第21話 苦悩

「そろそろ、行こっか」


 そう言って真桜が立ち上がる。時刻は19時50分だった。


「そんなに遠くないのか?」

「んー、どうなんだろ? とりあえず20時に近くのコンビニあったでしょ? そこに車で迎えに来てくれるみたいだから」

「なるほど」


 真桜は洗面所で軽く髪を整えながらそう話す。そして俺達は部屋を出てコンビニへ向かった。

 コンビニの駐車場で待つ事三分ほど。白いセダンが目の前に停まり、運転席から眼鏡をかけたスーツ姿の男性が現れる。


「お疲れ様です。西岡真桜さんとその彼氏さんですね」

「はい。えっと確か黒木さんの知り合いの……」

「小宮山です。では後ろに乗ってください。黒木さんがお待ちです」


 俺達はその車に乗り、10分ほど揺られる。その後駐車場に停め、そこからさらに二分ほど歩いた。


「到着しました。どうぞ」


 案内されたのは路地裏の地下にあるお店だった。


「やぁ西岡真桜さん。それと……久保楓君」


 薄暗い店内の一番奥の先にいた男が声を発する。そこにいたのはあまり芸能人を知らない俺でもテレビで見た事ある程の有名人、ローゼングラスの黒木レンだった。確か最近引退したとかでニュースにも出ていた。


「は、初めまして……」


 初めて生で見る黒木レンはとても綺麗な顔をしていた。そして纏うオーラのようなものを感じる。

 そんな大物が俺に会いたいって言ってるのか? それともたまたまここに居合わせただけ……の可能性も? そう思い俺は小声で真桜に聞いてみる。


「合わせたい人って……黒木レンのこと?」

「うん。驚くよね。でも黙ってた方がビックリかなって。えへへ」


 真桜はいたずらっ子のように笑顔を見せる。こんな大物が俺の名前を呼ぶだなんてそんなことあるんだな。これが芸能人になった真桜の力なのか。


「さ、立ってないで座ってよ。何か飲むかい?」


 黒木レンの前にはもう既に二本のお酒が入っていたであろう瓶が置いてあり、手元のグラスには少し中身が残っていた。


「すみません、まだ19なので」

「ああそうだったね。申し訳ない。……君は真桜さんと同い年なんだね」

「は、はい」

「フフ、そんなに緊張することはないよ」


 そう言って黒木レンは笑顔でグラスの残り飲み干す。緊張するなと言われてもしない方が難しい。


「それで俺に会いたいってのはどうしてですか?」

「あれ? 真桜さんから聞いてなかったのかい?」


 俺は真桜の方をみると、真桜は手を合わせてゴメンと謝る。


「な、なんか言い出しにくくて……」

「なるほどね。じゃあ僕の方から話そう。……今僕は新しい会社を設立して、アイドルを作ろうとしている。そこで、その新アイドルに真桜さんをスカウトしたのさ」


 真桜をスカウト!? 初めて聞く話に俺は驚く。しかもあの黒木レンが新たに始めるアイドルに。


「そして真桜さんもそのオファーを受けてくれると言ってくれている」

「す、すごいじゃん真桜!」


 真桜の方を見ると真桜は照れくさそうに笑顔を見せる。


「それで、ウチに来てくれるというのなら彼氏である君を真桜さんの専属マネージャーとして雇ってもいいという話なんだ」

「えっ……俺をマネージャーに??」

「そう。今君たちは離れ離れになっているだろう? せっかく恋人同士なのだから近くにいた方がいいに決まってるさ」


 確かに今は真桜と離れている。しかし俺が近くにいるとアイドルとして活動する真桜に万が一のことがあれば迷惑がかかるのでは。二人でいるところの写真なんかでも撮られれば炎上すること間違いなしだ。


「で、でも大丈夫なんですか? バレたらスキャンダル的なので炎上したりとか……」

「今の事務所ならそうかもね。あそこはアイドルの恋愛を禁止にしてるから。ファンもそれを込みで応援しているから……燃えるだろうね。けれど……」

「……?」

「ウチにくれば大丈夫。ウチはアイドルの恋愛を認める方針だから」


 黒木レンは誇らしげな感じでそう言い放った。


「最近はおかしいんだ。恋人の有無で左右される技術の評価。確かにアイドルというものはファン達に希望を与える存在。しかしそれは歌であったり、ダンスであったりそういった技術による物。だから僕の作るアイドルでは恋愛な禁止などは設けない。恋人の有無でファンをやめるような存在なら初めからいなければいい。……それを公表しておけば、その事を考慮した上でのファンがつくだろうしね……と、まぁこんな感じだね。僕の考えとしては」


 黒木レンはそう語ると瓶からグラスに酒を注ぎ、それを飲む。たったそれだけの所作にも美しさを感じさせた。


 この男の言っていることは一理ある。確かに俺も恋人ができた芸能人、結婚したアイドルが叩かれたりするのをよく見る。

 しかし彼が言ったように大きく炎上するのは、恋愛の禁止という事務所のルールを破ったと言うのが大きい気がする。だから最初からウチは恋愛OKですよというのを言っておけばまだ大丈夫であろうというのが彼の考えってわけだ。


「な、なるほど……素晴らしい考えだと思います」


 俺はとりあえずそう答える。賛同できる部分は確かにある。けれど彼が話す事は極論すぎる気もするが……。


「……ならよかった。あと一番君に聞いておきたい事があるのだが……」

「な、なんですか?」


 黒木レンは俺の目を真っ直ぐに見つめる。その美しい瞳に男である俺ですらもつい見惚れてしまう。そして彼は俺が今一番悩んでいる事を口にしたのだった。


「……君はアイドル西岡真桜に全てを懸ける覚悟があるかい?」

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