第16話 愛罪

「…………」

「…………」


 長い沈黙の後、先に口を開いたのは麗奈だった。


「楓は私の事……どう思ってる?」

「どうって……それは……」   


 麗奈は大切な幼馴染で親友……そう言えばいいのに言えなかった。

 さっきのキスはおそらく麗奈の気持ち。そしてすぐに幼馴染と答えられないのが……俺の気持ちなのだろう。


「……私は楓の事が好き。ずっと昔から好きだった……! ……真桜よりも前から」


 麗奈は俯いて表情が見えなかったが、膝の上で拳を握りしめているのが見える。


「最低な事言ってるのはわかってる。……でも、それでも私はずっと……辛くて、悔しかった……」


 麗奈の手の上に雫が落ちる。


「麗奈……」


 これ以上は聞いてはいけない気がした。しかしそれを止める事は……出来なかった。


「……楓が真桜の告白を受け入れた時、本当はショックだった。……けど、仕方ないと思ってた。真桜は親友だから。……それに、あんな大勢の人がいる前で告白なんて勇気も見せられたし」

「…………」


 麗奈が顔を上げる。その目からは涙が流れていた。


「真桜がアイドルになるって東京に行った時、寂しいと思った。でも楓と二人でいることが増えて気づいたの……やっぱり私は楓の事が好きだって。私の方がずっと前から楓の事が……っ!?」


 麗奈がそう言った瞬間、俺は麗奈の体をギュッと抱き寄せていた。


「……ごめん、麗奈」


 俺と真桜が付き合っている裏で、麗奈がこんなふうに思っていたなんて考えてもいなかった。いや、考えようともしなかった。ずっと麗奈は俺と真桜の事を応援してくれていると思っていた。


 けれど本当は麗奈はずっと苦しんでいたんだ。


「……楓っ!」


 麗奈もそれに応えるように背中へ手を回しギュッと俺を抱きしめてきた。少し体が震えているのが伝わった。


「麗奈……」


 そして今度は俺の方から麗奈の唇へキスをする。先ほどよりも少し長いキスを。


「っ……。慣れてるのね」

「……いや、半年振りだから」

「…………」

「麗……? っ!」


 麗奈は少しムッとした顔をしたと思うと、俺の頬へ手を伸ばし、少し強引な形で麗奈の方からキスをした。


「……、真桜は半年に一回かもだけど、私だったらいつでも……いいよ?」


 そう言って麗奈は妖艶な表情を浮かべる。今までにない麗奈の表情に俺はドキッとする。……この感覚も随分と久しぶりだった。半年前に真桜の家に泊まりに行った時以来、か。


「麗奈っ……」


 俺はそんな麗奈に誘われるようにゆっくりと麗奈をベッドに押し倒した。


「……電気、その、消して……」

「あ、うん……」


 麗奈は恥ずかしそうに目線を逸らす。いつもの強気な麗奈と違う、しおらしい麗奈を見れないのは残念だと少し思いながらも、俺は電気を暗くする。



「んっ……。まだ答え聞いてないけど? 私の事、どう思っているかの」

「…………そ、それは」


 好きだ。その一言を言ってしまうともう戻れなくなる。真桜を思うとそんな気がして言えずにいた。


「お願い、言って……」


 しかし麗奈の切なげな表情を見て、言わずにはいられなかった。


「……好きだ。……麗奈の事が!」

「ありがとう……! 嬉しい!」


 その瞬間、ブーブーっとテーブルに置いていた俺のスマホが着信を知らせていた。


「……真桜!」


 画面に表示されていたのは真桜の名前。俺は出るか出ないか迷っていると……。


「出ないで」


 麗奈は俺の服を引っ張りながらそう言った。

 そしてキスをせがむような表情で俺を見つめる。……これは麗奈のため。そう自分に言い聞かせ、俺は吸い込まれるように麗奈へキスをする。


 やがて着信のバイブレーションは消え、暗闇の中に真桜からの不在着信を知らせる画面が辺りを仄かに照らしていた。

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