第19話 相手が悪いとは言えど

 俺は早々にビッグマックを平らげて、ペーパーで指を拭きながらカケルに問いかけた。

「……一緒に話に行きたい?それとも別々に行く?」

 カケルは珍しく、じっと黙って考えている。俺はコーラをストローで飲み、弾ける炭酸を喉奥に感じながら答えを待った。

 マックのコーラは、他と成分が違って美味いって噂があるけど本当だろうか。カナタさんがドリンクバーで、泡を溢れさせながらコーラを注いでいたのを思い出す。

 やっばり今度マックにも誘おうかな。

 場違いな妄想が捗る。

 ああ、俺も現実逃避から戻らないと。

「……一緒に行きたいけど、……別々のが良いと思う」

「……なんでそう思う?」

「俺とアキラとじゃ、……リョージさんとの関係が全然違う。一緒に行くとあんまり良くない気がする……」

 実は俺もそう思っていた。カケルにも分別はあるらしい。友達二人で連れ立って行って、「俺たち抜けます」は不義理と取られかねない。

「そうだな、やっぱり別々だろうな……どっちかが話す時は、どっちかがちょっと離れたとこに居よう」

 攫われる、とは思いたくないが、安全の為だ。

 態度次第でそうなりかねない相手である。ヤクザの顔を潰したら、最悪埋められる。

 そして、逃げるなんてのは以ての外だ。ヤクザからは逃げられない。下手な手を打てば地の果てまでも追いかけて来る。

「なんて言おう?」

「……ちょっと待って、知ってる大人の人に相談したい。正直俺も不安……」

 俺はスマホを取り出して、カナタさんとの履歴を探す。

 冷や汗が背中を滑った。

 ちょっと迷って、通話ボタンを押してみる。

 耳に当てたスマホから、呼出音が鳴っている。五回、六回……

『もしもし?』

 声を聞いただけで少し安心するから不思議だった。同時に、酷く緊張していた事にも気がつく。俺は努めて普通に言った。

「あの、こんにちは、今お仕事中ですか?」

『そうだよ?どうしたの?』

「あの、今ちょっとお話できますか……?」

 カケルが不安そうに俺を見る。正直仕事中に電話したのは申し訳ない。でも、そうも言って居られない。

『中に居るからちょっとなら平気だよ』

「ごめんなさい、……なんていうか、悪い先輩と縁を切りたくて、でもどういう風に言ったら良いか悩んでて……」

 我ながら仕事中の相手に何を聞いてるんだと思うが、聞かずには居られない。

 もしかしたら、俺はこの人に少し依存しているのだろうか。でも、カケルとの仲を上手く修正出来たのもカナタさんのお陰だ。

 何か、いいアドバイスを貰えるかも知れない。

『うーん……状況がわかんないけど、その悪い先輩にはお世話になったの?』

「……なりました」

 身内の喧嘩の仲裁に入ってもらったり、喧嘩の相手が「ヤクザを連れてくる」なんてイキリ散らかしてるのをどうにかしてもらったり、なんだかんだ世話にはなっているのだ。

 俺は「世話になっている」という感じだが、カケルは更に可愛がられてもいる。

 不義理に縁を断ち切るとなると、やはり難しい。

『じゃあ無下には出来ないね。ちゃんと誠実にお話するしか無いよ。ただし人目が有る所で。昼間のファミレスとか、とにかく明るい所。暗い所は怖いから』

「……暗いのが怖いんですか?」

 カナタさんが一瞬黙った。

『……兎に角、人目につく所。何かあったら直ぐ通報して貰えるし。で、誠実に話す事』

「誠実にですか?悪い先輩でも?」

『人を騙すのって凄く難しいんだよ。喋らないか、誠実に話すか、どっちかだと思う。……心配なら俺も付き合おうか?』

 カナタさんをリョージさんとの話に付き合わせる?

「……それはダメです! 絶対に!」

 大きい声では無かったが、カケルの身体がビクッと跳ねた。

『……そう、大丈夫?』

「友達も一緒だから」

『そっか……何か困った事があったら言ってね?』

「ありがとうございます。……お仕事お疲れ様です。もう切りますね」

『うん、またね』

 俺は通話を切って、スマホを狭いテーブルに放る。

 溜息を吐いて、通話の切られた画面を見詰めた。心配をかけてしまった。電話したのはやはり浅はかだったかも知れない。

「今の……あの、Ωのお兄さん?」

「……」

 答えない俺に、カケルは俯いて、小さく「ごめん」とだけ言った。


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