これからのこと

 ソフィアが再びオリヴィアの夢の中に現れたのは二日後のことだった。


「待たせてごめんなさい」


 ソフィアはそう一言謝ると早速本題を切り出した。


「ヴィオラに会って来たわ」

「ママ、なんて?」


 オリヴィアが恐る恐る聞くとソフィアは大きくため息を吐いた。どうやら揉めたらしい。


「私が名乗るすごい剣幕で怒り出して話を聞いてもらうまでにかなり時間がかかったけれど、オリヴィアの転校と引っ越しについての許可は貰ったわ」

「本当? 良くあのママが許可したわね」

「まぁ……ねぇ……」


 何か濁すような言葉を呟くソフィアの様子からして相当酷い言葉を浴びせられたのだろう。その内容は大体想像できる。オリヴィアの悪口だと直感した。


「それはそれとして、貴女達の後見人のことなのだけれど」


 オリヴィアはまだ未成年だ。親元を離れて暮らすにあたり頼れる大人が居た方が良いと判断したソフィアは「オリヴィアの遠い親戚に当たるという人物に依頼しようと思っている」と告げた。


「あたしの親戚?」

「ええ。私が後見人になっても良いのだけれど、何かあった時にすぐに側に駆けつけられる人の方が良いでしょう。私の親族でこの島に住んでいる人がいるから丁度良いと思って。学校の手続きもその人にお願いしてあるわ。困ったことがあったら相談してみて。連絡先は手紙で送っておいたわ」

「ありがとう」


 オリヴィアはとりあえず母親の許可が得られたことに安堵した。あの家から出られる。それだけで天にも昇るような気持ちになる。


「そうだ、あたし商売について勉強したいと思っているの。それで色々と相談があって……。そういうこともその親戚の人に相談しても大丈夫かしら?」

「もちろん。彼女も自分で商いをしているからきっと力になってくれるはずよ」


 ソフィアの言葉にほっと胸をなでおろす。信用出来る人物に相談出来るのは有難い。「頼れる大人」の存在がこんなに心強いとは思わなかった。


「ソフィア様、感謝します」

「私達は家族なのだから、そんなに畏まらないで」

「……はい」


 「家族」というものがこんなに温かいものだなんて忘れていた。ソフィアと話していると何故か心が温かくなる。ナギサと一緒に居ても同じだ。血縁関係としては遠いけれどれっきとした「家族」なんだとはっきりと分かったような気がした。


「あたし、ナギサと一緒に頑張るわ」


 オリヴィアの言葉にソフィアはにこりとほほ笑んだ。


 * * *


 目を覚ますと部屋に一通の手紙が届いていた。ソフィアの言っていた手紙だろうと思い手紙を手に取り差出人を確認する。


「え?」


 差出人の名前を見たオリヴィアは思わず声を上げた。そして手紙の中身を読むとベッドで寝ていたナギサをたたき起こして身支度をさせる。


「どうしたんだい、こんな朝早くから……」


 寝ぼけ眼のナギサを「いいから早く」と急かすと手紙を鞄に入れて宿から転がり出た。

 水上バスに乗ってとある乗り場で降りるとナギサの手を引いてどんどん路地に入って行く。そしてある家の前で立ち止まるとドアをノックした。


「来たね」


 ドアが開いて女性が二人を出迎える。


「アンナさん、おはようございます」

「オリヴィア、どういうこと?」


 アンナは状況が分からずぽかんとしているナギサを部屋へ招き入れるとソファーに座って待つように言って珈琲を淹れるために台所へ向かった。


「ソフィア様が仰っていた『親戚の人』はアンナさんのことだったのよ!」

「親戚?」


 そう言えば今朝の夢の話をまだナギサにしていなかったのだ。母親から許可を貰ったことと後見人の話をナギサにすると「ああ、そういうことか」と納得したようだった。


「朝早くからごめんなさい」

「良いよ。来るって分かっていたから」


 アンナに淹れて貰った珈琲を囲みながら席に着く。


「さて、ソフィア様から大体の話は聞いたよ。まさかオリヴィア達が私の親戚だったとはね。驚いたよ」

「あたしも驚いたわ! まさかアンナさんがあたしの親戚だったなんて……」

「……」


 ナギサはそんな二人のやり取りをじっと眺めている。ちらっと本棚の横にある飾り棚に目をやると、前回飾ってあった写真立てが無くなっていた。どこかへ隠したようだ。


(話を合わせるべき……なのだろうか)


 そう考えたナギサはオリヴィアに合わせて「ボクも驚いたよ」と話に入った。


「転校の手続きは私とオリヴィアの母親とでやり取りをするから大丈夫だよ。転校先は新しい家になるべく近い場所にしようと思っているんだけど、もう家は決まったの?」

「ナギサが仮契約をしている場所があってそこに決まりそうなの。二部屋しかないのが難点だけど結構良い場所よ」

「そうか。ナギサはもう成人しているから契約関係は大丈夫そうだね。決まったら教えて。あとはオリヴィアの生活費のことだけど」

「そうね。そう言えばどうなったの?」

「今度オリヴィアのお父さんに会いに行くことになったよ」


 アンナ曰く、やはり母親との話し合いは難航しているらしい。オリヴィアを外に出すのは良いが、。父親から渡されている生活費も渡したくないと言って譲らないそうだ。


「オリヴィアのお父さんがお母さんへ渡しているお金にはオリヴィアの学費や生活費も含まれているはずなんだ。だから少なくとも成人するまではオリヴィアにも貰う権利があるはずだ。そこら辺を直接話に行った方が良いと思ってね」

「助かるわ……。あたしがママに言ってもどうにもならないと思うから」


 こういうことは大人に頼るに限る。この件はアンナに一任することにした。


「あと心配なことは?」

「ナギサの仕事についてなんだけど」


 オリヴィアはナギサのこれからの活動方法についてアンナに相談をした。この島にアトリエを構えているアンナならば島での商いについて色々と詳しく知っているだろうと考えたからだ。


「なるほどね。ナギサ、自分の店を持ったことは?」

「無いよ。今までは展示会だけで十分売れていたからね」

「それは凄いね。そのお客さんはこれからもついてきてくれそうかな?」

「うーん、どうだろう。声をかければ来てくれるとは思うけど」

「そうか。それだったら安心だね。地盤が固まっているのは大事だから。でもそれだったらわざわざ店を構える必要はないんじゃない?」


 アンナの言うことも最もである。ナギサの顧客は所謂「富裕層」が中心だ。わざわざ観光客向けの土地で店を開かなくてもアトリエで作った作品を展示会や個展で販売するだけで十分生活していけるだろう。

 むしろこの立地では店を持ったところで売れるとは限らない。土産物というよりは美術品のそれだからだ。


「展示会は展示会でやろうと思っているよ。でもそれとは別に、この島でしか作れない物を作ってみたいんだ。例えば、こういう物とか」


 ナギサはそう言うとズボンのポケットからオリヴィアが贈った花束ガラスを使った髪飾りを取り出した。


「島で作られている工芸品とのってことかい?」


 アンナは髪飾りを手に取ると興味深そうに眺めている。


「そう。ガラスだけじゃなくてレースとか陶器とか、宝石以外のものと組み合わせて色々と作ってみるのも面白そうだと思ってね。造形魔法なら素材を傷つけずに組み込むことが出来るから向いていると思うんだ」

「なるほど。造形魔法ならではの作品が出来るって訳だね」


 ガラスやレース、陶器などの傷つきやすい素材でも液体のように変化させた金属を纏わすことによって無傷で留めることが出来る。これは造形魔法ならではの利点だ。

 そしてこの島で造形魔法を使うことが出来るのはナギサただ一人であることを考えると、それは大きな「強味」であるとアンナは考言った。


「組み合わせる作品はどうするんだい?」

「ボクが作ったのじゃダメかな?」

「作れるのかい?」

「練習すればね。金属とは勝手が違うから時間がかかるかもしれないけど」


 その言葉を聞いてアンナは考えた。きっとナギサが練習と研究を重ねれば島の職人達と同じように、いやそれ以上の作品を生み出すことが出来るだろう。

 しかしそんな作品が出回れば島の産業に多大な影響を与えかねない。それこそナギサの母国のように造形魔法と既存の産業の間に摩擦が生まれ、対立を生むことになるのではないか。

 そうなってしまえば火元であるナギサは再び国を追われかねない。同じことを繰り返す訳には行かないのだ。とはいえ異なる素材を融合させた作品は島に新しい風を吹き込んでくれるように思える。

 ここはナギサの「やりたい」という気持ちを尊重してあげるべきなのかとアンナは悩んだ。


「素人のあたしが言うのもなんなんだけど、せっかくだし他の職人さんに協力して貰ったら?」


 二人のやり取りを聞いていたオリヴィアが口を挟む。


「ボクが作った素材じゃなくて、他の職人の作品を素材として組み込むってこと?」

「そう。その髪飾りだってあたしが作った物を留めてあるでしょ。他人の作品って自分じゃ思いつかないようなアイデアが多いから組み合わせると面白いんじゃない? あんたの作品って綺麗だけど整い過ぎてるから」

「なるほど」


 ナギサの作品は整い過ぎている。オリヴィアはそれを美しいと思う一方、味気ないようにも感じていた。その味気無さを補うにはナギサには無い「別の個性」が必要なのだと思ったのだ。


「じゃあオリヴィアが作ってよ」

「え? どうしてそうなるの?」

「ボクがオリヴィアの作品を気に入ったからだよ」


 髪飾りを掌の上で転がしながらナギサが言う。


「あたしは素人よ?」

「これから練習すればいい。こっちに引っ越してくるんだし。花束ガラスを気に入っていたじゃないか」

「それを売るとなれば話は別よ!」


 それもあんな高価な価格で。まさか自分が巻き込まれるとは思っていなかったオリヴィアは慌てた。


「折角だし二人で習ってみたらどうだい?」


 言い合う二人を眺めていたアンナが助け舟を出す。


「二人で?」

「そう。ナギサ、あんたも他の素材を使うならその性質や作り方を知っておいた方が良い。自分で体験すると見え方も違ってくるだろう」

「そうだね」


 花束ガラスの製作体験を思い出す。確かに「作ってみなければ分からないこと」があった。


「幸いこの島には体験教室や初心者向けの教室も色々あるし、お金に余裕があるなら店舗を構える前にまずは二人で色々と経験してみるのが良いんじゃないかな」

「……」


 店舗を探す前に作品作りの方向性を決める。悪くはない提案だ。ナギサの貯蓄にもまだ余裕がある上にオリヴィアの生活費の目途も立ちそうなのでしばらく生活はしていける。

 その上造形魔法は彫金のように大きな製作スペースは要らないので借りた部屋に小さな作業スペースを作り、そこで製作した作品を通販で売っていくだけでも収入は得られるだろう。

 つまり新しい作風を模索する時間とお金の余裕は十分にあるということだ。


「オリヴィアが商業を学び終えるまでにもまだ時間がかかるんだし、そんなに焦る必要はないよ」


 中等学校を卒業するまでに約2年、高等学校に入って商業を学び始めるまでにもまだまだ時間がある。


「あ、そのことなんだけど」


 オリヴィアが思い出したような声を出した。


「中等学校の間にもどこかで商売について学びたいんだけど良い案は無いかしら。ナギサは税金のこととかさっぱりみたいだからあたしが勉強しておいた方が良いと思って」

「そうなのかい?」

「ああ。全部お父様がやっていたからね。も最近オリヴィアに教えて貰ったんだ」

「……なるほど。それは急務だね」

「でしょ? 出来ればナギサのパパがやっていたことを知っている人に今までどうしていたか教えて貰いたいんだけど」

「……」


 いくらアンナでもそこまでは分からない。それこそナギサの父親に直接聞くのが一番だが、今はまだ連絡を取れる状況ではないだろう。とすると、ナギサを送り込んできた関係者に聞くのが良さそうだ。


「ナギサの関係者に連絡はつくのかい?」

「ええ。貯金のことで一度連絡したから」

「だったらその人に聞いてごらん。貯金に関して知っているならばその他のことも周知しているだろう」

「……そうね。そうするわ」


 以前連絡を取った――ナギサによると「黒き城シャトー・ノワール」という会社を経営している社長、彼女に話を聞けば解決しそうだ。何はともあれ当面の不安は過ぎ去り、オリヴィアは肩の荷が下りたような気持ちになったのだった。

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