魔法の違い

「さて、明日からの予定だが」


 オリヴィアとコハルは滞在中の予定を擦り合わせた。まずは「黒き城シャトー・ノワール」へ赴いて社長との話し合いだ。ナギサの仕事に関する話を聞いて必要な書類などを受け取らなければならない。

 次にナギサの仕事道具の回収。ナギサの自宅にある素材や道具を纏めて引っ越し先へ搬出する。ナギサの父親に顔を合わせることになるのではと冷や冷やしていたが、コハルの話によると今は別の場所に居るようなので鉢合わせする心配はなさそうだ。

 そして最後は生活必需品の調達だ。あちらで手に入らない物資や「買ってきて欲しい」と頼まれた食材などを購入して道具と一緒に転移便で輸送する。転移便とは転移魔法を使った宅配サービスで、専用の魔道具や宅配窓口を介して一瞬で全世界に物を送れる優れモノだ。これらを滞在予定の一週間のうちにこなす必要がある。


「社長には明日行くと伝えてあるが問題ないか?」

「ええ。それで大丈夫」

「分かった。じゃあ今日はうちでゆっくりしてくれ。オレは仕事の残りを片付けるから」

「仕事?」

「ああ。社長やナギサに何も聞いてないのか?」


 コハルは作業机の引き出しから宝石ケースルースケースを取り出してオリヴィアを手招きした。


「うわぁ……綺麗……」


 宝石ケースの中には美しく輝く薄い紫色の宝石が入っている。大ぶりで傷一つ無く、細かく多面カットされた裸石にオリヴィアは目を奪われた。


「この魔工宝石を作る原型師をしているんだ」

「魔工宝石?」

「人工宝石だよ。造形魔法で作った宝石だが成分は天然の物と同じなんだぜ。この原型を使って宝飾品を作って完成した物を複製魔法で複製するのが主流だな」

「これが人工的に作られた宝石? ……信じられない」


 目の前で輝く藤色の宝石が魔法で作られた物だなんてにわかには信じがたい。


「安価で大量生産できるのが売りでな。使にするやつもいる位だ」

「……本当に造形魔法が浸透しているのね」


 オリヴィアは驚いた。貴金属加工だけでなく宝石まで造形魔法で作ってしまうとは。しかもこんなに立派で美しく、本物と比較してもそん色ない代物を……。

 魔工宝石は造形魔法で作られた人工的な宝石だ。天然の宝石を研磨する際に出た削りカスや、不純物や傷が多くて使い物にならない宝石を魔法を介して精錬し、再利用している。

 不純物や傷が無い完璧な宝石を人工的に作り出す事が出来る夢のような技術はあっという間に広まり、複製魔法によって大量生産出来て天然宝石よりもずっと安価な魔工宝石は「気軽に身に着けられる宝石」として若者の間で流行していた。

 コハルはそんな魔工宝石の第一人者で、複製に使う魔工宝石の原型を作る原型師とて第一線で活躍しているスペシャリストなのだ。


「あたしの国には造形魔法が無いの。だからナギサの造形魔法を見た時は驚いたわ」

「そうなのか。まぁ、今は当たり前のように使われているがうちの国でも流行り始めたのはここ十数年の話だからな」

「それまでは魔法が無かったって本当?」

「ああ。魔法なんて絵本の中の物だと思っていたくらいだぜ」

「そうなのね。あたしの国では昔から魔法は生活の一部だったの。だから『魔道具』もあまり存在していなくて」

「魔道具が存在しない? じゃあ魔法をどうやって使っているんだ?」


 コハルが不思議そうに尋ねる。コハル達にとって「魔法」と言えば造形魔法のような技術系の魔法を除けば道具に付与して使う物が一般的だ。予め魔法が組み込まれた道具を介することによって複雑な技術を習得せずとも魔力を通すだけで利用することが出来る。触れるだけで火が灯る魔導コンロや魔導ランタンなどが分かりやすい例である。


「そうね、例えば」


 オリヴィアはリビングの窓を開けると分かりやすく咳払いをして「風よ、掃いたまえ」と呟いた。すると窓から優しく風が吹き込み床の上でつむじ風を作ったかと思うと、床に散らばっていた埃やゴミをひとまとめにしてしまったのだ。


「これは……」


 コハルは見たことのない現象に目を丸くしている。


「『生活魔法』よ。あたしの国では古くからこういう生活魔法を使っていたの。今は田舎でしか使われていないかもしれないけど、一応学校でも習うのよ」

「呪文で魔法を使うのか」

「呪文……というとちょっと違うかも。魔法は不便だった時代に自然の力を少しだけ借りて生活を豊かにするために生まれた物なの。だから『自然』に語りかけて力を貸して貰っているって考えなのよ」


 例えば火を点けたい時は「火よ、灯りを与えたまえ」と語りかけるとどういうわけか火が点く。文言は何でも良い。何をするために力を借りたいのか説明できていれば成立するらしい。それがどういう原理で起きているのかは不明だが、昔からそうして使われて来たそうだ。

 現代においては科学が発達したことにより魔法を使わなくても生活できるようになったので都市部では使われておらず、田舎でも日常的に使っている人はほとんど居ないらしい。国の歴史や文化を学ぶ勉強の一環として学校で学ぶ程度だとオリヴィアは語った。


「面白い考え方だ。その魔法はオレにも使えるのか?」

「どうかしら。でもあたしがここで使えたってことはコハルが使えてもおかしくは無いと思うわ」


 オリヴィアの言葉にコハルの目が光る。今まで考えたことも無い新しい発想だ。

 コハルには野望があった。造形魔法で天然石を完璧に再現することだ。造形魔法はイメージによって物の形を変化させる。天然石には複数の鉱物や内包物、気泡や傷などが多分にふくまれており、それをで再現するのは不可能だと言われていた。

 人間の顔が一人一人異なるように、石の組成も一つ一つ異なる。不純物も傷もない魔工宝石と違って、その個体差を予測し、気泡の一つ一つまで再現するのは不可能だからだ。


 コハルは「宝石修復」という新たな事業を計画している。劣化で破損した宝石や事故で傷ついてしまった宝石などを造形魔法を応用して修復するサービスだ。

 だが、今段階では預かった宝石を完璧に元通りにする事は出来ない。同じ種類の石を材料として使っても欠損部分の内包物や色味、元から入っていた傷などの「個性」を再現することが出来ないからだ。

 もしも自然の力を借りられるならば「天然石」を完璧に再現できる可能性があるのではないだろうか。造形魔法では辿り着けない別の境地に至る何かを掴めるのではないかと思うと居ても立っても居られなかった。

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