第24話 ハメツ

「……もうこんな時間……」


 楓君と別れてから結局一睡も出来なかった。

 正直言うと楓君は麗奈ちゃんのこと好きなんじゃないかと思う事は時々あった。麗奈ちゃんの方も楓君のこと好きなんじゃないかと思う場面は何度もあった。

 高校生の時、私が楓君に告白出来たのもこのままなら麗奈ちゃんに取られると思ったからだ。だから勇気を出した。そしてその結果私は楓君を手に入れた。……それなのに私がいない間に。


「そんなの……ズルいよ……」 


 私はスマホの中の写真を眺める。楓君と行った公園、カフェ、遊園地……。懐かしい思い出を見ていると急にスマホの画面が変わり着信音が鳴った。


「……山北さん?」


 表示されたのはマネージャーの名前だった。こんな朝から何の用だろう? メンバーの誰かがこの前の事を言ったのだろうか。なんて考えながらとりあえず電話に出る。


「……もしもし」

「あ、真桜さん!? 大変な事になりましたよ!」

「えっ?」


 電話に出ると、山北さんは焦った様子で珍しく強めの口調だった。


「マリチェリの掲示板で、真桜さんが彼氏と思われる男性といる所を撮った写真が載せられています……!」

「!!……っ!?」

「URL送るから見てみてください」


 私はすぐに山北さんから送られてきたURLをタップし、マリチェリの掲示板サイトを開く。


「! ……なんなの……これ!?」


 そこには一昨日楓君を駅に迎えに行った時の写真が載せられていた。だが、その写真だけでは私はサングラスとマスクで顔を隠していたので、書き込んでいる人たちも半信半疑だった。しかしその後には昨日の水族館で一緒にいる写真まで載せられていた。水族館は薄暗かったのでサングラスを取っていたので、私だと確定したようなものだった。


『マリチェリって恋愛禁止だろ? 最低だな』

『清純そうな顔して処女じゃなかったのか。裏切られた』

『現実見ろwアイドルなんかみんな男いるぞw』

『最近仕事増えてたのも枕してたから説』

『小坂李砂もバンドマンの彼氏おりそうw』


 案の定ネットには有る事無い事が書かれている。


「真桜さん? とりあえず社長と話しするのですぐに事務所に来てください! 色々と言いたいことはあるかもしれませんが、SNS等で勝手な発言はしないでくださいね!?」

「……は、はい」


 私は通話の切れたスマホをポンとベッドに軽く投げる。


「はぁー……」


 思ったより嫌なんだというのが最初の感想だった。

 いつか楓君の事を世間にバレる可能性を考えた事が無いわけではない。色々言われるのも無視していればいいと思っていたが、実際こうして見ると何も知らずに言う奴らに腹が立つ。

 これからテレビや週刊誌でも取り上げられるのだろうか、そうなったらもっと批判されるかもしれない。そう思うと一気に絶望感に襲われる。


「私どうしたら……楓君…………あっ」


 私は無意識に楓君に電話をかけようとして、昨日のことを思い出す。今頃はもう帰って麗奈ちゃんと一緒にいるのだろうか。そのことを考えると、さらに胸が苦しくなった。


「とりあえず事務所……行かなきゃ」


 私は重い気持ちのまま身支度をし、事務所に向かうのだった。


 ♢


「……じゃあこの写真は西岡君本人だと言う事なんだな」

「……はい」

「そうか……ふぅ……」


 社長は椅子の背もたれにもたれながら大きなため息をつく。会議室には吉井社長とマリチェリの総合プロデューサー井口さん、マネージャーの山北さんが集まっていた。


「確かに私は君を彼氏と別れないという条件を飲んでアイドルデビューさせた。だが、こうなってしまってはもう……」

「本当にすみません……私の不注意で」


 社長は私が悪いというのに申し訳なさそうにする。


「……これからどうします社長?」

「事実なら早めに謝罪した方がいいだろう。長引かせると有る事無い事言われるだろうからな」

「他のメンバーにもSNS等で余計なことは発言しないよう言っておきます」


 みんな慌ただしく今後のことを話し合っている。しかし当事者である私はどこか他人事のように感じていた。

 ……もうここにはいられないだろうな。まぁ元から辞めるつもりだったからいいんだけど。

 そんな事を考えていると山北さんが私の方に来る。


「……とりあえず真桜さんはしばらく謹慎ということで自宅で待機していてくださいとのことです」

「……はい」


 ♢


「はぁー……」


 家に帰ってから何もする気力がなかった。そしてスマホの画面を見てまた大きなため息をつく。私の事はSNS等のネットで炎上しているようだ。


「……楓君……」


 またしても無意識のうちに楓君のLINEを開く。そして文章を打っては消してを繰り返す。もう何度目だろうか。私はスマホをテーブルに置き、ベッドに倒れ込む。


「あはは……やっぱり私には楓君がいないと……ダメみたい」


 元々アイドルをやっていたのも、マリチェリを辞めてもいいと思ったのも全ては楓君がいたから。でも昨日あんな事を言ってしまったのにもう……。そう思っていた時だった。携帯の着信音が鳴り響いた。どうせマネージャーかメンバーの誰かだろうかと思い画面を見て私は驚いた。


「えっ!? か、楓……君?」


 画面にはもうかかってくることはないと思っていた相手、かけたくてもかけられなかった相手……久保楓と表示されていたのだから。

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