第20話 胸中

「……で。……楓っ!」

「! あ、ごめん……何?」


 麗奈の初めてを奪った翌日の夜。今日も麗奈とシた後、真桜からのメッセージをみて俺は悩んでいた。隣で寝転んでいた麗奈が起き上がり、俺の顔を覗き込んでくる。


「どうしたのよ? ぼーっとして。……どうせ真桜からでしょ?」

「……うん」


 俺は違うと言おうか悩んだが、麗奈には見透かされている気がして無駄だと思い正直に答える。正直寝ていると思っていて油断していた。


「真桜はなんて言ってるの?」

「……今度東京で会いたいからいつ会えるかって」

「……正直に言ってくれるのね。まぁいいけど。真桜は楓の彼女なんだし」


 そう言って麗奈はゆっくりと俺の首元に腕を回してくる。そして麗奈は唇が軽く触れるだけのキスをしてきた。


「……麗奈?」

「楓は最低ね。彼女が会いたいって言ってるのに違う女と一緒に寝て、キスをして……」

「……」


 確かに麗奈の言う通りだ。俺には真桜という彼女がいながらも、こうして麗奈と関係を持っている。それに一度だけならず、二度までも。

 そのくせ真桜からの会いたいというメッセージを見ると罪悪感が生まれてくるのだから、自分でも最低な男だと思う。


「……えいっ!」

「うわっ!? 麗奈?」


 そんな事を考えていると突然麗奈に押されて、俺は押し倒されたような形になる。


「何本当に申し訳なさそうな顔してるのよ。……もう戻れないわよ。……楓も、私も……」

「…………っ!」


 俺に覆い被さり、部屋の常夜灯で仄かに照らされた麗奈の顔はどこか儚げで、美しかった。

 そしてそのまま麗奈と俺はもう一度キスを交わす。今度はさっきよりも激しく……。


 ♢


 数日後。

 俺は真桜のところへ行くため新幹線に乗っていた。

 東京に会いに行くのは半年ぶりくらいだ。その時は真桜のアパートに泊まったが、今はもう引っ越して少しいいマンションになったらしい。まぁ仕事が増えて給料も多いのだろう。もう真桜はすっかり社会人だ。


 そして東京に来て欲しい理由、なにやら俺に会わせたい人がいるのだとか。真桜の事務所の社長とプロデューサーには真桜がスカウトされた時に一度会った事があるが。


「……まぁなんでもいいか」


 正直その会わせたい人に会う事の緊張よりも、真桜にどんな顔をして会えばいいのかということの方が悩みだった。

 麗奈との事は黙っておくべきか、それとも正直に話して……真桜と別れた方がいいのか? そんな事を考えているとあっというまに東京に到着したのだった。


 ♢


「楓君!!」

「真桜……?」


 駅から出ると聞き慣れた声の女性が俺を出迎えてくれる。その女性は帽子にサングラスにマスクと、はっきり顔が見えないせいで見た目だけでは誰だか判断しにくかった。


「あ、ごめんね。一応顔隠しとかないとで……」

「ああ、なるほど。確かにそうだな」


 そう言って真桜は少しサングラスを外す。そこにはよく知っている真桜の顔があった。真桜はテレビにも多く出演し、知名度も高くなっている。今ではもう素顔では歩けないのだろう。


「とりあえずウチくる……よね?」

「うん、そうさせてもらうよ」


 真桜の会わせたい人との約束は夜なので、とりあえず真桜のマンションに行く事にする。今日は真桜の家に泊まる予定だ。

 俺たちは他愛もない話をしながらマンションに向かった。といってもこの前会ったばかりだから久しぶりとは思わなかったが、こうしてゆっくり話したのは久しぶりだった。


「ここが今のマンション! 駅から結構近いでしょ?」

「うん、凄いいいとこそうだな」

「そ、そんな凄いとこじゃないよ? ま、まぁでも前よりはだいぶ良くなったけど……さ、はいろ!」


 真桜の部屋に入ると中は結構綺麗に片付いていた。白が基調の家具に、薄いピンク布団が印象的なベッド。所々に置かれた可愛い猫のキャラクターグッズやぬいぐるみがより女の子の部屋らしさを出していた。


「あ、これって……」


 その中には俺が昔ゲームセンターで取ってあげたぬいぐるみも混ざっていた。高校生の頃よく二人でカラオケ帰りにゲーセンのUFOキャッチャーをよくやったのを思い出す。


「えへへ、私の宝物だもん」


 そう言って真桜は笑顔でそのぬいぐるみを抱き抱える。その無邪気な笑顔を見ると俺は心がズキンと痛むのを感じた。……真桜は思ってもいないだろう。俺が真桜のいない間に麗奈としていたなんて。


「どうしたの? そんな顔して?……もしかして体調よくなかった!?」

「い、いや、大丈夫。なんでもないよ。……楽しみにしてたから寝不足なのかも」

「そ、そうなんだ……実は私も楓くんに会うのが楽しみで、昨日はあんま寝れなかったから一緒だね」


 そう言って照れた顔をする真桜を見て、余計に罪悪感に苛まれる。こんな適当な嘘ですらも苦しく感じてしまうなんて。

 今になって自分の犯した事を重大さを感じるようになっていた。


「あ、もうすぐお昼だけど、お腹空いてるよね?」

「え、あ、ああ。そうだな」

「何か頼もうかな? ……ごめんね、手料理とかじゃないけど」

「……いや、いいよ全然」


 こうして俺たちは夜まで真桜の家で過ごした。

 俺は真桜の楽しそうな話を聞くたび反省していた。

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