第14話 ギシン
私が楓君と話すようになったのは中一の冬だった。出逢ったのは中学に行く前に百円玉を拾ってもらった時。私は当時引っ越してきたばかりで知り合いも同級生もいなかったので彼が誰なのかわからなかったが、その後中学校に入学して彼が同じ新一年生の久保楓という少年なのを知った。
しかし彼とは違うクラスだったので接点はなかった。ただ朝の登校時や下校時に彼を見つけては密かに話してみたいと思っていた。けれど引っ込み思案だった私は、違うクラスのそれも男子に話しかけるなんてことは出来なかった。
ある日、大雨の日に傘を忘れて困っていたら、そんな私に気づいて一緒に傘に入れてくれた女の子がいた。それが今では親友の成瀬麗奈ちゃんだった。
話したことはないけど、楓君とよく一緒にいる綺麗な女の子。そんなイメージだった。
「あなたよく同じ方向に帰ってるの見かけるけど、同じ小学校じゃないわよね? 転校生……でもないわよね?」
「……はい。中学になる前に両親の都合で引っ越してきて……」
「なるほど、そういうことね。よかったら入る? 途中まで同じ方向でしょ?」
こうして私は麗奈ちゃんと一緒に帰ることになった。そしてその帰り道で私は友達が出来ないことを話すと、麗奈ちゃんは私が友達になってあげるといってくれた。
「あ、そうだ。もう一人友達になれそうな奴いるからまた連れてくるわね。今日は風邪ひいて休んでんだけど」
「……それっていつもよく一緒にいる久保君?」
「! そうそう。楓のこと知ってた?」
「向こうは知らないと思う……。でも私は昔助けてもらったことがあって……」
私は百円玉を拾ってもらった時の話をする。
「なるほど。そんなことあったのね。OK、じゃあ明日来てたら楓も連れてくるわ!」
「あ、あ……ありがとう」
そして翌日、私は楓君と初めてちゃんと話したのだった。やっぱり彼は私と百円玉のことは覚えてなかったけど。
これが私と楓君と麗奈ちゃんとの関係の始まりだった。それから楓君とは恋人関係になって、麗奈ちゃんとも親友になれた。
そして今は-。
「んん……、もう着いたんだ……東京」
私はどうやら新幹線の中で眠ってしまっていたらしい。気がつくともう東京まで帰ってきていた。
なんかすごく懐かしい夢を見ていた。楓君と出会ったばかりの頃を。
……今頃楓君は麗奈ちゃんと二人でいるのだろうか? そりゃそうだ。私だけ東京にいて、二人は同じ県内。私より一緒にいるのなんて当然。
そして楓君が今回のように怪我した時、病気になった時、落ち込んでいる時、困っている時……直ぐに駆けつけられるのは彼女の私ではなく、麗奈ちゃんの方。そう考えると心が一瞬ズキンと痛むのを感じた。
いや、あくまで麗奈ちゃんは楓君の幼馴染。彼女は私……。けれど、わかってはいても久しぶりに見た二人の距離は前よりも近いように感じた。
楓君は私の仕事の事を心配してくれてるのは嬉しい。けれど、本当はもっと一緒にいたいと言って欲しかった。もし私がアイドルの仕事を頑張れば頑張る程、楓君との距離が離れていくのだとしたらもう……。
「真桜さん!」
そんなことを考えながら駅から出て、マネージャーから指示された場所へ向かうと、マネージャーである
「山北さん……おはようございます」
「車とめてあるんで、さ、早く行きましょう!」
山北さんは挨拶もないほど急いでいるのか、そそくさと停めてある車の運転席に乗り込む。
「一応連絡はして撮影時間を一時間ずらしてもらいましたので。ですが、真桜さんの方からもしっかりと謝罪頼みますよ?」
「……はい。すみません」
私は助手席に乗り、シートベルトをつける。今から撮影の仕事だというのに楓君のことを考えると気分が上がらなかった。怪我が大事じゃなくて良かったはずなのに。
「……真桜さん大丈夫ですか? 表情が暗く見えますが」
「すみません。あまり寝れてなくて……」
「はぁ……そういえば彼氏さんが病院に運ばれたそうでしたね」
山北さんは私に聞こえるような大きなため息をつく。彼は一応私に彼氏がいることを知っている。だが、今の態度でもわかるようにその事はあまりよく思っていない。
「まぁ……仕事はしっかりしてくださいよ。……余計なお世話かもしれませんが彼氏のせいでうまくいかないなんてなるなら別れるのも検討した方がよろしいかと」
「……はい。頑張ります」
やはり社長が特別に認めてくれているとはいえ恋愛禁止がこの事務所のルール。他のメンバーの子たちも守っているのだからよく思われないのも仕方ない。
『僕はむしろ、恋愛はすべきだと思っている』
『僕のところに来てくれるのなら、君の彼氏も一緒に迎え入れようと思っている』
あの時、黒木さんが言っていた事を思い出す。
黒木さんの所に行けば、私は楓君とずっと一緒にいることが出来る。
私を見つけてくれた社長、育ててくれたプロデューサー、一緒に頑張ってきた仲間と応援してくれたファン。
そして私の大事な恋人、楓君。
私にとって一番大切なのは……。
そんなことを移動中の車内でずっと考えていたのだった。
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