第24話 キラキラのジュワジュワ

「お疲れ様でした」

 何がお疲れ様なのかは内緒だが、先に頼んだコーラと、ジンジャーエールで乾杯する。アキラくんとご飯を食べるのは久しぶりだ。俺にとってはそれだけで頑張ったご褒美という感じがした。

 高卒認定試験が一応終わり、繁忙期のお盆も終わって、やっと一息である。メニューを一緒に覗き込む。 

 焼肉を食べる時、多くの人が「とりあえずタン塩!」と言うのは一体何故だろう。前に一緒に行ったエナいわく、「焼肉ってタン塩食べに行くようなもんじゃん!」との事。そういうものらしいからとりあえず頼む。

 チョレギサラダは俺の好物で、サラダ自体特別好きと言う訳では無いが、初めて焼肉屋でチョレギサラダを食べた時は、「サラダってこんなに美味しいの!?」と驚愕したものである。ごま油と塩の効いた濃い味のドレッシングが好きだ。

 あとカルビとロースは何となく頼みたい。でもハラミが一番好き。ハラミだけでも良いけど食べ比べをしたいのである。

「とりあえず適当に頼んで、あとは焼きながら考えようか」

「俺海老とホタテも食べたいです」

「海鮮も良いね~とりあえず一度頼んじゃおう」

 呼び鈴を押すと、程なく店員さんが御簾を上げてくれる。アキラくんはテキパキとメニューを読み始めた。

「タン塩、カルビ、ロース、ハラミ、全部四人前で。あと海老とホタテ二人前と……」

「……!?」

 最初から結構多いね!?

 内心「え? 他にも色々メニューあるけど食べ切れる?」と突っ込みそうになりつつ、キラキラした目でメニューを見ているアキラくんは、ちょっと大きくなっても十二分に可愛い。むしろ体積の分ハッピーなオーラが増した気すらする。

「チョレギサラダと、あとライス大盛り……あ! カナタさんライス貰います?」

「いや俺は良いかな」

「じゃあ以上で」

 そうだ、この「これだ感!」である。

 アキラくんのお食事風景。

 割り箸を割る所作までが輝いている。

 間もなく次々と皿が運ばれてきた。四人前なので一枚一枚の皿が結構大きく、あっという間にテーブルが埋まる。

 美しく切りつけられ、タレで化粧をした肉の数々。中々そそる光景だ。アキラくんも待ちきれないとばかりに目を輝かせる。

 パン、と俺たちは手を合わせた。

「いただきます!」

 

 アキラくんは細身のトングでタン塩を素早く網に並べていく。パチパチパチと油の跳ねる音が耳に楽しい。俺はチョレギサラダを取り分けて渡しながら、カルビを二枚ずつ、ロースを二枚ずつ並べてみた。

 そうするともう網はいっぱいであるが、タン塩は火の通りが早いので素早くひっくり返す。ジュワッと油の落ちる音がして、あっという間に食べ頃だ。

「タン塩はレモンダレですね」

「美味しそう」

 焼く時はトングで、取る時は割り箸で。食中毒対策の基本である。

 香りの良いレモンダレをくぐらせて、二人同時にぱくっと一口で食べた。

「あちち、美味い! 柔らかい」

「柔らかいし臭みがなくて美味しい。薄いから食べやすいや、厚切りのも良いけど、薄いと軽く食べられて良いよね」

 さっぱりしたタンにレモンの酸味が心地好い。一口食べたら急にお腹が空いた気がする。

 俺はカルビとロースをひっくり返した。油がガス火に当たって、一瞬小さな炎が上がる。食欲が沸く光景だ。

「俺、焼肉は結構レアなのが好きです」

「牛肉だったら中赤くても大丈夫だもんね。豚は気をつけないと……あ、豚トロ食べたい」

「後で注文しましょ?」

 そう言いながら、アキラくんは表面だけを焼いたカルビをタレにくぐらせ、一口に頬張る。幸せそうな顔をして、すかさず白いご飯。

「カルビも脂のってて美味いです」

「俺も……」

 やはりレアなカルビを取り、タレにくぐらせ口に入れると、柔らかな肉からジュワッと甘い油が溢れて、それが最高に良い。

「美味しい」

 アキラくんは肉が焼けすぎないように火の弱い所に避けながら、タン塩を取り箸で皿に入れてくれる。

「焼きすぎると固くなっちゃうから」

「ありがとう、でも俺食べるの遅いからアキラくん自分のペースでどんどん食べて。時間制限もあるし」

 ランチの食べ放題は二時間制。俺だったら三十分で腹いっぱいだが、アキラくんはどれだけ食べてくれるのだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 アキラくんが丁度ミディアムくらいに焼けたロースを取って、俺もそれに習って焼いていたロースを食べる。カルビの脂の乗った美味しさも良いけど、ロースの赤身も旨みが凝縮されていて良い。

 そこからは鮮やかだった。

「適当に焼いてくんで、カナタさん好きなのどんどん食べてくださいね」

 ハラミにホタテに海老に、ばばっと手際よく網に並べて、空いた皿を入口に寄せつつ注文も呼ぶ。

「豚トロと、シマチョウと上ミノ味噌で二人前ずつ、あとジンジャーエール」

「あっあとサンチュと野菜の盛り合わせください!」

 

 考えてみればお互い大して共通の話題がある訳でも無くて、歳も離れていて、相手は未来ある学生で、自分は疲れたサラリーマンで。

 だけど一緒に居るだけでとても楽しくて幸せなのは、結構奇跡的な事なのかもしれない。

 俺なんかと一緒に居てくれて、本当にありがたいのだ。君の幸せが俺の幸せで、とてつもない贅沢なのだ。

 本当に、これからもずっと、こんな関係で居てくれるんだろうか。

 そうだったら良いなあ。


 その後も何度も注文し、俺は予想通り三十分でおなかいっぱいになり、後は世間話をしつつ、アキラくんが気持ちが良いほどに良く食べるのをうっとりと見ていた。

 その後もハラミを追加してみたり壷漬けを注文してみたりネギダレに替えてまた一通り注文したりライスをおかわりしてみたり。ちなみに途中で俺が注文したビビンバも半分こした。 

 中々に底無しである。高校生恐るべし。正に成長期に相応しい。

「今日食べたお肉もぜんぶ身長と筋肉になっちゃいそう」

「うち父親がでかいんで、まだ伸びるかもですね。筋肉も付いてた方が良いですか?」

「うん。格好いいと思うよ」

 ちょっとアキラくんの顔が赤くなる。照れてしまったのだろうか。

 お腹も膨れてゆっくりしていた頃、「ラストオーダーです」と店員さんが来た。

「うーん……きなこバニラアイスください」

「俺も同じので」

 アイスは別腹である。

 時間はかからないだろうが、店も混んでいるし直後には来ないだろう。

 俺は手洗いに立つと同時に財布をポケットに入れて、カードで会計を済ませて席に戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る