第17話 ものすごくバカだけど、大事な友達

『次会えるとしたら年明けてからだね』

 カナタさんはそう言っていた。スーパーってのは、年末年始馬鹿みたいに忙しいので予定が立たないらしい。

 俺はあれから、カケルとちゃんと話すきっかけを掴めないでいた。

 親身になって、カケルの立場になって、ちゃんと友達だから大切だって伝える。

 中々出来る事では無いし、何よりカケルもバイトがあり、遊びにも行っている。

 居酒屋でバイトをしているカケルは、俺より後に帰って来る。

 俺は俺で疲れてしまって、待っているうちに寝てしまったりもする。流石に朝から話す暇は無い。

 どうしたもんかと思いながらゴロゴロしていると、バタンと音がして、慌ただしくカケルが帰って来た。

 見れば、明らかに変な汗をかいて狼狽えている。

「……おかえり、なんかあった?」

 もう十一月なのに、顎を汗が伝うのが見えた。俺を見るなり、泣きそうな顔をする。こんなカケルは初めて見た。

「女のコ、妊娠させちゃった……」

「はあ!?」

 

 とりあえず、狼狽えているカケルのスマホをぶん取って、送られてきたメッセージを確認する。

 生理が来ない、妊娠した、堕ろすから十五万寄越せ、というのが大筋の内容だ。

 詳細が分からない。

「お前ゴムしたか?」

「してない、安全日だって言うから……」

 頭が痛くなってきた。こいつ、本当にバカすぎる。大方、保健体育の授業でエロい事ばっかり考えて、大事な所は何も聞いてなかったのだろう。

「危険日はあっても安全日なんてもんは存在しねえの!バカじゃねえか!…………」

 もっと強く怒鳴ろうとして、ぐ、と一度飲み込む。

『頭ごなしに伝えても反発されるだけだよ。まずは親身にならないと』

 そう耳元で囁かれた気がした。一度深呼吸して、ファミレスで聞いたカナタさんの言葉を反芻する。

「……アンガーマネジメント」

 ざっと調べたその言葉は、怒りをコントロールする、そうして、共感することで自分の意思を人に伝える。そういう内容だった。

 一方的に怒って怒鳴ってしまうと、内容が正しくても相手に伝わりにくいという事らしい。

「何? ハンバーガー?」

 バカをジトッと一瞥して、俺はもう一度、妊娠したという相手からのメッセージを辿った。スマホを上にスワイプする。

 スタンプだらけの、スカスカのメッセージの中にそれはあった。

『きょう、たのしかったよ』 

 前に会ったのは二ヶ月以上前だ。カケルにスマホを見せる。カケルも涙ぐんだ目で画面を覗き込んだ。

「お前この日この子とヤッた?」

「ヤッた。この日しかしてない」

「……」

 違和感がある。生理が来ないとしたら、もっと前に連絡が来ても良さそうなものだ。それに、違和感は他にもある。

「カケル、これ……ちょっと本人に確認したい事あるから呼び出せるか? 友達何人連れてきても構わないからって言って」

「聞いてみる……」

 メッセージを送ると、直ぐに返信が来た。翌日の土曜日の午前中に約束を取り付ける。

「……俺の事怒んないの?ゴムくれたのに」

 おずおずとカケルが言う。しょぼくれた犬みたいだ。

 同じ部屋で生活してるのに、こんな風に近い距離で話すのも久しぶりな気がした。

「怒ってる。……でもお前は友達だから、できるだけの事はしてやる」

 友達という言葉に、カケルは一瞬目を見開いて、それからちょっと照れたように俯いた。

「でも、……実際妊娠してたらお前が自分で何とかしろ」

 ちょっと厳しい口調になるのは仕方ない。カケルは叱られた犬みたいな顔をしたが、その後首を傾げた。

「妊娠してないって思ってるって事?」

「……相手の話も聞かないと分かんねぇよ。とりあえず明日だ」


 俺はカケルが寝静まってから、スマホでカナタさんのアイコンを探した。

 丸く切り取られた写真は、何故か男性のアイドルグループのツアーグッズだ。好きなのだろうか。

 俺は迷って、スマホのキーボードを打つ。

『遅くにすみません。今日友達とちょっと喋れました。ありがとうございます』

 向こうもスマホを触っていたのか、直ぐに返信が来た。

『起きてたから大丈夫だよ。落ち着いてお話できた?』

『たぶんできたと思います』

 【良いね!】

 とパンダのキャラクターのスタンプが送られて来て、ふふっと笑ってしまう。自分もスタンプを返した。

 【がんばる!】


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