第26話 繋縛

「真桜、着いたよ」

『楓君! ……早く来て』


 数時間後東京に到着した俺は、真桜のマンションに来ていた。辺りはすっかり真っ暗になっていた。エントランスでインターホンを押し、オートロックを解除してもらい部屋へ向かう。


「真桜! 大丈夫……か……っ!?」


 扉を開けると真桜は電気もつけず、真っ暗な中玄関の前で俺を待っていた。そして真桜は何も言わず俺の胸に飛び込んでくる。


「楓君……私もう、ダメかもしれない……」

「……ごめん。俺のせいで」


 俺は優しく真桜を抱きしめる。真桜の体が小さく震えているのを感じた。

 確かにルールを破った真桜が悪く言われるのは仕方ないところはある。それでも真桜も一人の人間だ。いくら芸能人とはいえ、つい最近までは気の弱いただの女の子だったんだ。こんなに不特定多数の人間に攻撃されて大丈夫な訳がない。


「……少しの間、こうしててもいい?」

「……いいよ」


 それから数分程、真桜と俺は部屋の中にも入らず、玄関で抱き合っていた。


「……真桜、そろそろ」

「あっ、ご、ごめんね……こんなところで」

「いいよ全然。それよりご飯食べてないだろうと思って弁当買ってきたから食べよ?」


 俺は部屋に入り、途中のコンビニで買ってきた弁当をテーブルに広げる。


「ありがとう……さっきまで食欲なかったけど、楓君に会ったら出てきたかも」

「そりゃよかった」

「あ、お茶淹れるね。冷蔵庫にあるから」


 真桜は冷蔵庫へお茶をとりに行く。電話した時はかなり落ち込んでて取り乱していたから心配だったが、少し落ち着いてくれたようでひと安心する。もちろんまだ完全に元気になったわけではないが。


 ♢


「……ごちそうさまでした。ありがとう楓君、ご飯まで買ってきてもらって」

「気にするなって」


 今のところ、真桜はまだ炎上した事についての話はしていない。俺は真桜が台所でコップを洗いに行ったのを見てこっそりとマリチェリの掲示板を見てみる。やはり相当荒れているようで、心無い書き込みが沢山書かれていた。

 いくら真桜がルールを破っていたからって何もここまで言わなくてもいいだろ。アイドルだって年頃の女の子なんだから恋人くらい作りたいもんだろと思えるのは俺が真桜の彼氏だからだろうか。


 書き込みの中には恋愛の禁止というルールを破った事に対する意見もあるが、どちらかと言えば清純で天然キャラだった真桜が男と遊んでいたという事に絶望したファンが多いようだった。……こんな下心しか無いような奴ら無視しろよと言いたい所だが、そういった人たちに夢を売る商売な以上、会社としては無視できないのだろう。


「…………楓君」

「真桜っ、どうした?」


 つい掲示板に夢中になっていると、背後から真桜がゆっくりと抱きついてくる。


「ふふ、楓君の背中、あったかいね」

「そ、そうか?」

「うん。……私、楓君とずっと一緒にいたい」

「……真桜」

「アイドルも辞めたくない……でも、楓君と一緒にいれないのなら……辞めてもいい……かも……しれない」

「!!」


 真桜とずっと一緒にいる……か。

 このままマリチェリに残るのか、この前言ってた黒木レンの事務所に移籍するのか、それともまた違う所に行くのか。その辺の事はまだわからないが、もし真桜がアイドルを続けるのなら俺が東京に住むしかない。

 逆に真桜がアイドルを辞める場合、地元に帰ってきてくれれば、俺は大学に通いながらでも真桜と一緒にいられる。


 真桜がアイドルを辞めて地元に戻ってきてくれた方が一緒にはいやすいだろう。

 ……けれど、現状真桜がこうなっているのは俺が原因だ。そのせいで真桜がアイドルを辞める事になるなんてダメに決まっている。真桜は今の地位になるまでに相当の努力をしてきたはずだ。そしてその努力があったとしても芸能界に残れるのは一握りの人間だけ……。その一握りになれそうな真桜にもう辞めろなんて言えるわけがない。


「……もしまだ真桜がアイドルとしてやれる道があるのなら、俺はアイドルとしての真桜を応援したい」

「楓君……! 私アイドル続けたい! 楓君とも離れたくない!」

「うん。ずっと真桜と一緒にいるよ。こんな俺でいいのなら」

「!!」


 俺は首に回された真桜の腕をやさしく剥がして、真桜と向かい合う。そして少し強く真桜を抱きしめる。それに応えるように真桜も俺の背中に手を回した。


「楓君……大好き」

「真桜……」


 俺たちは数秒見つめ合う。そしてゆっくりと唇を重ねた。最初は軽く触れるだけだったが、次第にそれは激しくお互いを求め合った。


「はぁっ……はぁ……、これからは私だけを見て? 麗奈ちゃんじゃなくて、私を……!」

「……うん」


 その日俺は真桜と半年ぶりに体を重ねた。

 久しぶりに見た真桜の体は小さくてか弱くて、少し力を入れると壊れてしまいそうなほど繊細で儚げで愛おしかった。


「真桜、大丈夫?」

「……久しぶりだったからちょっと……でも全然大丈夫。それより楓君と繋がれて……幸せだよ」


 真桜は布団で顔を隠しながら恥ずかしそうにする。そんな仕草が素直に可愛いと思う。


 でもこれからの事をまだ決めきれずにいた。

 本当に大学を辞めていいのだろうか……。真桜といるなら覚悟を決めないといけないというのに。

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