第9話 熱情
「お、このCDショップ懐かしいな」
俺は商店街へ日用品の買い物に行ったついでにぶらぶらと街を歩いていると、昔真桜とよく行ったCDショップが目に入った。とはいえもう一年くらい行ってないが。あの頃は真桜がよく好きなアイドルのCD買いに来ていた。
最近はもうダウンロードとか通販とかが多いからあんまり買いに来る人もいないんだろうな、なんて思い通り過ぎようとした時、ふと入り口に貼ってあるポスターが目に入る。
「……これってマリチェリ?」
超有名男性アイドルグループや、大御所演歌歌手らのポスターに混じって、最近人気が出てきたとはいえまだこの中に混ざるほどの知名度ではないマリチェリのポスターが貼ってあったのだ。
少し気になった俺は店に入ってみることにした。
中に入るとかつてよく見た懐かしい光景が目に映る。そういえばこんな感じだったな、ほとんど配置も変わってない。ってことは……。
過去の記憶を辿り、真桜とよく見に行っていたアイドルコーナーのある奥の方へと向かう。
するとそのアイドルコーナーの一角で、見覚えのある中年男性……この店の店長さんと、黒とピンクのツートンカラーのツインテールをしたとても目立つ女性がいた。
「ええー!? 本当なんですか??」
「本当本当。アイドルになる前はよく来てくれててね。ランニング娘とかEris【エリス】のCD買ってたよ」
ふと二人の会話が聞こえたので聞いてみる。ランニング娘とエリスといえば真桜が好きだったアイドルじゃないか。それにアイドルになる前ってまさか真桜の話か? ちょっと気になるのでこっそり聞き耳を立てる。
「あの真桜ちゃんがここに来てたなんて……感動です!……あっ!」
元々狭めの店内、少し動いた少女の背負っていたリュックが当たり、展示してあるCDがいくつか落ちてしまう。
「す、すみません!」
「いーやいいよ。ウチ狭くてごめんねー」
二人が落ちたCDを拾おうとしゃがみ込んだ時、俺の足元が見えて、二人は俺に気がついた。
「ああ〜すみませんお客さん……って君は真桜ちゃんとよく来てた……」
「あ、ど、どうも」
店長と目があい、俺は軽く会釈をすると店長も気がついたようだった。
「え、真桜ちゃんと来てたって……まさか真桜ちゃんと知り合いですか!?」
「……ま、まぁ一応」
流石に正直に彼氏です、とは言えない。ていうか言っても信じてもらえない可能性も高いが。今やすっかり芸能人の真桜とただの凡人大学生の俺では釣り合わなさすぎる。
「す、凄いです! 前に真桜ちゃんが〇〇市出身って言ってたけど、この辺が地元だっていうのは本当だったんですね!!」
「ま、まぁそうだね」
少女は興奮気味にそう話す。かなりテンションが上がっていて、どうやら熱心な真桜のファンである事は間違いない。真桜もこんな熱心なファンが出来たんだと誇らしい気持ちと、より真桜は別世界の住人なんだと思わされる気持ちを感じ、複雑な気持ちになる。
「あ、あの……よかったらもう少し真桜さんの話聞かせてもらえませんか!? 少し行ったところに私がバイトしてるカフェがあるんで。お金はもちろん奢りますので!」
「……ま、まぁいいけど……」
「! ありがとうございます!! あたし
「あ、ああ、俺は久保楓……です」
「久保さんですね。では行きましょう!」
俺は彼女の勢いに押されて承諾してしまう。まぁこのあとは特に予定もなかったので問題はないのだが。
♢
そして俺は堀さんに連れられ、路地裏にあるレトロな雰囲気の喫茶店に来ていた。
「へー、こんなところあったんだ。落ち着いてていいとこだな」
「でしょー? 制服も大人っぽさの清楚さがあってめちゃ可愛くてー、それでここで働いてるの!」
カランカラン。扉を開くと昔ながらの鈴の音が鳴り、入店を知らせる。
「いらっしゃいませーって堀ちゃんじゃん。どしたの?」
「雅ちゃんやっほー。今日は客でーす! 奥いい?」
「え、別にいいけど。そちらの方は……もしかして彼氏?」
店員さんは俺を見て堀さんにそう尋ねる。まぁ同年代くらいの男女がいればそう見えるか。
「違うよー、久保さんはーえっーとなんだろ? ま、なんでもいっか」
堀さんは店員さんに案内される前にさっさとカウンターの一番奥の席を陣取る。そして俺はその隣に座る。
「雅ちゃーん、注文〜!」
「はいはい、すぐ行くわよ」
雅ちゃんと呼ばれた店員はやれやれと言った表情で注文をとりにくる。彼女の対応からも堀さんはいつもこんな自由な感じなのだろう。
「あたしはーストロベリーチョコレートパフェ! 久保さんは何にしますかー?」
堀さんはさっさと自分のメニューを注文し、俺に聞いてくる。俺はまだメニューすら見ていないのだが。
「と、とりあえずホットコーヒーで」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
俺は店員さんを待たせるのも悪いのでとりあえず絶対あるであろうホットコーヒーを頼む。
「久保さんコーヒー飲めるんだー大人だね」
「いや、別に普通だよ」
「だってあたし苦いの飲めないもーん。甘いのはー大好きだけど」
堀さんはそう言ってテーブルに顔を寝そべらせて上目遣いでこちらを見つめる。そして目が合うとニコッと笑顔を見せる。少しあざといなと思いながらも、結構な可愛さに一瞬ドキッとしてしまう。
「んんっ。……で、真桜の話だろ。何が聞きたいんだ? あんまりプライベートな事は話せないけど」
俺はそれを誤魔化す為少し咳払いをして、自分から真桜の話題を出す。この子は別に俺と話したいわけではない。勘違いしてはいけない。真桜の話を聞きたいだけだ。
「えーっと、じゃあ真桜さんの好きな〜」
こうして俺は今日会ったばかりの真桜ファンの女の子と真桜の話を語り合った。
最初は質問に答えるだけだったが、いつのまにかお互い真桜のいいところを言い合う会になっていた。
「いやー久保さん凄いね。真桜ちゃんのことめっちゃ好きじゃん! 本当にただの友達?」
「ま、まぁな。堀さんも凄いよ。細かい仕草とかまだよく見てるよ」
彼女は本当に熱狂的な真桜ファンで、真桜のダンスや、トーク番組で話したこと等事細かく覚えていた。
「あー、その堀さんってのやめて欲しいなー。堀ちゃんにしてよ!」
「え、堀……ちゃん?」
「うん。私みんなに堀ちゃんって呼ばれてるから。久保さんもー呼んでいいよ!」
「わ、わかった……堀ちゃん」
「それでよし! えへへー」
堀さん改め堀ちゃんは笑顔で浮かべる。もちろん顔自体が可愛いのはあるが、さらに表情が豊かで愛嬌があり、派手な髪色だが可愛い子だなんて思ってしまう。
カランカラン。
そんな風に話していると鈴の音が鳴り、扉が開く。
「おはようございます」
すると聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「あ、麗奈ちゃん! おっはー!」
麗奈? 隣に座る堀ちゃんは立ち上がり、麗奈ちゃんと言って手を振る。俺は振り返り入口の方を見ると、そこにはよく知った俺の幼馴染、成瀬麗奈がいたのだった。
「!? 楓? な、なんでいるの?」
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