第19話 フテキ
「今日は本当に嬉しいよ。君の方から誘ってくれるなんて」
そう言って目の前の美麗な男、黒木レンは一見無邪気そうだが、何か企みもありそうな笑みを浮かべる。
今日、私は黒木さんと彼の行きつけだという高級そうな個室のお店に来ていた。
「すみません。急にお呼びして……お忙しいのに」
「フフ、大丈夫だよ。君と話す方が大事だからね西岡真桜さん」
「ありがとう……ございます。あの……ところでそちらの方は……?」
私は黒木さんにお世話になるのを決めた事を話そうと連絡すると、彼はすぐに予定を入れてくれた。そして連絡した翌日の夜にはこうして時間を作ってくれたのだ。しかし店に入ると黒木さんの隣には初めて見るメガネにスーツ姿の男性がいた。
「彼は
「初めまして
「よろしくお願いします……」
小宮山さん……少し堅そうで真面目でキッチリしてそうな雰囲気を出している。キラキラしてて大人の色気全開なのに話すと変わってて掴みどころの無い黒木さんとは正反対のような人というのが印象的だった。
「それで、こうして連絡をくれたという事は……例の件の答えが決まったって事なのかな?」
「はい。……単刀直入にいいますと、黒木さんの所でお世話になろうと思います」
「……なるほど」
黒木さんは小さな声でそう呟くと、数秒ほど私の目をじっと見た後、箸を取り鯛の刺身を一枚口に運ぶ。
「うん、やはりここの鯛は最高だよ。真桜さんもどうぞ」
「は、はい。いただきます……」
黒木さんに促され私も箸を取り鯛の刺身を一枚食べる。確かに美味しい。前のお寿司屋さんも美味しかったし、やはり黒木さんほどの人だと美味しいお店をいっぱい知っているのだろう。
「すごく美味しいです!」
「でしょ? 僕は魚が好きだから色々食べてきたけど鯛はここが一番だね。特に今の時期は桜鯛と呼ばれるもので、鯛は春と秋が旬なんだけど……っと、すまない、今日はこんな話をしに来たんじゃなかったね」
「い、いえ……」
彼は鯛と一緒に出されていた高そうなお酒を一口飲む。
「……もちろん歓迎するよ。ようこそOrion【オリオン】へ」
「オリオン……?」
「うん。新しい会社の名前。真桜さん、君がオリオンのアイドル第一号だ……と言いたい所なんだけど」
「けど……?」
けどという不穏な言葉に私は少し不安になる。もうマリチェリを辞めると皆んなに宣言してしまったのに。
「君の彼氏……たしか楓君だったかな? 彼と一度会ってみたいんだよね」
「か、楓君とですか?」
うん。と返事をした黒木さんは笑みを浮かべる。また何かを企んでいそうなあの笑顔だ。
「だってもし彼が君のマネージャーとして働くとなると、雇う側としてはどんな男か見ておかないとね」
「それは確かに……そうですけど」
「それに君も彼と会えて一石二鳥じゃないか。交通費やホテルの手配や宿泊費はこちらで用意しよう。小宮山君、出来るよね?」
「はい、いつでも」
確かにそうだ。楓君も黒木さんのところで働くのなら一度会いたいというのももっともだ。まぁ楓君はいい人だしカッコいいしでダメなんてことはないだろうけど。
「わかりました。また空いてる日聞いてみます」
「フフ、ありがとう」
その後は黒木さんとアイドルについての話などをしてその日はお開きとなった。
黒木さんは小宮山さんともう少し飲むとのことなので私は先に帰ることになった。
「じゃあまたね。次は彼氏君も一緒だね、楽しみにしてるよ」
「はい、ありがとうございました」
♢
三人での食事会を終えた後、まだ黒木レンと小宮山は二人残っていた。
「いい子だったでしょ、真桜さん」
「そうですね。ルックスもいいし、雰囲気もさすがの人気者といったところですね」
小宮山はメガネをくいっとあげて、そういう。が、言葉に感情は感じられなかった。
「それよりも黒木さん、なにか考えているんでしょ?」
「フフ、まぁね。彼女には言わなかったけど急に移籍なんてしたら業界内での評判も、世間の評判も良く無いからね。人気アイドルを強奪した悪役に見えてしまう。プロ野球でいう他球団のスターを強奪したみたいなね」
黒木レンは不適な笑みを浮かべ、手元の酒を瓶ごと咥え一気に飲み干す。
「……だから何かドラマをつくらないとってことさ」
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