第2話 ヒトリ
『楓君、お元気ですか?
私は元気だけど楓君と話せる時間が少なくて寂しいです。
ごめんなさい、わがままな事言って。
そうそう! 今度ついにドラマに出ることが決まりました。……1話だけのゲスト出演だけど(笑) お芝居は初めてだけど頑張って練』
「真桜ちゃ〜ん、お疲れ!」
「!! あっ、
急に肩をポンと叩かれ、楓君へのメッセージの途中だったスマホを急いで隠し、振り返る。
そこにいたのは落合という男だった。彼はこの業界では有名なディレクターで、今回私をおはようテレビに使ってくれたのもこの人のおかげだった。
「何? そんな急いで隠して。何か変なものでも調べてたのかい?」
「い、いえ……、今朝のおはようジャンケンの事どんなこと言われてるかな〜って調べてて……あはは」
「へぇー、真桜ちゃんもエゴサとかするんだ。なんか意外だね〜」
落合さんは無駄に大きなメガネを別にズレてもいないのにくいっと上げる仕草をする。
「た、たまにですよ。生放送だから気になっちゃって」
「まぁ生は緊張しちゃうよね。ナマは。あ、テレビの話ね、セクハラじゃないよ」
「あ、あははは……」
落合さんは典型的なセクハラ親父ディレクターで、さっきのような軽いセクハラ発言だけでなく、番組に出るために一緒に寝た人もいるなんて噂も多々ある。
コンプライアンスや性被害に厳しい時代でも、そういったことが許されている人間がこの業界にはまだまだ沢山いるのだということを何度も思い知らされた。
「いやー真桜ちゃんは愛想が良くていい子だよ。前にマリチェリ※(マリン・チェリーの略称)に居たえーっと、なんだっかな名前……。そうだ、
「……はい。私と入れ替わりで」
「せっかくマリチェリが売れそうな時だったのに勿体無いよねー。まぁ、真桜ちゃんが来てから売れたから結果的には辞めてよかったのかもね」
「……」
「やだなぁー冗談だよ。じゃ、僕は忙しいからこの辺で。またね真桜ちゃん」
「は、はい! お疲れ様でした!」
落合さんはわざとらしく高そうな腕時計を見せるように時間を確認し、どこかへ歩いて行った。
私は彼がいなくなるのを確認してお辞儀した頭を上げた。
やはりあの人の事は苦手だ。そして今のは私への脅しのようにとれた。澤村さんはあの人に逆らって消えた。そしてその気になればマリチェリを潰すことも出来るのだと。だから私はあの人に従うしかない。という事なのだろう。
……楓君、私どうしたらいいのかな?
私は途中だった彼へのメッセージを思い出す。
……こんな弱音吐いてちゃいけないや。楓君も大学で勉強頑張ってるんだし! そう思い私は書きかけのメッセージを消去した。
「よーし! 仕事、頑張るぞー!」
私は自分の顔を軽くぱちぱちと叩き、気合を入れ直した。楓君と会えなくても私は頑張れる。強くなるんだ。そう言い聞かせて、私は次の仕事場へ向かった。
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