第9話 震える指の先に
俺は早々にビッグマックを平らげて、ペーパーで指を拭きながらカケルに問いかけた。
「……一緒に話に行きたい?それとも別々に行く?」
カケルは珍しく、じっと黙って考えている。俺はコーラをストローで飲み、弾ける炭酸を喉奥に感じながら答えを待った。
マックのコーラは、他と成分が違って美味いって噂があるけど本当だろうか。カナタさんがドリンクバーで、泡を溢れさせながらコーラを注いでいたのを思い出す。
やっばり今度マックにも誘おうかな。
場違いな妄想が捗る。
ああ、俺も現実逃避から戻らないと。
「……一緒に行きたいけど、……別々のが良いと思う」
「……なんでそう思う?」
「俺とアキラとじゃ、……リョージさんとの関係が全然違う。一緒に行くとあんまり良くない気がする……」
実は俺もそう思っていた。カケルにも分別はあるらしい。友達二人で連れ立って行って、「俺たち抜けます」は不義理と取られかねない。
「そうだな、やっぱり別々だろうな……どっちかが話す時は、どっちかがちょっと離れたとこに居よう」
攫われる、とは思いたくないが、安全の為だ。
態度次第でそうなりかねない相手である。ヤクザの顔を潰したら、最悪埋められる。
そして、逃げるなんてのは以ての外だ。ヤクザからは逃げられない。下手な手を打てば地の果てまでも追いかけて来る。
「なんて言おう?」
「……ちょっと待って、知ってる大人の人に相談したい。正直俺も不安……」
俺はスマホを取り出して、カナタさんとの履歴を探す。
冷や汗が背中を滑った。
ちょっと迷って、通話ボタンを押してみる。
耳に当てたスマホから、呼出音が鳴っている。五回、六回……
『もしもし?』
声を聞いただけで少し安心するから不思議だった。同時に、酷く緊張していた事にも気がつく。俺は努めて普通に言った。
「あの、こんにちは、今お仕事中ですか?」
『そうだよ?どうしたの?』
「あの、今ちょっとお話できますか……?」
カケルが不安そうに俺を見る。正直仕事中に電話したのは申し訳ない。でも、そうも言って居られない。
『中に居るからちょっとなら平気だよ』
「ごめんなさい、……なんていうか、悪い先輩と縁を切りたくて、でもどういう風に言ったら良いか悩んでて……」
我ながら仕事中の相手に何を聞いてるんだと思うが、聞かずには居られない。
もしかしたら、俺はこの人に少し依存しているのだろうか。でも、カケルとの仲を上手く修正出来たのもカナタさんのお陰だ。
何か、いいアドバイスを貰えるかも知れない。
『うーん……状況がわかんないけど、その悪い先輩にはお世話になったの?』
「……なりました」
身内の喧嘩の仲裁に入ってもらったり、喧嘩の相手が「ヤクザを連れてくる」なんてイキリ散らかしてるのをどうにかしてもらったり、なんだかんだ世話にはなっているのだ。
俺は「世話になっている」という感じだが、カケルは更に可愛がられてもいる。
不義理に縁を断ち切るとなると、やはり難しい。
『じゃあ無下には出来ないね。ちゃんと誠実にお話するしか無いよ。ただし人目が有る所で。昼間のファミレスとか、とにかく明るい所。暗い所は怖いから』
「……暗いのが怖いんですか?」
カナタさんが一瞬黙った。
『……兎に角、人目につく所。何かあったら直ぐ通報して貰えるし。で、誠実に話す事』
「誠実にですか?悪い先輩でも?」
『人を騙すのって凄く難しいんだよ。喋らないか、誠実に話すか、どっちかだと思う。……心配なら俺も付き合おうか?』
カナタさんをリョージさんとの話に付き合わせる?
「……それはダメです! 絶対に!」
大きい声では無かったが、カケルの身体がビクッと跳ねた。
『……そう、大丈夫?』
「友達も一緒だから」
『そっか……何か困った事があったら言ってね?』
「ありがとうございます。……お仕事お疲れ様です。もう切りますね」
『うん、またね』
俺は通話を切って、スマホを狭いテーブルに放る。
溜息を吐いて、通話の切られた画面を見詰めた。心配をかけてしまった。電話したのはやはり浅はかだったかも知れない。
「今の……あの、Ωのお兄さん?」
「……」
答えない俺に、カケルは俯いて、小さく「ごめん」とだけ言った。
十二月の街はキラキラしている。
俺はそんな中、ロイヤルホストでサーロインステーキにナイフを入れた。ギリ、と肉の筋に刃が引っかかる。端から丁寧に切って、一口、口に入れる。
柔らかい、アメリカ産の肉は、和牛とはまた違って、噛み締める歯ごたえが心地いい。
口の中は美味しいのだが、目の前の人の視線が気になって、正直それ所では無かった。
昼下がり、少し空き始めたファミレスで、リョージさんもギコギコと肉を切っている。
「俺の奢りだからさあ、何でも食えよ」
「いえ……自分の分は払わせてください」
じろり、と目線が刺さった。
ガツッとフォークに歯が当たる音がする。リョージさんはステーキを噛み砕きながら、値踏みする様に俺を見た。
「俺に話って何?」
そっとフォークとナイフを置いて、リョージさんに目線を合わせる。後で食べるから許してくれと、心の中で熱々のステーキに謝った。
色々言い訳は考えたのだ。
大学を受験するとか、先生に怒られたとか、それらしい嘘をつくのは簡単だ。でも、奏多さんに言われた事が、それを口に出すのを許さない。
『人を騙すのって凄く難しいんだよ。喋らないか、誠実に話すか、どっちかだと思う。……』
「……俺は、ヤクザにはなれません。それをお話しなくてはと思って、今日お時間をいただきました……」
目の前で、ステーキがギコギコと切り落とされている。自分もそんな風に、何処か切り落とされる瞬間が来るかもしれない。冷や汗が流れた。
でも、今何とか話さなくては。闇の住人とならず、太陽の下で生きるために。
「……なるほどねぇ……誰かに入れ知恵されたか?」
「されていません。ずっと言わなきゃ行けないと思っていましたが、中々切り出せずに居ました……」
俺はぐっと頭を下げる。
「お世話になったのに、申し訳ございません」
顔を上げずに、リョージさんの言葉を待つ。視界の隅で、ナイフが置かれるのが見えた。
「まあ頭上げろよ」
促されて、顔を上げる。リョージさんはニヤニヤしていたが、目が笑っていない。
「…………」
「変な言い訳しなかったのは褒めてやる。もうちょい深いとこが聞きたいね俺は。何で暴力団はダメなんだ?」
頭の中で悲鳴が聞こえた気がした。
『何であんたはそうやって私の事困らせるの!?私が後で何て言われるか分かってるの!?』
母さんが泣いている。前妻は家柄の良い人だったが、上の兄を産んでしばらくして、愛の無い結婚に病んで出ていってしまったらしい。
その後、後妻に貰われた母が産んだのは、βの兄だった。親戚に陰口を叩かれながら、αの連れ子とβの実子を育てて、その後お腹に出来たのが俺。
兄はβだったが、母にとても過保護にされていたと思う。父方はα系で繋いできた家系だ。兄を親戚の悪意から守りたかったのかも知れない。
俺はと言えば、母からしたら、やっと生まれたαの子だった。力の無い母を守る為の、盾となる存在。
「……俺は、出来の悪い息子で、散々母親を泣かせてきました。これ以上何かあれば、母が壊れてしまうかも知れないんです……暴力団を軽蔑したりしている訳ではありません、でも、俺は母を守らないといけないんです……すいません、今はそれだけです」
大学に行こうとか、ちゃんと就職しようとか、色々あるけど結局は言い訳だ。俺は本当にやりたい事なんて見つけていない。
ただ、優しくて良い子だと言われたかった。
カナタさんにも、結局母を重ねて甘えているだけなのだ。本当はとっくに気が付いていたけど、あまりにも自分が子供で、情けなくて、認められなかった。
ふと、リョージさんが窓の外を見る。
街はまだ明るかったが、街路樹のイルミネーションがキラキラと光っていた。道行く人の表情も、不思議と楽しそうに見える。
「俺は母ちゃん居ねえから理解はできないがなあ、まあクソみたいな嘘言わなくて良かったよ」
クリスマスにはしゃいだ風景の中に、見知った顔が居たような気がした。
真っ黒な髪をすっきりとセットして、猫のような瞳を細めて、洗練された、黒いロングコートに革靴。
そして、隣には女性。
カナタさん。
髪の長い、スラリとした美人と腕を組んだカナタさんは、いつもの柔和な雰囲気ではなく、都会的な大人の男だった。
腕を組むと言ってもベタベタした感じでもなく、道路側を歩き、エスコートする様に歩いている。その表情は穏やかで、女性を優しく見守って居る様だった。
俺は目を逸らした。見てはいけないものを見てしまった気がした。
そうだ、Ωと言っても、カナタさんだって男だ。彼女が居ても全く不思議では無い。
「まあいいや、カケルも大方そんな感じだろ?」
はっとしてリョージさんを見る。からりとした笑顔は得体が知れない。
「……俺からは、何とも」
「まあいいよ、ちょっとどうするか考えるから、また呼ぶわ。……呼んだら来いよ」
「……はい」
やはり一筋縄ではいかない。
リョージさんはいつの間にか食事を終えて、伝票を引き抜いて席を立った。俺も慌てて立ち上がる。
「俺も払います」
「ゆっくり食ってから出ろ。ガキと飯代割り勘するとかクソだせえから俺が出す……また連絡する」
「……はい」
俺が渋々ソファーに座ると、リョージさんは会計をして足早に店を出ていった。
少しほっとして、すぐ近くのマックで様子を伺っているカケルに連絡を入れる。
『今終わった』
すぐ返信が来た。
『リョージさんも出てったね。合流する?』
『待って、何か疲れちゃって立てない……リョージさん近くに居るかもだし、とりあえず食べてから出るから、三十分後に駅とかで良い?』
『おk、俺もちょっとゆっくりしてるわ』
『じゃ、後でな』
俺はスマホを置くと大きくため息を一つ吐いて、冷めてしまったサーロインステーキに謝罪しながらナイフを入れた。
まだまだ、難しい局面だが、ちゃんと縁を切るのだ。頑張らないといけない。
しかし、
「カナタさん、やっぱ彼女居るんだ……」
「あっ居た居た!良かった追いついて」
「ああ、さっきの……」
追いつかれたというか、単に来るかと思って待っていたのだ。
念の為、友達は近くの店で待ってて貰っている。どうにも危ない匂いがした。
「お兄さんアキラの友達?めっちゃ見てたからさあ」
「友達というか、アルバイト先の人間ですね。たまたま見かけたので。アキラくん良い子だって評判なんですよ」
「へーそうなんだ!お兄さんΩ?」
そう来るのか。中々真意が伺えない。
まあ、バレる嘘はつかない方が良い。目が合っただけで追いかけてくるあたり、随分勘が鋭そうだ。まあ、自分は自分で来るのを見越していた訳だが。
アキラくんの言う「縁を切りたい先輩」は間違いなくこの人だろう。
値踏みする様に、上から下まで見られる。これはあれだ、四方ちゃんが俺に売春を勧めた時と同じ目線だ。
悪い先輩とやらは、人の良さそうなカラカラとした笑顔で笑った。
「お兄さん、俺と賭けようよ。お兄さんが勝ったらアキラとカケルはお兄さんにあげるよ」
結局、俺とカケルは後日もう一度一緒に呼ばれる事になった。
場所はリョージさんも経営に絡んでいるという居酒屋で、当たり前だが夜、そして個室。
カナタさんから貰ったアドバイスを何も守れていない。
マズいとは思ったが、断れる上手い理由も無く、俺達はその店に来た。
街はすっかり年末で、店も忘年会で混みあっていて酷く騒がしい。
大声で笑う大衆の声が襖一枚隔てた所で聞こえるのに、ここは怖いくらいに静かだ。
リョージさんは刺身を肴に、熱燗を呑んでいる。
何か飲むように勧められたが、なるべく丁寧に断った。リョージさんはそれに対して気にした素振りも無く、本題をつらつらと喋りはじめた。
「色々考えたんだけどさあ、ほら、俺にも立場ってもんがあるし? でも俺もお前らが可愛いからさあ、とりあえずちょっとバイトしたらそれで俺からは卒業って感じにしたいんだよね」
酔っているのかいないのか、リョージさんの目線はふわふわとしていて、俺たちの表情を伺ったりはしていない。
カケルが不安そうに俺を見る。
「……バイトって、どんなんすか」
俺は努めて冷静に言った。ちょっとしたバイトとは言うが、要するに汚れ仕事だ。大きな犯罪の片棒を担ぐのはマズい。弱みを握られたら、それこそ戻れなくなってしまう。
目の前の男の得体の知れない笑顔が怖かった。
「まあ人殺せとか埋めろとかは言わねえよ?」
冷や汗が背筋を伝う。
「んで、二人でやって構わない。まあそんなに難しい事は無いさ。しかも自分で選んで良い」
そんな上手い話は無いのだ。目的は何だろう。俺達をいたぶりたいのか、戻れない様にしたいのか、それとも。
「一つ目、銀行口座を一人三つ作って、俺に売るバイト。一口座二万で買ってやる」
俺の家系は殆ど銀行員で、父親は頭取だ。口座を売るのは犯罪だし、一度でもやったらブラックリスト入りするのも知っている。二度と口座が作れないという事は、普通の仕事は出来ないのと同意だ。これは引っ張り込む為の選択肢。
「二つ目、一週間マンションに通って観葉植物に水遣りする事。場所は今は言えない。やるなら教えてやる。日給一人二万、作業時間は一時間もかからない。良いバイトだろ?」
完全に使い捨てにやらせる仕事だ。薬物犯罪で一番重いのは薬物の製造であり、刑期は使用の比では無い。張り込まれて捕まったら十年くらいは棒に振る事になる。
故に上の人間は、製造の現場には絶対に近付かない。鍵を預けて、使い捨てに出来る人間に全て作らせる。それで、捕まったらトカゲの尻尾切りで豚箱行きを高みの見物。
やるのは余程のバカか、追われる程金に困っているか、脅されているかのどれかと言うところだ。
捕まらなければそれでいい。
捕まったらほぼ、人生が終わる。
喉が渇く。
話はまだ続く。
「三つ目は、お留守番。指定した日に指定した場所で、時間までステイするだけだ。ただしスマホは持ち込ませない。日当一人五万やる」
……多分これが一番やばい。
恐らくは誰かの身代わりだ。と言うのも、先輩からそういう美味しいバイトをすると言っていた知り合いが、その後連絡がつかなくなったと聞いた事がある。
留守番はどんなに高くても絶対やるな、当時はそう言われた。
『警察が来るなら良い。……最悪溶鉱炉にぶち込まれるぞ』
血の気が引くのが分かる。
怖い。
「最後は」
最後は何だ。これ以上何がある。
「お前のオトモダチのΩのお兄さんを俺に紹介しろ。連れて来るだけで一人十万やる。一番簡単でオススメだ。連れてきたら後は向こうさんと話するから、お前らは自由だ」
心臓が凍るような心地がした。
カナタさんに何をするつもりだ? 考えるまでも無い、気に入ればどうにかして自分のモノにするだろうし、好みで無ければ適当な理由を付けて売り払うつもりだ。
「あの人を、……」
俺は絞り出すように声を出した。
喉がヒリヒリした。
「……俺に、売れって言うんですか……?」
リョージさんはやっと俺と目を合わせて、妙に優しく言った。
「そうだよ」
十二月の空気は肺を凍らせるくらい冷たい。
学校はとっくに冬休みだが、俺達は実家には帰らず寮に残っていた。
居酒屋を出て、しばらく二人、無言でとぼとぼと年末で賑わう街を歩く。飲み屋が多い通りだ、酔っ払いの笑い声、忘年会であろう賑やかな社会人の集団、全部遠い世界の事みたいに見えた。
「……なあ」
カケルが、喧騒に掛け消される様な小さな声を出す。何が言いたいのかは大体分かった。
「……誰かに聞かれるとまずい。戻ってから部屋で話そう」
「うん……」
部屋に戻り、コンビニ弁当を広げてみる。
食欲が無いなんて何年ぶりだろう。それでもチキンカツを口に運ぶのは、食べないと頭が働かないからだ。衣の着いた鶏肉を一切れ頬張る。ソースが丁度よく絡んでいて、白米に良く合った。
美味いが、肉の味はカナタさんが食べさせてくれたシュラスコには程遠い。
何より気持ちが冷えきっていて、あんなに幸せで温かい記憶と、ひと続きの世界だなんて信じられないくらいに、現状は過酷だ。
……現実逃避する癖がついている気がする。炭水化物、俺の頭をちゃんと動かしてくれ。
カケルもハンバーグ弁当をモソモソと食べながら、小さな声で言った。
「なんだっけ……口座と、水遣りと……」
本当に覚えていないのか、考えるのが怖いのか。
分からないが、沈んだ目はじっと弁当を見つめている。
「……留守番と、カナタさん」
俺の言葉にギクッと肩を跳ねさせて、少し黙って、「ごめん」と小さく呟いた。
俺もあんまり考えたくない。でも、二人で決めないとならなかった。
「……いっそ、逃げちゃうのはダメかな」
それは俺も考えた。五番目の選択肢だ。手も汚さず危険な目にも合わず、カナタさんも守れる。でも。
「……お前、ヤクザから逃げ切れるって本気で思ってるか?」
カケルは俯いて、ゆっくり首を振った。
そう、彼らは面子の生き物だ。約束を違えて逃げたら、地の果てでも追いかけてくる。海外まで逃げれば話は変わるのかも知れないが、少なくとも高校生のクソガキが逃げ切れる様な相手では無い。
「やっぱ選ばないと……アキラはどう思う?」
俺は食べかけの弁当を横に避けて、部屋に誂えてある勉強机からルーズリーフを引っ張り出した。
ボールペンで、一つ一つ書いてみせる。
「銀行口座……これは簡単だけど、売ったのが銀行にバレると二度と口座作れなくなる。振り込め詐欺かなんかに使われたら一発でバレるし、もうまともな仕事にはつけなくなる」
「……リョージさんに着いて行って、ヤクザになるしか無いって事?」
「……まあ……手渡しで貰える仕事があれば良いんだろうが、リョージさんはそれ狙いな気がする……」
二つ目は水遣りだ。
「水遣り……
カケルはギクッとして、涙目で頷いた。他のダンサーが日々練習して技術を磨く中、刑務所に居たら練習も勉強も出来ない。
「……正直やるなら水遣りかなって思ってた……でも、一番大事な時何にもできなくなっちゃうんだ……アキラ何でこんなに詳しいの?」
「ラッパーが薬で捕まったニュース読んでたら一人だけ懲役長くて、何でかと思ったら家で作って流してたんだよ」
「へぇ……」
三つ目は留守番だ。
「……これは、……センパイの話聞いた事ある?」
「ある」
「一番ヤバい……間違いなく誰かの身代わりに置いとかれるんだろうから、刺されるとか攫われるとか、そういう事もあるかも知れない。……でも」
「でも?」
俺はなるべくゆっくり、確かめる様に言った。
「……これだけは、加害者にも犯罪者にもならなくて済む」
これで最後だ。俺は確かめる様に、カナタさんとゆっくり書いた。
「……Ωのお兄さんにさ、紹介する前に『何言われても断って』って言っといたらどうかな?」
カケルの言う事も一理あるかもしれない。
事前に釘を指しておいて、紹介料は断る。
カナタさんがリョージさんに断れば、現金も動いていない以上、無関係の
でも。
「……断れなかったら、どうする?それこそ『断ったらアキラに何かする』とか言って……それに」
カケルは泣きそうな顔で、黙って聞いている。
リョージさんにカナタさんの存在を伝えた負い目があるのだろう。
「……俺はあの人だけは巻き込みたくない……ずっと優しくしてもらってるし、カケルとちゃんと話せるようになったのも、カナタさんに相談したからだ……」
そうだ。
俺はあの人にとても大切にしてもらった。
相談にも乗ってもらったし、誕生日に切ない思いをした時は、それに余りある優しさで心を温めてくれた。
それを仇で返すような真似は、死んでもしたくなかった。
「……じゃあ、お兄さん紹介すんのは止めよう!」
カケルは思い切り声を張り上げて言った。
思わず顔を見ると、先程の不安げな表情とは一変して、吹っ切れたような強い目をしていた。
そうだ、これを乗り越えて、俺達は未来に向かって進まないといけない。
カケルには夢がある。俺はまだ自分が何をしたいかわからないけど、母を悲しませたくない。
だから、ちゃんとした社会人として、顔を上げて歩きたい。そうして大人になって、いつかカナタさんにも恩返しをしたい。
俺はやたらテンションを上げたカケルに苦笑いしながら、提案してみる。
「……いっせーのーで指さしてみる?」
「おう!ドンと来い!」
「どんなテンションだよ」
俺は思わず笑ってしまって、つられてカケルもニヤニヤ笑って、言った。
「いっせーの!」
指を指した場所は一緒。
「留守番」
身体の中を警報が駆け巡る。それはカケルも一緒だろう。爪が少しだけ伸びた指先は、小さく震えていた。
続
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