法かな。生まれてからずっと」

「生まれてからずっと? まさか赤ちゃんの頃から魔法を練習してたっていうの?」


 失笑するオリヴィアにナギサはにっこりと笑いかける。


「え? ……冗談でしょ?」

「ボクは生まれた時からこの姿だから。造形魔法を使うためにお母様が作ったんだ」

「……は?」


(お母様が「作った」?「産んだ」じゃなくて?)


 しかも生まれた時から今の姿のままとは? 数々の疑問が頭の中に生まれては消えていく。


「ボクはお母様が造形魔法を広める為に造形魔法で作った映し身なんだ」

「造形魔法で? 造形魔法って人間も作れるの?」

「人間……かどうかは分からないけど、お母様の造形魔法なら出来るよ。他の人には出来ないみたいだけど」


 ナギサの母、リディアは男神と女神の間に生まれた本物の女神だと母親が自慢げに話しているのを聞いたことがある。神ならば「人間のようなもの」を作ることが出来るということなのだろうか。端正な出で立ちに人間離れした魔法技術。神の映し身と言われれば「そうかも」と思ってしまう説得力がある。


「なによそれ。そんなの反則よ、反則!」


 そんな超人的な存在と自分を比べて凹んでいたなんてばかばかしくなる。そもそも比べる意味も無い。


「にしても、学校にも行かせずひたすら造形魔法だけをやらせるって、まるであんたを道具みたいに扱っているようで癪に障るわね」

「造形魔法を広めるのがボクの役目だってお父様は言っていたよ」

「そういう所よ。あんた、造形魔法以外にやりたいことって無いの?」

「造形魔法……以外のこと?」


 考えたことも無かった、とナギサは思った。造形魔法を広める為に生まれて造形魔法以外のことを全く行ってこなかったナギサには「それ以外のこと」が一体何を指しているのかも分からない。選択肢すら思い浮かばないのだ。


「造形魔法以外に何があるんだい?」


 疑問に思ったことを素直に口にする。


「何って……例えば、美味しいものを食べたいとか観劇をしたいとか」

「ふーん」

「興味無さそうね」

「美味しいものを食べたいとか観劇をしたいとか、考えたことも無かったからね」

「……」


 オリヴィアは暫く何かを考えていたが、


「あんた、明日の予定は空いてる?」


 とナギサへ問いかけた。


「空いてるよ」

「じゃあちょっと付き合いなさいよ。無いなら探し行けば良いのよ。あんたのやりたいこと」


 オリヴィアはそう言うと悪戯っぽくニヤリと笑った。

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