第12話 シラセ

 軽快な音楽に合わせて、キュッ、キュッとシューズの音が鳴り響く。


「だから僕は〜神様なんて〜♪……1、2、3、ここでっ……」


 前面のガラスに映る自分を確認しながら、歌に合わせてターンを決める。


「……はあっ、はぁっ!」


 曲が終わると同時に膝に手をつき呼吸を荒げる。額からは大粒の汗が滝のように流れ落ちる。

 結局この前の黒木さんからの誘いについて私は何も決められずにいた。そのせいで新曲のダンスにも影響してしまい、今こうして一人で練習をしていた。

 練習を始めた時はまだ夕方だったのに、いつのまにか外はすっかり真っ暗になっていた。


「はぁ、はぁっ……ふぅー。そろ、そろ……帰らないと」


 明日はまた朝から雑誌の撮影の仕事があるので、今日はこの辺で帰ることにする。私はタオルで汗を拭きながらスマホでなんとなく今日のトップニュースを見る。


『ロックバンド界のカリスマ、ローゼン・グラスのボーカル"黒木レン"が引退! 引退後はプロデュース活動に専念か』


 一番上に来ているニュースにはそう書いてあった。疑っていたわけではないが、まだ何処かに嘘なんじゃないかという気持ちがあった。けれど、これで黒木さんが言っていたことは本当なのだと確信に変わった。黒木さんの誘いに乗るか乗らないか、早く決めないといけない。


 そんなことを考えていた時だった。ガチャっと扉が開く音がして振り向く。


「あ、いたいた。真桜、お疲れー!」

「李砂ちゃん! どうしたの?」

「いやーマネージャーに聞いたら真桜はまだ自主練してるって聞いたから……」


 現れたのは李砂ちゃんだった。李砂ちゃんはそう言うと手に持ったビニール袋から弁当を取り出した。


「晩御飯まだでしょ? 弁当買って来た!」

「! あ、ありがとう!」


 丁度片付けて帰ろうと思っていたので、その場で弁当を広げ一緒に食べることにする。


「新曲のダンス?」

「うん。まだうまく出来なくて……」


 元々ダンスはあまり得意ではない。さらに黒木さんの件もあって最近は余計に集中出来ていない。こんな気持ちでやっていてはダメだと言うのはわかっているのに。


「ホント真桜は真面目だなー。でもそれが今の結果に出てるんだよなー……。私らの中でも真桜が一番仕事多いカンジだし」

「……そう、かな?」

「そうだよ。明日も一人で撮影でしょ? そんな仕事私には来たことないよ〜ははは」


 李砂ちゃんはそう言って笑いながら弁当の唐揚げを口に放り込む。笑ってはいるがどうもいつもと違う気がした。何か言いたい事があるかのような。


「……」

「……この前さ、レン様……黒木レン来てたでしょ? 真桜を探して」


 少しの無言の間が過ぎて、李砂ちゃんの方から口を開く。


「え、あ、ああアレは前にも言ったけど私のスマホを拾ってくれてたみたいで……」

「うーん。それはそうなんだけど、わざわざ呼び出して話してたじゃん?」

「……それは……」


 あの時は本当にスマホを返してもらっただけだ。しかしその後またで偶然黒木さんに出会った事、黒木さんが新しいアイドルグループを作る話、そしてそれに私が誘われた事、その話はまだ誰にも話していない。


「ごめんごめん! 話しにくい事ならいいよ。ただ私レン様の大ファンでさー。つい気になっちゃっただけで……」


 李砂ちゃんはそう言ってまた笑顔を見せる。なるほど、黒木さんのファンだから気になってただけなんだ。少しホッとする。

 そして丁度黒木さんの話が出たのだから、一人で考えても答えが出ないので、李砂ちゃんにだけ相談してみる事にする。


「……実は黒木さんに誘われているの。新しいアイドルグループを作るからって」

「…………え、なにそれ? レン様に直接スカウト!? やばいじゃん!?」

「うん。ただ、そうなるとマリチェリを辞めないといけなくなるし……」


 そう。移籍するのだとしたら私を芸能界にスカウトしてくれた社長、一緒に頑張って来たマリチェリのみんな、応援してくれてるファンのみんな。その全てを裏切ることになるかもしれない。


「……その話って社長とかには?」

「……それはまだ……っ!?」


 その時、スマホから着信音が鳴り響く。相手は成瀬麗奈……学生時代からの親友麗奈ちゃんからだった。こんな時間に電話ってなんだろうととりあえず出てみることにする。


「もしもし……麗奈ちゃん?」

『あ、真桜? よかった出てくれて。さ、さっき私も聞いたばかりなんだけど……か、楓が……怪我で病院に運ばれたって!!』 

「え……か、楓君が!? ……嘘……」


 楓君が怪我で病院に……その言葉を聞いて私の頭は真っ白になった。


「い、いかないと!」


 私は鞄を手に取り、立ち上がる。


「ど、どうしたの真桜? 何かあった!?」

「か、楓君が怪我で病院に運ばれたって!! わ、私行かなきゃ!」

「ちょっと真桜!?」


 私は気がつくと走り出していた。この時間ならまだギリギリ最終の新幹線ががあるはず。そう思い駅へ向かうのだった。

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