第23話 回游

 翌日、俺は真桜と水族館に来ていた。


「この水族館、最近できて気になってたんだー! 芸術的な美しさが売りなんだって! メンバーの唯ちゃんが言ってたの!」

「へー、なるほど芸術ね……」


 真桜は入ってすぐの水草が綺麗にレイアウトされ、色とりどりの熱帯魚たちが泳ぐ水槽の前ではしゃいでいる。


「楓君、みてみて! 凄い綺麗な水槽!」

「本当綺麗だな」


 どの水槽もレイアウトが美しく、まるで熱帯雨林の中に入り込んだかのような気持ちになれる。特にピラルクのいる水槽は圧巻だった。巨大な水槽に、大きなピラルクが何匹もいて他にも大型のナマズや淡水エイなんかもいて、まさにアマゾン川だ。

 ……行ったことはないが。


 他にもカメレオンやゾウガメなんかの爬虫類や、テッポウウオやデンキウナギのような変わった特性を持ったものなんかもいて十分に楽しめた。


「あ! カワウソだ! かーわいいーー!」


 そんな中でも真桜はカワウソがお気に入りだったようで、ガラス越しに手を合わせたりして楽しんでいた。


 ♢


「わぁ〜これ可愛いっ!」


 ある程度見回ったのでお土産コーナーに来ていた。真桜はカワウソのキーホルダーをみて目を輝かせていた。


「どうした? いいのあったのか?」

「うん。これめっちゃ可愛いよね?」


 それはカワウソがぼぉっとした顔で魚を咥えているキーホルダーだった。正直可愛いかどうかは微妙だが、真桜が気に入ったのならいいだろう。


「よし、じゃあそれプレゼントするよ」

「えっ、いいの!?」


 俺は真桜が見ていたカワウソのキーホルダーを手に取り、レジに向かう。そして会計を済ませてそれを真桜に渡した。


「ありがとう! ……大事にするね」

「……いいよこれくらい」

「あー可愛い……。仕事用のカバンにつけよーっと!」


 帰り道、真桜は嬉しそうに何度もそのキーホルダーを手に持って眺める。そんな真桜の姿を眺めながら俺は考えていた。東京に住めばもっとこうして真桜と遊びに行きやすくなるだろう。家も一緒に住むだろうし、仕事場でも一緒。想像すると悪くない生活だ。


 ……でも、このままでは心の中がモヤモヤしてスッキリしない。麗奈と関係を持ってしまった事を黙って真桜といる事は心が痛んで辛かった。その事があって俺はずっと東京に行くかどうかを決めきれずにいる。

 やっぱり言うしかない。都合が良すぎるのは分かっている。それでも真桜が許してくれるというのなら俺は真桜と一緒に……。


 そんな事を考えていると、もう真桜のマンションの前にまで来てきた。俺はいよいよ決心して口を開く。


「真桜っ……その、聞いてほしい事があるんだ」

「ふぇ? どうしたの? 」


 真桜は不思議そうな顔をしてこちらを振り向く。


「いつか話さないとって思ってて……。その、俺……麗奈と寝たんだ」

「えっ…………」


真桜は驚いたと言うよりも事態が飲み込めないといった感じでフリーズする。


「……ごめん。俺は真桜を裏切って……」

「う、嘘……だよね?」

「嘘じゃない。……本当だよ」

「っ…………!」


 真桜は信じられないといった表情で言葉を失う。そして真桜の目が少し潤んでいるのが見えた。そんな真桜を見るのが耐えられず下を向く。今はとても目を合わせられない。


「そ、それって……か、楓君は……もう私の事好きじゃなくなったって事?」

「……そ、そんな事はない! ……今でもずっと真桜の事が好きだ。それだけは変わらない……」

「じゃあどうして!? どうして麗奈ちゃんと……!!」


 真桜の足元にポツポツと雫が落ち、アスファルトの上にシミを作る。


「……いつ?」

「え?」

「いつ麗奈ちゃんと……その……セ、セックスしたの?」

「……この前退院した日の晩に」

「っ!!…………」


 今更嘘をついても仕方ないと思い俺は正直に話す。


「……そうだったんだ……」


 真桜は小さくそう呟くと俺に背を向け、マンションに向かって歩き始める。


「真桜……」

「来ないで! ……ごめんね楓君。今日は……一緒に居たくないの」


 真桜はそう言うと駆け足でマンションへと帰っていった。当然の事だ。いやむしろ真桜は優しい方だ。悪いのは俺なのにごめんだなんて。


 ♢


 もう真桜とは終わりだろう。黒木レンが言っていた東京で真桜と一緒に働くって話も、こんな事になってはもう無くなるだろう。

 ……でもこれでいいんだ。真桜に隠したまま一緒にいるよりはこれで。

 本当は明日の朝帰る予定だったけど、もう今日帰ろう。そう思い俺は駅に向かってゆっくりと歩き始めたのだった。

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