第7話 カレン
「すぅぅ……はぁぁぁっ」
「もう深呼吸してるの? 真桜早すぎじゃん〜」
「だって今日はあのミュージック・スマッシュで生ライブだよ? 緊張しちゃうよ……」
今日は大人気音楽番組の『ミュージック・スマッシュ』で生ライブを披露する日だ。
今までライブは何度もやってきたが、いつまで経っても緊張するのは変わらない。それに比べて李砂ちゃんはいつも落ち着いていて凄い。
「ちょっと外の空気吸ってくるね」
「OK。着替えの時間までには戻ってきなよー」
収録まではまだ時間がある。じっとしていると落ち着かないので私は部屋を出た。
♢
「あったかい……」
いよいよ4月になったのもあって気温はだいぶ暖かくなって来ていた。そろそろダウンやコートは使わなくなるなーなんてことを考える。
もうすっかり春なんだ。この季節が来るといつも思い出す事がある。
中学校入学式の前日、自販機でジュースを買おうとした時に100円玉を落としてしまい、転がっていったのを拾ってくれた少年がいた。その時は誰かわからなかったけど、入学後にそれが楓君だってわかった。
本当に些細な事。彼も別に私を助けようとしたわけでもない。ただそこ偶然いて、ただそこに偶然100円玉が転がって来たから拾って持ち主に返した。ただそれだけの事。なのに私はそんな彼と中学で再会したことになぜか運命を感じてしまっていた。
こんなこと人に話したら漫画の読み過ぎだと笑われてしまうだろう。
そんな事を思い出しながら私は適当に近くにあった自販機でジュースを買おうとした時だった。
「あっ!」
財布が開きにくくて一気に開くと、100円玉が飛び出し、後ろへと転がっていった。私100円玉を追いかけようと思い振り返ると、そこには一人のサングラスをかけた男性が立っていた。そして転がって来て足に当たり、その場に倒れた100円玉を拾う。
「これ、君のかな?」
私の視線に気づいた男性はサングラスを外して私に向かって少しはにかみ、100円玉を差し出した。
その男性はとても綺麗な人だった。肩ほどまで伸ばした綺麗で艶のある黒髪、やや垂れ目で優しそうな目、女の私から見ても嫉妬してしまいそうなほどに白く美しい肌。体型は細身で長身、まるでモデルのようだ。いや、本当にモデルかもしれない。私も芸能界に入って色んな人に会って来たけど、こんなにも眩しいオーラを感じる人は初めてだった。
「? どうかした?」
「あ、いえ、ありがとう……ございます」
「どういたしまして。……それにしても君は可憐だね」
「えっ!? は、はい?」
「うん、とても可憐だ。この暖かい陽気さと、君の可愛さ。まさしく春到来といったところだね」
その男性は私を褒めているのだろうか? ちょっと意味が分かりにくい事を言い出した。もしかしてこれがナンパというやつなのだろうか?
「あ、あの、すみません。私用事があるので失礼します。100円、ありがとうございました」
少し怖い気もしたので私はジュースも買わず、その場を後にした。彼は待ってと私を呼び止めようとしていたようだが、また変な事を言われるのかと思ったので無視をした。
♢
「〜って事があってね……。凄いかっこいい人だったけど変な人だったの」
「へー、変わった人多いからなー東京は」
私は今日の衣装を着ながら李砂ちゃんにさっきの出来事、変な男に出会った話をしていた。
「真桜はもうちょっと外に出る時は変装した方がいいかもね。変なファンに見つかったら大変だし」
「うん。気をつける……。あ、そうだ楓君にもうすぐ本番ってメッセージ送らないと」
そう思いカバンの中を探すが、スマホが見つからない。
「え、うそ? スマホがない……。」
「マジ!? めっちゃやばいじゃんそれ」
私のスマホは普段面倒くさくてロックをしていない。もし誰かに拾われて中身を見られたら……。一気に心臓がバクバクしてくる。生放送前の緊張とは違う嫌な緊張が走る。
「外で落としたのかも……探さなきゃ! ……でももう時間が……」
その時、コンコンと楽屋をノックする音がした。
「はい、どうぞ」
扉の近くにいたメンバーの大村唯が返事をする。
「やぁ、どうも」
扉が開き、そこにいたのはさっき出会った100円玉を拾ってくれたあの変な男だった。ここは関係者以外は入れないのにどうして? なんて事を考えていると隣にいる李砂が驚きながら口を開いた。
「え、マジ? Rosen glass【ローゼン・グラス】の黒木レン!?」
「ローゼン・グラスってあの人気バンドの?」
ローゼン・グラスは大人気のロックバンドだ。私はあまり詳しく知らないけど、そんな私でも名前は聞いたことあるくらい有名だ。
「はい。ローゼン・グラスの黒木レンです。マリン・チェリーの皆さん、この後のミュージックスマッシュ頑張ってね」
当然の大物の登場にメンバーたちは騒つく。今日の共演者の中にローゼン・グラスなんて名前はなかった。たまたま違う用事できただけなのだろうか? そう考えているとー
「えっーと、西岡真桜さん、ちょっといいかな?」
「え、あ、はいっ!」
突然名前を呼ばれる。黒木さんは私を確認すると笑顔で手招きする。皆んなからはどういう事だといった視線を浴びせられるが、私も何なのかわからない。もしかしてあの時私が黒木さんの話を無視したから怒ってるとか……!? とにかく私は黒木さんに連れられる。楽屋から少し歩いた所で黒木さんは廊下に誰もいないのを確認すると、見覚えのある桜のキーホルダーがついたスマホを取り出した。
「はい。コレ君のでしょ? 落としてたよ」
「あっ! わ、私のです!! ありがとうございます!」
「よかった。君が急に走りだした時にカバンから落としたのが見えてね。声かけたんだけど行っちゃったから……。それで追いかけたらここに入っていくのが見えてね」
やはりあの時落としていたのだ。届けてくれたことに感謝する。しかし気になるのは中身を見られていないかだ。中には楓君とのメッセージのやり取りや、写真が沢山ある。恋愛禁止のグループにいる以上、それを見られるとかなりヤバい。
「あ、中身は見てないよ」
そんな私の不安を見抜いたのか黒木さんはそう言ってあの優しそうな笑顔を見せる。
それを見て私はほっと胸を撫で下ろす。
「ただ、通知画面はみえちゃったけどね。彼氏クンからのメッセージ」
が、安心したのも束の間、彼の言葉を聞いて私は頭が真っ白になったのだった。
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