第11話 衝撃

 その男は店員さんの案内も待たず、慣れた感じでカウンター席の真ん中あたりに座った。


「いらっしゃいませー、ご注文はー」

「……ロ、ロイヤルミルクティー」

「かしこまりました」


 男はさっさと注文を済ませると、鞄から何か小説のような本を取り出し読み始める。ここまでは特に異常さはないただの客だ。


「今んところ特に変なところはなさそうだな」


 俺は男に聞こえないように小声で麗奈に告げる。


「最近は雅さんにも協力してもらって、出来るだけ私が接客しないようにはしてくれてるの」

「なるほど……とりあえず今日は迷惑じゃなけりゃ麗奈が終わるまで待ってようか?」

「えっ!? そんな悪いわよまだ四時間くらいあるわよ?」


 そんな風にヒソヒソ話をしていると、男がチラリと一瞬こちらを見た。が、すぐに手元の本へと視線を戻す。


「ま、まぁとりあえず雅さんがいる日は大丈夫だと思うけど……」

「んー、でも心配だちゃ心配だしな……どっかで時間潰してくるから終わったら連絡くれるか?」


 四時間はまぁ長いが、適当にぶらぶらして映画でもみたらいい時間になるだろう。


「楓……あ、ありがと……わかった。終わったら連絡する……」


 麗奈は照れているのか目線を逸らしながら前髪をいじる。


「……じゃあ私はそろそろ仕事戻るわね」

「おう、仕事頑張れよ」


 そう言うと麗奈は仕事に戻って行った。残された俺はちらりとストーカー男の方見る。丁度男の注文したロイヤルミルクティーが届けられるところだった。しばらく見ていたが男は特に変な動きをすることもなく、ただ無言で読書をしているだけだ。


 見た目のせいで決めつけすぎていたか? でも麗奈はストーカーはあの男だと言ったしな。麗奈が接客に来なくなって察したのかもしれない。まぁどちらにせよ俺はそろそろ店を出るか。コーヒー一杯で長居しすぎだろし。会計は先に出た堀ちゃんがしてくれてたので俺はそのまま店を出た。


 ♢


 その後俺は適当に街をぶらぶらし、特に見たいものもなかったが丁度いい時間にあるのを見た。しかしそれでもまだ時間は三時間くらいしか経っていなかった。

 そう言えばこの映画館の下の階にゲーセンあったよな、暇つぶしに行ってみるか。そう思い俺はゲーセンに向かった。


 そしてゲーセンで適当にウロウロしているとUFOキャッチャーのコーナーでなにやら客同士が言い合っているのが見えた。


「えーなんで無理なのー? あたしどうしてもこの子欲しいのにー!」

「い、いやーそうは言われても……もう8000円も使ってるのに……」


 黒とピンクのツートンカラーをしたツインテールの女の子が駄々をこねるように隣の中年男を責め立てる。……てかあの子は堀ちゃんじゃないか! すると向こうも俺が見ていることに気づいたのかこちらに向かって手を振る。


「あ、久保さーん! こんなところでまた会うなんて!」

「堀ちゃん……」


 俺が彼女の方へ行くか悩んでいると、彼女の方から俺の元へ駆け寄ってきた。


「久保さんもゲーセン来るんですね」

「ま、まぁ偶にだけどね」


 堀ちゃんは隣のおじさんなど居ないかのように普通に話しかけてくる。


「……そ、その人は?」


 俺は流石に気になったので聞いてみる。


「んー? あぁーもう帰っていいよ?」

「そ、そんなぁ! まだこの後の……」

「もうそんな気分じゃなくなっちゃった。久保さんあっちいこ?」


 堀ちゃんは隣にいたおじさんを雑にあしらう。そして俺の手を取って引っ張ろうとする。


「い、いいのか? なんか凄い残念そうだぞあのおじさん」

「いーのいーの! あんなおじさんといるより久保さんといる方がいいし!」


 悲しみと焦りの表情をしたおじさんと対照的に堀ちゃんはどうでもいいと言った感じで無邪気に笑う。なんかおじさんに悪いなと思いちらりとおじさんの方を振り向いた時だった。


「うおおおー!!」


 そのおじさんは怒りにも悲しみにも聞こえる唸り声を上げて、UFOキャッチャーの景品のサンプルが置いてある丸椅子を振り上げてこちらへ向かって来た。


「危ないっ!」


 ドガッ!!

 鈍い音と共に頭部に激痛が走る。そしてツーッと温かい液体が頬を流れ落ちるのを感じた。


「く、久保さんっ!!?」


 咄嗟に堀ちゃんを庇った結果、俺はおじさんに椅子で頭を殴られた。あたりどころが悪かったのか血が流れている。


「っく、いって……」

「きゃっ! 久保さん! 血、血がっ!! だ、誰かっ!!」


 堀ちゃんは血を流す俺を見て驚き、悲鳴をあげる。一方俺を殴ったおじさんの方もパニクっているようだった。


「う、うわぁぁ……お、俺は悪くねぇ! こ、この女が悪いんだ!」


 おじさんはそう言うとその後も数回にわたり椅子を振り下ろす。そして俺は流石に痛みで膝をつく。やり返さないとと思うが体が思うように動かない。こんなことなら体を鍛えておくべきだったか……。なんて今更後悔していると、騒ぎを聞いて店員や客が集まってくる。

 それを見たおじさんは持っていた椅子を投げ捨て、走って出口へ向かう。


「まてっ!……っ!」


 逃げようとするおじさんを追いかけようとしたが、堀ちゃんが俺の服を引っ張って止めた。


「びょ、病院、い、いかないと、ち、血が出てる……! ご、ごめんなさい! わ、私のせいで!」


 そう言って俺の服を掴む堀ちゃんの手は震えていた。そらこんな怖い思いをしたら仕方ない。


「大丈夫だよ。血は出てるけどそんな大怪我じゃないから」

「で、でも!」

「……大丈夫だから」


 俺はそう言って子供をあやすように堀ちゃんの頭をぽんぽんとする。いきなりそんなことして失礼だったか? と思うが、それどころではないようだった。


 通報してくれた店員さんによるともうすぐ警察と救急がくるそうだ。……そういえば麗奈を迎えに行かないといけないんだった。警察なんか来たら間に合わない。でも電話しても仕事中だし……。


「麗奈に連絡しないと……」


 そう思ってスマホを開こうとした瞬間、急に意識が朦朧とし、俺の意識が感じられたのはスマホが手から落ちる感触が最後だった。

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