第8話 アライグマの喜び

「アキラぁお前週末誕生日だろ?カラオケかどっかで誕生会しようぜ、女のコも来たいって」

「女のコって誰?」

 クラスメイトは派手なカバーが着いたiPhoneを開いて、SNSのアカウントを見せてきた。何やら凝ったシチュエーションの自撮りが並ぶ、エモーショナルな画面。今流行りの顔の可愛い女の子だが、随分フィルターが掛かっていそうだ。

 別にいいんだけどさ、自分を良く見せようってのは悪いことじゃ無い。

「俺の誕生日にかこつけてこのコ呼びたいだけだろ、てめぇだけで誘えよ」

「だってアキラが来るなら来てくれるって言うんだもん」

 いかにも面倒そうにため息をついても、クラスメイトは引き下がりそうにない。嫌だなあと思うのは、あの手の自撮りに凝る女の子にとって、自分みたいなタイプは体の良い小道具になりがちな事である。今までも何人か居たのだ。

『今日だけだから一緒に写真撮って?顔は写さないから』

 で、渋々撮ると、なんとも匂わせぶりな写真がリールに上がり、ハートがいっぱいついて、コメントは「すきぴ?」「彼氏出来たん?」「カレシさんかっこよ」みたいな薄ら寒い文章が書き込まれ、彼女の自己顕示欲は無事満たされるのだ。

『え〜ただのトモダチだょ』

 何が「え〜」だ。友達でも何でもねぇわあんな女。

 嫌な事を思い出してついイライラしてしまう。

「ねえ良いじゃん、来るのもこのコだけじゃないからさあ」

 男子校だったら男女間のイザコザから逃れられるかと思いきや、全然そんな事は無い。内心ため息を吐く。

 今まで生きてきて、外面のステータスでどれだけの女のコが集まって来たか分からない。「ハーフ顔のαの男の子が居るから見に行こう」、そんな所なのだいつも。

 なんとなく、すくっと立ち上がったアライグマだかレッサーパンダだかが流行ったのを思い出した。あれと一緒。外見が面白いし可愛いから見に行こう、程度のもの。 

「……良いけど、俺ちょっと顔出したら直ぐ帰る」

「おいおい主役だろ?」

「後さ、昼にして。夜ダルい……」

「お前さぁ……まあいいや。んじゃ、土曜日空けとけよ」

 はいはい、と適当にあしらって、クラスの壁に貼ってあるカレンダーを見る。

 先週の木曜日は楽しかった。

 俺は多分クラスでは程々の立ち位置を築いていて、ああやって遊びに誘われる事は結構ある。後は夜になると、ちょっと柄の悪いオトモダチからお誘いが来て、場合によっては暴力沙汰の片棒を担いだりする。

 何処から何処までが友達だろう。

 毎日顔を合わせて、適当に世間話をして笑って、月イチくらいで週末出かけるクラスメイトが何人か。

 同じ部屋で毎日過ごして、悪いオトモダチとも縁の深いルームメイト。

 悪いオトモダチと悪いセンパイ。

 週末遊ぶとなるとどこからともなくやってくる、同世代の女のコ達。その中で、流れでホテルに行ったコ。が、数人。

 俺とヤッちゃったって仲間内で話したりすんのかな。それは流石に気まずいわ。 

 あと、先週一回だけご飯を食べに連れて行ってくれた、職場の全然違うお店の、Ωの男の人。

 穏やかな口調、優しい黒い瞳、何よりあの人は、俺をαのステータスで選んで会いに来た訳では無い。

『優しくて良い子だね』

 昼休み、男ばっかりで騒がしいクラスのざわめき。

 何が楽しいのか、けたたましく笑いながらじゃれ合う、あれはサッカー部の奴らだなあ。

 教室の隅の方で、カードゲームに興じる 決闘者デュエリスト達の、横文字ばっかりの掛け声。

 俺はそんな中一人机に突っ伏して、寝たフリをしていたら本当に眠くなってきた。

 ああ、あの人に会いたいなあ。


 疲れた。

 俺は仕事から帰るなり、スーツの上着を脱ぎ捨てて、敷きっぱなしの布団に倒れ込んだ。

 殺風景なワンルームは、空っぽの自分に相応しい。早番と言えど終わったのは夜七時、朝の七時から出ているので、11時間労働か、まあまあ働いてる方だろう。もっとも、繁忙期はこんな物では済まないのだが。

 スマホの画面を開いて、少し迷って、画像フォルダを開く。

「……かわいい」

 小さな女の子が、薔薇色のランドセルを背負っている写真だ。

  産まれた時はあんなに小さかったのに、見ないうちにどんどん大きくなって、とうとうランドセルまで背負うようになってしまった。

 多分俺によく似てる。そう思えるだけで幸せだ。

「……寂しい」

 口にすると、胸の奥から孤独が溢れてしまうような錯覚に陥る。 

 知らない男に乱暴されて出来た子だ。何とか産んだが、育てるには自分自身が幼すぎて、里子に出さざるを得なかった。

 写真は里親さんのご慈悲。良いお家に貰って貰えたと思う。当時十六歳の俺の子だったら、さぞ苦労を強いる事になっただろう。

 でも。

「会いたい、ヒカル…………」

 悲しい。寂しい。辛い。でも、俺が選んだ結果だ。

 暗い部屋で一人グズグズと落ち込むのは、ヒートが近いからかも知れない。

 その時、スマホの通知がポコンと間抜けな音を立てた。

 メッセージアプリだ。

 登録名は「暁」……あきら。アイコンは壁に描かれた、カラフルでちょっと毒々しいアートの様なもの。

 一瞬誰かわからなかった。そうか、志津くんだ。先日お礼に行った時、連絡先を交換したのだ。

『こんばんは。今何してるんですか?』

 思わず首を傾げる。どういう意図だろうか。

 何となく、志津暁くんのホーム画面を見てみる。

“10月26日は暁さんのお誕生日です!”

 自動で出るメッセージは、週末あたりが彼の誕生日であると知らせてくれている。

 さて何て返すべきだろうか。まさか今泣いていましたとは言うまい。

「『今、家に帰ってきたとこ』ですよ、と」

 送信。

 直ぐに既読がついて、間を置かず、返信が表示される。

『お仕事お疲れ様です』

「ふふっ」

 ちょっと意図が良く分からないが、なんだか妙に礼儀正しくて笑ってしまう。さてどうしたものか。

 何か用ですか?なんて言ったら「特に用は無いですすみません」と言って切られそうなものだ。出来ればもう少しお話をしたい。

『ありがと、今日バイト?』

『休みです』

『週末お誕生日なんだ?』

『そうです。17歳になります。』

 可愛いものだなあ。

 17歳か、俺はその頃まだフリーターで、今の会社でバイトをしていた。18の時に同い年の子達と一緒に正社員になったのだ。

 良いなあ、きっとこれから沢山勉強をして、色んな道を選べて、苦労しながらも自由に生きていくのかな。

 自由。未来。希望。

「やだな……ちょっと俺、卑屈だ」

 変な考えを振り切るように、ちょっと思い切ってメッセージを打ってみる。

『お誕生日祝いに、またご飯一緒に行きませんか?』

 どうかなあ、流石に誕生日当日は友達か彼女かと過ごすだろう。次の週辺りだろうか。そもそも嫌がられたらどうしよう。

 そんな心配を他所に、直ぐに返信が表示された。

『是非。26日の夜とかどうですか?』

 26日。誕生日まさにその日だ。

「当日で良いのかな?」

 まあ、本人がそれでいいと言うなら、良いのだろう。

『26日ね。じゃあお店は俺に任せて』

 そう送って、よっしゃと気合いを入れる。あの辺で良い店をリサーチしなくては。

 それはもう男子高校生の胃を満たせる、ちょっと良いお店が良いだろう。

 幸い心当たりがある。昔エナ達と行った店があのあたりだ。

 やはり、食べ放題の店は強いだろう。


「よっしゃ……!」

 誕生日、なんと八代さんと約束を取り付ける事に成功した。

 なけなしの勇気を振り絞ってご機嫌を伺うべくメッセージを送ってみたら、たまたま俺の誕生日に気がついてくれたらしい。

 誕生日だから誘ってくれと言うつもりでは無かったのだが、棚からぼたもちというか、連絡はマメにしてみるものだ。

「何?オンナ?」

 ベッドでゴロゴロとしていたカケルが、スマホを弄りながら聞いてくる。顔に出ていたらしい。

「いや、バイト先の人」

「いや超にやけてんじゃん、くそキモイわ」

「うるせえ」

 昼はクラスメイトとその知り合いの女のコとカラオケだかに行き、その足で八代さんとご飯だ。引き止められると面倒だし早めに抜けよう。

 カケルはなんだか釈然としない表情で俺を見ている。

「なんだよ」

「いや、……アキラがそんな嬉しそうにしてんの、あんま見ないから」

「そんな事ねーべ」

「それ、彼女かセフレじゃねえの?」

 ええ……?

 なんとも言えない顔で振り向くと、カケルもベッドに転がったまま、困惑した表情で俺を見ている。

「……や、男の人だから。フツーに」

「男? え? まさかΩじゃないよな? 」

 なんでこいつ今日こんなに突っかかって来るんだろう。カケルはからかうでも無く、妙に真面目に俺の方を見ている。なんだこいつ。

「……Ωだけど、別に何もしてないし、お前には関係ないし」

「はあ? Ωなのにヤってないの? 」

「だからオトコノヒトなんだってば」

 カケルは起き上がってベッドに腰掛け、色褪せた金髪をかきあげる。

「俺にも紹介してよ」

「はあ?」

 なんで、と問わなくても答えは分かる。カケルはセックスに目が無い。彼女を作ると面倒だからと言って、セフレを何人も作っては楽しく遊んでいるヤリチンのクズみたいな男だ。性病をうつされて泣いていたのも一度や二度では無い。

「俺もΩのオニーサンによちよちしてもらいたい」

「クソが、そんなんじゃねえの!ただの友達!」

 自分で言ってから、ほんの少し戸惑った。そうか、ちょっと歳の離れた友達なんだ。八代さんは。

 カケルはちょっと驚いた顔をしたが、一瞬目を伏せ、ゴソゴソとまた布団に戻った。

「そう、……友達なの、その人……」

「もう寝るから」

 うんともううんともつかない返事を待たず、俺は部屋の電気を消して、スマホの画面をまた確認した。

 26日にまた会える。

「アキラ」 

「何」

「……もうダンスの練習来ないん?」

「行かない」 


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