第16話 ラテックス、或いは知育玩具
愛はよく分からないけど、恋はもっと良く分からない。
たとえばドラマや漫画みたいに、どうしようもなく相手に会いたくなるって感覚もないし、今まで付き合った子だって、一日のうちちょっとの時間メッセージをやり取りして、学校が一緒だったら一緒に帰ったりして、週に一回くらい遊んで、たまに気が乗るとセックスして、その繰り返し。
で、どっちかが飽きると別れる。
付き合うってたぶんそういうもんで、それでもずっと楽しくて飽きない相手だったら結婚なんかをして、そうして子供を作って。きっと将来はそんな感じ。
多分俺は恋愛に対して結構淡白なのだ。
それでも性欲はあるから厄介な話である。αは子供を残す事に特化した性で、俺も将来子供は欲しい。彼女や奥さんより子供の方がずっと欲しいかも知れない。これは本能で、どことなく執着心に似ている。
だから、誰かずっと一緒にいても大丈夫な子が居たら結婚はしたい。
まあでもずっと先の話だ。今はとりあえず、そこそこ楽しく、セックス込で付き合える相手だったらそれで良い。
きつい香水の香りに眉を顰める。やたら甘くてねっとりした香りは些かつけ過ぎじゃ無いだろうか。匂いは慣れてしまうから、自分じゃ分からないのかも知れない。
女のコのこういう匂いは結構苦手だ、αの中じゃ鼻が利く方じゃなくても、βよりは鼻が良い。歴史を辿ると、昔は狼憑きとか犬神憑きとか言われていたのがαである。特徴は狼に似ている。
「アキラくんは大学行くの? どこ行くの?」
「まだちゃんと決めてないから」
ボーリングに来たのは女のコが四人、こっちはカケルと俺の二人。バランスがおかしいが、カケルは全員と仲を深めようとしている様で、調子よく女のコ達を褒めている。まあ、彼女が欲しいと言った俺も、考えている事はあんまり変わらないだろう。
流れてきた玉に指を入れ持ち上げ、レーンの先を真っ直ぐ見つめ、少し助走をつけて、振り抜く瞬間に力を込める。
ドン、と重い音を立てて着地した玉は、ゴーっと独特の音でやや浅いカーブを描きながらレーンを滑っていく。ピン同士がぶつかる激しい音が響くも、左端に二本残った。
「惜しい!」
「スペアスペア!」
二投目は微かに一本掠めて倒したが、スペアにもならなかった。
「ッシャア! ストライク!」
「カケちゃんすごいー!」
「うまーい!」
カケルはストライクを連発しているが、俺はと言うとあんまり調子が出なくて、たまにストライクも出しつつピンも結構残しつつ、傍に来た女のコとなんとなく適当に話していた。
カラオケで一度会ったことがあるΩの子、舞だ。連絡先は交換したものの、結局その後は何も無かった。その時一緒だった俺のクラスメイトと付き合っていたらしい。
「やっぱり私βの子って合わないんだよね〜、良くも悪くもなんだけど、Ωの事よく知らないって言うかさぁ、話してて疲れちゃうの」
「まあ、俺らは俺らで面倒だよね。
「えっちが上手いとか発情期の時にしたいとかさ〜皆勝手だよね」
なんとなく話が合ってしまう。舞は結構大っぴらに何でも話すタイプらしく、赤裸々な話もマイペースに喋っている。
「……やっぱり大変? 発情期」
故に、カナタさんには聞けない事も聞けてしまう。舞は俺を見上げると、グロスで光る唇をニンマリとして、ヒソヒソと喋る。
大きい胸がぽよんと腕に当たるが、わざと当てているのだろう。積極的だ。
「すっっっごく大変……でもアキラくんだったら落ち着いてるし、安心な気がする……ゴムしてくれるよね?」
直球だなあ。幼さの残る顔は完全にハンターのそれで、俺は別に狩られても良いと思っている餌なわけである。
「今日もねぇ、……ヒートだから抑制剤で抑えてるんだ。夜の九時くらいには切れるよ」
カナタさんはあの日、あの場所で、あのドアの向こうで、どんな顔をしていたんだろう。
「……いいよ、わかった」
俺はそれが見たかったのかも知れないし、俺はそれを見たくないからこの子を代わりにするのかも知れない。
「……一回解散してさ、その後また合流しようよ……」
蠱惑的な微笑み。お互い遊びと割り切れる、ラテックスのように柔らかで便利な関係。
大丈夫だ、この子はこれから先会わなくても良いし、大丈夫。
だってカナタさんじゃないから。
続
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