やりたいこと探し
「ここのパスタが有名でね! ずっと来たかったの!」
とあるレストランのテラス席でナギサはメニュー表を片手に興奮しているオリヴィアの話を聞いていた。
「ほら見て! これ、これよ! この名物パスタをずーっと食べてみたくて……って、ごめん。あんたのやりたいことを探しに来たのに、あたしがやりたいことばかりしてるわね」
黙ってオリヴィアの話に耳を傾けていたナギサの顔を見て我に返ったオリヴィアは本来の目的を思い出し赤面する。
「良いんだ。ボクはこの町のことを知らないし、行きたい所もやりたいことも無いからね。オリヴィアは今『やりたいこと』が出来ているんだろう」
「……うん」
オリヴィアは恥ずかしそうに頷くとメニュー表を机に置いて鞄から例の雑誌を取り出した。
「確かにあたしは今、『やりたいこと』をやってる。でも、それじゃだめ。あたしはあんたの『やりたいこと』を見つけに来たんだから。この雑誌を読んで何か気になるお店とか無いの?」
「うーん」
手渡された雑誌のページを捲りながら掲載されている店に目を通す。一昔前に流行ったジェラート屋、特産品のガラス工芸、美しい刺繍を施した帽子。
「……」
とある店のページで手が止まる。
「何か見つかった?」
オリヴィアはナギサが手を止めたページを覗き込んだ。
「飾り彫り?」
裏通りにある小さな彫金工房の記事だった。飾り彫りとは「芸術の島」で多く使われている伝統的な技法だ。指輪やバングルのような装身具を専用のタガネ――金属を彫って模様を入れるための刃がついた工具で彫る。華やかで繊細なデザインが多く、土産物としても人気だそうだ。
ナギサが見つけた店ではその「飾り彫り」を施した装飾品を販売しているらしい。記事には美しい彫りが施されたネックレスの写真が載っていた。
「気になるの?」
「……うーん」
気になる、というよりも目が留まったと言った方が正しい。何気なく捲ったページの中で何となく手が止まったのがたまたまそのページだった。少なくともナギサの中ではそういう認識だった。
「気になるなら行ってみれば良いじゃない。あんた、根っからのジュエリー馬鹿なのね」
オリヴィアは宝飾品以外で何か『やりたいこと』を見つけられたら良いなと思っていたがそうは行かないらしい。結局「宝飾品作り」はナギサの芯に染みついていて、どんなに他の物を見せても最後はそこへ帰着してしまうのかもしれないと思った。
「ボクは気になっているのかな」
不思議と手が止まったページを眺めながらナギサは呟く。
「あたしにはそう見えるけど」
オリヴィアがそう言うと困ったような表情でナギサは笑った。
* * *
美味しい昼食を済ませ、ナギサが気になったという彫金工房を目指す。
「うーん、道が複雑だから迷っちゃうわね」
古びた地図を見ながらオリヴィアが独り言を呟く。「芸術の島」は複雑な路地と幾重にも折り重なるようにして張り巡らされた運河で構成される島である。路地の奥の奥まで様々な工房が軒を構えており、目当ての工房を見つけるのにも一苦労だ。
おまけに運河で道が寸断されているため、場合によっては橋を渡ったり渡し船に乗ったり運航船で別の乗り場に移動したりする必要もある。
「祠だ」
袋小路の狭い路地で迷っていると店と店の間に小さな祠を見つけた。
「……これが噂の『ソフィア様の祠』?」
粗末という程ではないが立派とも言えない小さな祠だ。しかし小さいながらも綺麗に整えられており、地域の人々に大切にされていることが良く分かる。
「ガイドブックによると……島民は知恵の女神『ソフィア』を篤く信仰しており、島のあちこちに小さな祠が建てられているんだって。それが観光スポットにもなってるみたい」
「知恵の女神か」
「知恵の女神かって……あんたのママ、リディア様の従妹よ。知らないの?」
「そうなのか。生憎お母様以外の親族に会ったことがなくてね」
ナギサがあっけらかんとした顔で言うと「なるほどね」とオリヴィアはため息を吐いた。
「ソフィア様はあたしのご先祖様なの。ソフィア様の孫娘が人に身を落としたのがあたしたち家族の始まり。だから一度この島に来てみたかったのよ」
小さい頃から母に耳が痛くなる程聞かされてきた話だ。そして決まって「ソフィア様の孫娘が人間になんてならなければ今頃私達は――」というのが話の締めだった。
ある時オリヴィアは本屋で見つけた一冊の雑誌に目を奪われた。何度も名前を聞いた「ソフィア」の庇護を受けるという島を特集した観光雑誌だ。母にねだると叱られると思いコッソリと父にねだって買ってもらったのだ。
自分が「神の一族」であるということについては半信半疑だったが、自らのルーツであるという「ソフィア」を祀る島には何故か心が惹かれる物があった。
(不思議ね。まさか本当に来れるなんて)
小さな祠を眺めながらしみじみと思う。これも何かの「縁」なのだろうか。柄になくそんなオカルトめいたことを考えてしまう。
「オリヴィア、こっちに道があるよ」
ナギサの声ではっと我に返り顔を上げる。
「こんな道あった?」
確かこの道は袋小路だったはず。地図を確認しても先へ続く道は無いはずなのに、いつの間にか目の前の路地を塞ぐ壁が無くなってさらに細い道が続いていた。
「進んでみよう」
ナギサに先導され細い道を進むとどこかの裏通りへ出た。大通りが近いのかどこからか賑わう声が聞こえてくる。
「……あっ!」
ふと目に入った看板を見てオリヴィアは声を上げた。
「『サンドロ装身具』、ここだわ」
裏通りにひっそりと佇む小さな店。扉の上に吊られた看板には二人が探していた店の名前が刻まれていた。
「すみません」
恐る恐る扉を開け、声をかける。店の中は薄暗く誰からも返事が返ってこない。よく見ると電気が消えており、まるで夜明け前のように静まり返っている。
「定休日なのかな」
「一応看板は出ているけど」
「閉店」の看板が出ていないことを確認して今度はより一層大きな声で「すみません」と声をかけると、二階からガタガタと大きな音がして「はい」という返事が返って来た。
暫くすると店の奥にある階段から一人の男性が降りて来て店内の灯りが点く。エプロンをしている所を見ると二階で何か作業をしていたようだった。
「お待たせしました。何か御用ですか?」
「え、えっと……この雑誌に載っているのはおじさんのお店?」
オリヴィアが手に持っていた雑誌を見せると男性は懐かしそうに「おお」と呟いた。
「そうですよ。随分と古い雑誌を……懐かしいな」
「良かった! ……あっ、えっと、彼女がおじさんのお店が気になるみたいで」
オリヴィアは後ろに立ってるナギサの腕を引っ張るとナギサはにこりと笑って挨拶をした。
「あ、ああ。そうですか。良かったら見て行ってください」
男性は一瞬ナギサの容姿に驚いたような表情を見せたが、自分の店に興味を持っていると言われて嬉しかったのか二人を快く招き入れた。
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