東の国

「……本当に行くのかい?」

「あんたが行けないんだからあたしが行くしかないでしょ」


 数日後、国際転移港ポートに大きなカバンを持ったオリヴィアとナギサの姿があった。あの後「黒き城シャトー・ノワール」の社長に連絡を取ったところ、出来れば直接話したいとのことだったので転校手続きが終わるまでの期間を利用してオリヴィアが赴くことになったのだ。

 必要書類の他にもナギサの仕事道具の回収や必要物資の調達なども行うので忙しい。


「指輪は持ったかい?」

「勿論。これがあれば本当に言葉が通じるのよね?」

「そのはずだけど」


 転移港の中で見つけた通訳魔法付与の店で急遽オリヴィアの指輪に魔法を付与してもらったのだ。どうやら最近発明された新技術の試験運用らしく、各国の国際転移港で無料付与する代わりに使い心地を報告してもらう仕組みのようだ。


「またあっちについたら連絡するわ。あんたの道具のこととか分からないし」

「ああ。分かったよ」

「じゃあ、行くわね」


 オリヴィアはチケットを片手にゲートへ向かう。ナギサに見送られながらゲートをくぐると、次の瞬間にはもう見知らぬ景色が目の前に広がっていた。


「……あっという間ね。本当にここは外国なのかしら」


 そう思ってしまう程一瞬で遠く離れた異国へ到着してしまうのだから技術の進歩には驚かされる。


「確か迎えの人が来ているはずよね?」


 社長に言われたことを書き留めたメモを出して確認する。国際転移港まで社長の知人が迎えに来てくれているはずだ。分かりやすいように紙を持って立っていると言っていたが……。


 ゲートからロビーの方へ向かう。ロビーは見送りに来た人や迎えに来た人達でごった返していた。迎えに来た人達は皆分かりやすいように紙に名前を書いたり団体名を書いたボードを持っている。

 その人混みの中からオリヴィアを迎えに来た人物を探さなければならない。オリヴィアは目を凝らして端から端まで見渡した。


「オリヴィア、こっちだ」


 どこからかオリヴィアを呼ぶ声がした。声がした方を見ると「オリヴィア、ようこそ」と書かれたボードを持った女性が立っている。


「あなたがコハル?」

「ああ。無事に落ち合えて良かったぜ」


 オリヴィアが「コハル」と呼んだ女性はワイシャツにズボン、その上に薄汚れた白衣を着ている。なんとも奇妙な格好にオリヴィアは一瞬たじろいだが、「宜しく」と差し出された手を握り返した。

 コハルはオリヴィアと合流するとコハル自宅の最寄り転移港である東都の転移港へ繋がるゲートへと向かい歩き始めた。「黒き城」の社長の依頼を受けてオリヴィアを自宅に泊めることになっているのだ。


「あたしの言葉、通じているみたいで良かったわ」


 無事に通訳魔法が作動しているようだ。オリヴィアは問題なくコハルと会話が出来ていることに安堵した。


「そういえばそうだな。何か魔法でも使っているのか?」

「ええ。国際転移港のお店で『通訳魔法』の付与をしてもらったの」

「通訳魔法か。そりゃ便利だ」

「まだ試験段階だって言ってたわ。無料で付与してもらう代わりに使った感想を送るのよ」

「なるほど。テスターってことか。それなら国際転移港でやるのが一番だろうな」


 各国への移動がより容易くなった今、通訳魔法はビジネス客はもちろん観光客にも重宝されるだろう。出発前や現地で魔道具を調達できるとなれば飛ぶように売れるに違いない。国際転移港でテストをするのは需要を測る意味でも理にかなっている。


「悪いが、ここからもうちょっとかかるぜ」


 国際転移港には国際ゲート以外にも国内各地へ繋がるゲートが設置されている。オリヴィアとコハルは国内用のゲートを使って東都転移港へ移動し、そこからさらに路面電車で郊外へ出た。車窓から見える無機質な集合住宅群と雑多な古い町並みがひしめき合う光景にオリヴィアは驚きを隠せない様子だ。


「そんなに珍しい光景か?」


 そんな様子を面白がったコハルが尋ねるとオリヴィアは大きく縦に首を振った。


「ナギサに聞いた通りだわ。本当に路面電車しか走っていないなんて! しかも何なの? あのブロックの塊みたいな家初めて見た」

「ああ、あれは再開発で作られた集合住宅だよ。転移港の発達で都市の縮小化が進んだのは知っているか? それに伴って戸建てからコンパクト化された集合住宅へ移る人間が増えたのさ」


 都市のコンパクト化と魔道具の急速な進化により機能性を重視した集合住宅へ引っ越す住民が増え、都市部には味気ない集合住宅が乱立するようになったのだ。

 「魔法」が昔から生活の一部として浸透しているオリヴィアの国と異なり、魔法が「新しい技術」として流入して急速に発展したこの国では「魔法」が古い技術と取って代わるように浸透した。

 その結果、新しい文化と古い文化がちぐはぐに混ざり合ったような歪な街並みになってしまったのだ。


「オレの家は集合住宅じゃないから安心しな」

「それは良かった」


 あの味気ないブロックに宿泊するのかとドキドキした。それはそれで面白そうだが。

 路面電車を乗り継いで郊外の森の側にある駅で下車をする。駅から少し離れた場所にある小さな洋館がコハルの自宅だ。


「素敵」


 季節の花が植えられた花壇やハーブが植えられた小さな薬草園がある、小さいけれど良く手入れされた庭を見てオリヴィアが声を漏らす。


「園芸が趣味でな。気に入って貰えて嬉しいぜ。さぁ、入ってくれ」


 コハルは扉を開けてオリヴィアに中へ入るよう促した。家の中へ入ると二階に上がり小さな客間へ案内する。普段は物置として使っている部屋だが、急ごしらえにしては過ごしやすいよう整えてあった。


「ここを使って貰って構わないぜ。ベッドじゃなくて布団だが大丈夫か?」

「ありがとう。布団を使うのは初めてだから楽しみだわ」


 荷物を部屋に置いて一階に降りる。


「お茶を淹れるから椅子に座って待っていてくれ。ハーブティーで良いか? 自家製だぜ」

「もしかして庭で作ったハーブで?」

「ああ。口に合えばいいんだが」


 透明なティーポットに並々入ったハーブティーと甘さ控えめのクッキーが机に並ぶ。白磁に花の図柄が入った可愛らしいティーカップにハーブティーを注ぐと辺りに爽やかな香りが広がった。

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