第25話 狂愛

「もしもし……真桜?」

『……っ……楓君?』


 電話に出た真桜の声は少し涙声で震えているように感じた。


「ごめん! 俺のせいで大変な事になって!」

『見たんだ……写真』

「……知り合いにマリチェリのファンで真桜推しの子がいるんだけど、その子からその……炎上してるって聞いて」


 あの日の夜、俺は一人地元へ向かう新幹線に揺られていた。これでよかったんだと言い聞かせる。けれど、やはりそう簡単にはそう思えなかった。

 その日の晩はずっと真桜との思い出を思い返していた。初めて出会った日の事、付き合った日の事、初デートで真桜が財布を無くして半分くらい財布探しで終わった事……。真桜はいつもいろんな表情を見せてくれた。やっぱり真桜の事が好きだという気持ちは変わらない。


 でもただの学生の俺と一人で上京し、今や人気のアイドルとなった真桜ではとても釣り合わない。しかも俺は真桜と会えない寂しさがあったとはいえ、麗奈と関係を持ってしまった。最低の裏切り行為だ。そんな俺にもう真桜の彼氏を名乗る資格はない。


 そんな事を考えているといつの間に朝になっていた。時間を見ようとスマホを手に取ると、麗奈のバイト先の同僚で、マリチェリファンだったあの子、堀ちゃんからメッセージがきていた。


『マリチェリの掲示板で真桜ちゃんが男と歩いてる所撮られて炎上してる! 結構ヤバいかも!!』


 急いで俺はその掲示板を見ると、そこには確かに俺が真桜と一緒にいる写真が載せられていた。

 一体誰がこんな物を……。

 案の定掲示板では真桜を叩く声が続出。俺がもっと周りの事を意識していれば……。もう真桜とは関わらない方がいい。そう思っていたけど流石にこればかりは謝らないといけないと思い、とりあえず電話をかけたのだった。


『はは……そうだね。今事務所の人たちにも怒られちゃった。まぁ突然だよね……悪いのは私なんだから』

「違う! 悪いのは……俺だ」


 そうだ。悪いのは俺なんだ。

 もっと早くに別れていればこんな事にはならなかった。結局俺は真桜に迷惑をかけてばかりだ。アイドル西岡真桜にはもう俺は邪魔でしかないんだ。


「真桜、本当にごめん! いつも邪魔な事ばかりして……俺のせいで……」


 いっそお前のせいで台無しだ、ゴミ、クズ、死ね……それくらい罵倒してくれた方が楽だと思った。だが、真桜から帰ってきた言葉は予想もしない言葉だった。


『違うよ! 悪いのは……私なの! 楓君は邪魔なんかじゃない!』


 いつも大人しい真桜とは別人のように力強い口調でそう言い放つ。


「そ、そんな事ないって。真桜を裏切るような事をしたのは俺なのに……」

『楓君……私の事好き?』

「えっ……? そ、それは……」


 当然の質問に俺は戸惑う。俺は真桜の事は今でも好きだ。けれど好きだからこそ一緒にいるわけにはいかない。そう思っていたのだが。


『私はやっぱり楓君の事が大大大好き。楓君と別れるのなんて絶対に嫌だよ! ……だから麗奈ちゃんとセックスしたことも許す』

「ま、真桜……? 俺は真桜を裏切って……」

『しょうがないよね、彼女である私がずっと一緒にいられなかったんだから。楓君だって年頃の男の子だから我慢できない時もあるだろうし、仕方ないよ。これは一人で東京に行った私の責任だから』

「……そんな事は……」


 真桜はもう俺の声など聞こえていないかのように、一人で話し続ける。


『……会いたい。楓君に会いたいっ……。一人でいるとおかしくなりそうなの。……お願い、助けて楓君っ!』


 電話の向こうの真桜は泣きながら消え入りそうな声で俺に助けを求める。……あんな事をした俺を真桜は許してくれるというのだろうか。いや、今は炎上の件もあって情緒が不安定になっているだけかもしれない。でもどちらにせよ今の真桜を一人にしておくのは不安だった。


「……わかった。すぐ行くから」

『!! うん、家で待ってる。早くきて……』


 俺の写真も一応モザイクを入れてあったとはいえ、掲示板に載せられていたので一応念の為に帽子とマスクをして駅へ向かった。


 ♦︎


「早速炎上してるようだね。西岡真桜さん」


 黒木レンは優雅にコーヒーを飲みながらパソコンでマリンチェリーの掲示板をみていた。


「安田からの情報によりますと、どうやら事務所の方から謝罪文をサイトに公開する予定だそうで。まだ正式発表はしていませんが、会議で決まったそうです」


 隣に立つ眼鏡の男、小宮山は表情ひとつ変えずに淡々と報告をする。


「なるほど早いね。さすが吉井社長。素晴らしい判断だね」

「だいぶ順調に進んでおりますね、黒木さん」

「うん、君のおかげでね。よく撮れてるねーこの写真。水族館でこんな手繋いじゃって。それにこのキーホルダーあげてる所なんて完璧カップルだよ!」


 黒木はその写真のせいで一人の人間が炎上しているにも関わらず、無邪気な笑みを見せる。


「知り合いにそういうのが得意なのがいまして」

「素晴らしい仕事だよ。報酬上乗せしといてあげようかな」

「喜ぶと思います」

「さーて、次はどう動いてくるかな吉井社長は」

「おそらく西岡真桜の解雇、または任意引退かと」


 黒木はうんうんと頷きながらコーヒーを一口飲む。


「フフ、そして最後に真桜さんをうちに引き入れれば……世間もこの移籍は仕方がないものに見えるだろう。吉井社長も真桜さんに入れ込んでいたみたいだから感謝するだろうね……」


 真桜さんには悪い事したと思うが、計画のためだから仕方ない。次に会う時彼女はうちのアイドルになっているだろう。そう思い黒木は自然と笑みが溢れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る