第5話 告白

「じゃあ、今日……ウチに泊まっていかない?」


 麗奈はこちらをじっと見つめながらそう言った。


「……随分急だな」

「ダメ……だった?」

「…………いや、別に嫌とかじゃないんだけど……」


 麗奈の家に泊まった事は何度かある。でもそれは小学生くらいまでの話で、大きくなってからは流石にない。それにいくら幼馴染だと言っても真桜と付き合っているのだから、一人暮らしの女の子の家に泊まるというのは考えてしまう。


「え、もしかして真桜のこと?」

「うん……まぁその、彼女だからな」

「なっ! べ、別に変な事するわけじゃないんだから! そんな警戒しないでよ!」


 麗奈は焦った顔で慌てて否定する。しかしその後すぐに真剣な表情になった。


「……あんたにちょっと相談したい事があるのよ」

「相談したい事?」

「……最近なんか誰かにつけられてるような気がするのよ」

「それって……ストーカー?」


 そう尋ねると麗奈はこくりと小さく頷いた。


「マジかよ……思い当たるヤツはいるのか?」

「……前にカフェのバイト始めたって言ったでしょ? そこのお客さんで変な人がいるのよ」


 そう言えば何ヶ月か前にバイトを始めたとは言っていた事を思い出す。確かに接客業だと変な客が来て、ストーカーになるなんて話はあり得る話だ。


「ちなみにどんなヤツなんだ?」

「私が出勤の日はほぼ毎日来てて、最初は色々差し入れとかも持ってきてくれる人くらいだったんだけど……最近は体を触ろうとしてきたり、プライベートな事を聞いてきたりで。本当気持ち悪いおっさんなの」


 麗奈は思い出すのも嫌と言った感じの表情でその男の事を話す。


「それで、最近は帰る時も誰かにつけられてらような気もして。この前はやたら住所や上がる時間聞いてきたりしてきて……もちろん言ってないんだけど」

「なるほど……」


 麗奈の話を聞くと、その男がストーカーの可能性はかなり高そうだ。麗奈の美人さを考えればそんなヤツが出てくるのもあり得るだろう。


「店長には相談したのか?」

「うん、一応。でも、よく来てくれる客だから、確定でもないんだしってあまり聞いてくれなくて……」

「もうそこやめるしかないんじゃねーのか?」


 店長がそんな対応ならもういっそ辞めてしまうのも手だろう。


「んー、そうなるわよね……でも、学校の友達が紹介してくれたところだから辞め辛くて。人手も少ないし」

「そんなこと言っても麗奈が我慢する必要はないだろ! もし傷つけられたり、何かあったらどうすんだよ!」


 麗奈のこういう真面目で責任感が強く、しっかりしてる所はいい所だし尊敬できる。でも、そのせいで麗奈が辛い思いをしているのは絶対に駄目だ。


「ごめん……ありがとう心配してくれて。最近その事で悩んでて精神的に結構キツくて」

「当たり前だろ。俺にできる事があったら協力する。なんでも言ってくれ、幼馴染なんだから」

「……うん。そう、だよね。……幼馴染だもんね」

「!? 麗……奈?」


 麗奈は俺の服を掴み、頭をこつんと胸あたりに埋めてきた。急な事で俺は一瞬ドキッとしてしまう。


「……さっきできる事ならなんでも言ってくれって言ったわよね。じゃあ、少しの間こうしていてもいい?」


 俺の胸に顔を埋めた麗奈は、少し顔を上げて上目遣いで俺の顔を見つめる。普段は気が強い麗奈の見た事ない表情に俺はよくない感情を抱いたような気がした。


「……」


 俺は返事を言葉にするのは怖くて無言で頷く。結果は同じなのだが、自分は返事はしていないという自分の中の言い訳として。


「ありがとう楓。……こうしてると落ち着く」


 麗奈の俺の服を掴む手の力が抜けるのを感じる。久しぶりに感じる誰かと触れ合う温もり。俺はつい麗奈の体を抱きしめてしまいそうになったが、真桜の顔が浮かび思いとどまった。

 ドクンドクンとやかましい心臓の音が麗奈に聞こえていないかが心配だった。


 それから何分かたった。正直どれくらいの時間かはあまり分からなかった。体感としては長くも感じたし、短かったようにも感じた。


「ありがと。もう大丈夫。……もうこんな時間か。そろそろシャワー浴びないと。一緒に浴びる?」

「え、いやそれは……さすがに」

「ふふ、冗談よ。私先に行くから後で使いなさい」


 そう言うと麗奈はシャワーを浴びるため浴室へむかった。

 麗奈の部屋に一人になった俺はふぅーっと大きく息を吐いた。まさか麗奈にこんなドキドキさせられるなんて。別になにもやましい事はしていない。なのにどこか真桜へ罪悪感のようなものを感じていたが、それと同時に麗奈の事が心配な気持ちと、可愛いという気持ちも感じてしまっていた。

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