第6話 理想

 翌朝。

 目を覚ますといつもと違う目線と背中の硬さに違和感を覚えたが、すぐに麗奈の家に泊まった事を思い出す。

 あの後、少し昔話で盛り上がり眠りについたのだった。

 もちろん寝る場所は別で。俺は床に今は使っていないという冬用の掛け布団をひいて、夏用の薄いタオルケットをかけて寝た。朝は少し肌寒かったが、暖房をつけてくれていたのでそこまで気にはならなかった。


「あれ? 麗奈は?」


 ベッドの方へ目をやると麗奈はもういなかった。

 それと同時にトントンと包丁とまな板の音が聞こえてくる。そしてキッチンから馴染みのある香りが漂ってくる。


「あ、楓起きた? 今ちょうど朝ごはん作ってるから」


 キッチンに目をやると、麗奈がエプロン姿で調理していた。匂いからするに味噌汁を作っているようだ。


「おー、朝から凄いな。いつもやってるのか?」

「一人の時はしないわよ。……今日はあんたがいるから」

「そ、そう、か。サンキュ」


 俺のためって事か? 面と向かって言われるとドキッとしてしまう。


「何か俺に手伝える事はあるか?」


 さすがにずっと待ってるのも悪いので何かやれる事はないか聞いてみる。


「そうね……お味噌汁がもうすぐできるから、ご飯でも入れといてもらおうかしら。ご飯はもう炊けてるから」

「ん、OK」


 俺は用意されていた茶碗に炊飯器から米をよそう。


「でも茶碗二つもあったんだな」

「……ちょうど新しいのに変えようかと思って買ってたのよ。あ、箸は割り箸あるわよ」

「なるほど、了解」

「よし、お味噌汁完成!」


 小さなテーブルに二人分のご飯と味噌汁が並ぶ。こうして朝ご飯を誰かと食べるというのは随分久しぶりな気がした。


「んじゃ食うか。いただきます……う、うまい!」


 味噌汁の具は大根、ニンジン、揚げ、ネギとシンプルなものだがどこか懐かしさを感じる美味しさだった。


「そ、そう? ならよかったわ」


 麗奈は俺が食べるのをじっと見つめていた。そして感想を聞いて安心したのか麗奈も食べ始めた。


「あー本当うまいわ。同棲とかしたらこんな感じなのかな?」

「そ、そうかも、ね……。真桜とはこういうことしてなかったの? 真桜の東京のマンションに泊まったりしたでしょ?」


 確かに真桜が東京のマンションで一人暮らしを始めてからは何度か泊まりに行った事はある。だが、真桜は料理が苦手なのもあって手料理は食べた事なかった。


「まぁ泊まりには行ったけど、ご飯はいつも外食かコンビニだったかな」

「そうなんだ。まぁ真桜は忙しいもんね、自炊してる暇もないだろうし。それに社会人だし、お金は私たち学生よりはあるもんね……」

「そうだよな。真桜はもう社会人だもんな……」


 俺たちの中では一番幼いというか、ほわほわしてて助けてあげないといけないと、そんな風に思っていたのに。今では一人で東京に行って、一人で稼いでいるのだ。

 真桜はもっと人気になるだろう。そしたらもう俺が一生かけて稼ぐような金を、真桜は簡単に稼ぐだろう。大勢の人たちに愛されて……。そしていつか俺という存在は、アイドル西岡真桜に必要のない存在になるのかもしれない。


「楓? どうしたのぼーっとして」

「え、いや、なんでも」

「…………そう」


 麗奈は何か言いたそうにしていたが、そうとだけ呟いた。その後少しの間無言が続いたが、麗奈が口を開いた。


「ご飯食べ終わったら映画でも観ない? 前に観に行こうって言ってたけど結局行かなかったやつ、今日から配信だってCMしてたから」

「もうそんな前だったか。いいな、観るか」


 俺達は朝食をとった後、映画をみたりゲームをしたりと恋人同士の休日のような時間を過ごした。 

 本当なら真桜とこんな風に過ごすはずだったのかもしれない。同じ大学に行って、遊びに行って、一緒に暮らしてみたりもして、もちろんその先の事も……。そんな事を考えていた。

 そう言えば真桜はどうしてアイドルになりたいと思ったのだろう。今まで特に疑問もなく応援してきたが、よく考えると理由をちゃんと聞いた事はなかった。また今度聞いてみよう。


 ♢


「じゃあそろそろ帰るか」

「うん。ありがとね。昨日今日と付き合ってくれて」


 夜。

 麗奈は明日バイトがあるそうで、今日はこの辺で解散となった。


「いや、こっちも久しぶりになんか楽しかったよ。また誘ってくれ」

「……うん。今度は真桜も一緒にね」

「だな。じゃあもう電車くるわ。あ、ストーカーの件何かあったら言えよ?」

「ありがと、心配してくれて。……じゃあね楓」

「おう、またな」


 こうして俺は帰りの電車に乗り帰路についたのだった。

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