第7話 大切にされて、大切にされていなかった事が分かってしまった
「ご馳走様でした」
店員から釣り銭を受け取る俺に、カナタさんがペコッと頭を下げる。
当初の予定通り、会計は俺がした。とは言え、ファミレスで二人で食べても三千円行かないので、今まで食べさせてもらったものを考えると、やっぱりちょっと申し訳ない。
「アキラくんこの後バイト?」
店を出るとそこは繁華街の駅前だ。何だかんだ結構長居して、今は二時前。日曜日なので人も多い。
「いや、俺今日休みなんです。マネージャーが有給取らせてくれて」
「あっ俺も今日は有給!」
嬉しそうに笑う笑顔は、やっぱり服装と髪型のせいか幼く見えた。傍目にもまさか高校生と会社員には見えないだろう。
「これからどうします?カラオケとか入ります?」
「カラオケかぁ、最近全然行ってないや。この辺どっかある?」
どうやらカラオケには行ったことがあるらしい。サイゼリヤの様子からして、もしかしたら行った事が無いかもと思ったのだが、多分女友達とやらと行っているんだろう。
「ちょっと歩いたとこに……」
「あっ、アキラだ」
突然声をかけられた。カナタさんは目に見えてビクッとして、恐る恐ると言った感じで振り返る。
声質で察しながら見ると、そこに居たのはクラスメイトだ。誕生日カラオケの主催だった奴である。あと他の男友達が二人と、女の子が三人。
カケルは居ない。
内心胸を撫で下ろした。リョージさんの件もある。カケルにカナタさんと接点を持たせる訳にはいかない。
『リョージさんが俺も会いたいって』
それだけは本当にダメだ。なんとか有耶無耶にしないと。
「誰?友達?」
ジロジロと見られて、カナタさんは困った様に俺の方を見る。こんな縋る様な目は初めて見た。不安そうだ。
俺は一歩前に出て、その華奢な身体を背中に隠した。
「友達」
カナタさんからしたら「可愛がっている子供」だろうが、服装からして、多分今日は友達という設定なので押し通す。
「アキラくんだ」
「αの子だよね」
「ケンカ強いんだって」
後ろで女の子達がこっちを見ながら、ソワソワと内緒話をしている。
お前ら誰だよ、何で俺の事知ってんだよ。
女の子の反応が良いのを察したのか、クラスメイトはニヤニヤしながら言った。
「これからラウワン行くからお前も来いよ、そっちの奴も一緒で良いからさ」
人の都合は聞かないのか。こいつ本当に俺の事釣りの餌くらいにしか思ってないんだな。
イライラしたが、後ろにはカナタさんが居る。ここで声を荒げたくは無い。
俺は、この人の前では「優しくて良い子」でありたい。
それだけを心の枷にして、努めて冷静に冷たく、怒りが顕にならない様に静かに言う。
「無理、今日こいつと約束してるから」
「一緒で良いじゃん」
値踏みする様に、背後を覗き込むのが忌々しい。カナタさんはいつの間にかパーカーのフードを被って、じっと俯いている。
やはり嫌なのだろうか。
そう心配した所で、カナタさんはぽそりと、俺にしか聞こえないトーンで言った。
「……俺は帰るから、アキラくん遊んでおいでよ」
「嫌です」
反射的にそう返すと、カナタさんは戸惑ったように眉を寄せる。
俺は内心地団駄を踏みながらクラスメイトに向き直った。
女の子達の視線が熱くて鬱陶しい。お前らホント誰だよ。
「行かないっつってんだろ。今日はこいつと遊ぶの。しつこい。ウザイ」
かなりトゲのある言い方に流石に相手も嫌な顔をした。上等だ。
俺は、心の中で線を引いた。
こいつは俺を誘って遊びにも行くし、遊んでたら楽しいヤツではある。でも、俺の都合はいっつも無視か、二の次だ。
今だってそうだ。明らかに嫌がってそうな子が後ろに居るのに、俺を女の子の餌にしたいが為に無理に誘おうとしている。
カナタさんは俺を大切にしてくれた。
シュラスコの最後に出てきたバースデープレート。あの蝋燭の明かりが、俺の勇気になった。
カケルは友達だが、こいつはただのクラスメイト。
決して友達じゃない。
自分を大切にしてくれない相手と、その場の空気に合わせて無理に付き合ったって、結局惨めな想いをするだけだ。
十七際の誕生日、それが良くわかった。
「ノリ悪くね?」
苦笑いで、動揺するのが目に見える。明日からクラスでどう接してくるのか、考えるとちょっと億劫だが、もう良い。
「いい加減空気読めよ、良いからとっとと行けよ」
態度が悪いのは承知で、ROUND-1に行く道を視線で指す。
クラスメイトは舌打ちをして、ちょっと気まずそうにしている面々を連れて歩いていった。
去り際、他のクラスメイトが、
「邪魔してごめんな、オレも後で言っとくから」
と申し訳なさそうに声をかけてくれた。
悪い奴ばっかりじゃない。そうか、自分でこうして見極めなきゃいけないんだ。
「……いや、こっちこそごめんな」
軽く手を振る。そのクラスメイトは俺の後ろのカナタさんにも軽く頭を下げて、他の奴らについて行った。
「……ごめんね、大丈夫?」
恐る恐る話しかけると、アキラくんは険しかった表情を緩めて、小さく溜息を吐いた。
「すいません、俺感じ悪かったでしょ?ちょっとイラっとしちゃって」
「いやそんな事無いよ、でも、あの子達と遊びに行っても良かったのに」
察するに学校の子であろう子供達は、ちょっと気まずそうに去っていった。断った事で、アキラくんの立場が悪くなったりしないだろうか。
「……良いんです。今日はカナタさんと遊ぶ日だから」
そう言った顔は少し疲れていたが、いつもの優しいアキラくんだ。
俺は雑踏に消えていく子供達の背中を目で追った。皆オシャレで、今時の子という感じがする。
「……なんか、アキラくんもオシャレだけど、お友達も華やかだね」
つい声に出してしまってハッとしたが、口から出た言葉はもう呑み込んだりできない。
つい後ろに隠れてしまったのは、何を話していいのか分からなかったのもあるが、単純に苦手なタイプだったからだ。
「華やかっていうか……安い服を取っかえ引っ変え着てる感じですけどね」
アキラくんは苦笑いしたが、服装とか、そういうことでも無い。
何となく、教室の中に自分が居るのを想像してしまったのだ。
俺はきっと教室の隅でいつもじっとしてて、クラスの中でも派手で目立つ子達の中にアキラくんが居る。
「……俺たちもしも同い年で、クラスメイトだったりしたら、殆ど話さなかったかも知れないね」
自分でもびっくりするくらい卑屈な言葉が出た。
サイゼリヤの時もそうだったが、今日はダメだ。どうも感情のセーブが上手くいかない。いつも鎧の様に着ているスーツや制服が、今欲しい。
ちょっと気を抜いた格好をしているだけなのに、なんだか中身まで子供っぽくなってしまっている気がする。
早く大人にならないと。
こんな卑屈な自分は大嫌いだ。
「どうですかね?……俺も正直何とか浮かないようにがんばってる感じなんで」
意外な回答に、思わず顔をじっと見てしまった。
アキラくんは続ける。
「あんまりこう言う言い方するの良くないかも知れないけど、
αは優秀な遺伝子の持ち主。生まれつき知能指数が高く、身体能力も平均より高い。それはもう変えようの無い事実だ。
Ωの自分だって、それを羨ましいと思わない筈がない。
でも、俺はこの子の人柄を知っているつもりだ。
この子はΩの俺を蔑んだりしないし、かと言って変に構えすぎてもいない。職場のちょっとお節介なお兄さんとして、甘えたりもしてくれる。
アキラくん自体、バース性によるヒエラルキーを良く思っていないのだろう。α優性の思想も含めてだ。
「αとかβとかいう以前に、アキラくんはアキラくんだよ」
ほっとしたように笑う、幼さの残る顔に胸が傷んだ。
アキラくんの目は優しい。俺の大きくてギョロっとした目とは違って、少し瞼が重くて、でも綺麗な二重。色素の薄い茶色の瞳は、穏やかな性格に良く似合う。
「多分、カナタさんが同じクラスに居たら案外つるんでると思うんですよね。最初は接点なくても、授業とか何かの拍子に喋ったら気が合っちゃう気がします」
「えーどうかな。高校の時とか俺ガリ勉で超暗かったよ」
「え!? 嘘でしょ?」
あんまりびっくりするものだから笑ってしまう。やっぱり高校は行きたかったな、なんて今でもたまに思う。暗いというか地味な生徒だったのだが、友達だって居なかった訳じゃない。
「いいなあ高校生。俺ももう一回高校入ろうかな」
「えっでもそれじゃ俺とクラス一緒になんないですよ?」
あまりに素直で、あまりに幼くて、眩しい。
そして俺は、やっぱりそれを見て惨めさを感じてしまう。それが自分でも本当にダサいと思っている。
やっぱりこのままじゃダメだ。
ちょっと決意を固めて、無理やり話題を変えた。
「ねえ、喉乾いちゃった。今度は俺が出すからスタバに行こうよ」
「……俺もあんまスタバ入った事無いですけど良いですか?」
「大丈夫! 『キャラメルフラペチーノトールで』って言えば良いらしいから!」
これはエナに聞いたやつだ。スタバは横文字ばっかりの注文が怖くて入れないと言ったら、とりあえずそれだけ覚えとけ、と言われたやつ。
「えー、なんかもう呪文じゃないですか。選択肢それだけすか?」
「それだけです!」
「あはは」
ちなみに、一口目は凄く美味しかったけど、後半甘くて結構しんどかった。
アキラくんもコーヒーは普通のアイスコーヒーの方が好きとの事。
でもやっぱり、そんな他愛のないやりとりが、出来なかった高校生活をなぞる様で楽しかった。
その後は駅ビルのショッピングモールで洋服なんかを見て回り、夕方にはアキラくんと別れて帰宅した。
あまり遅くなると困るのだ。
暗闇は、何時でも俺の道をふさぐ。
高校生の時乱暴された恐怖が、暗闇への恐れとなって魂にこびりついているのだ。
でも、ほんの少しでも良い。あの子にかっこいいと思って貰えるお兄さんでありたい。虚勢ではなく、強い人間になりたい。
俺はフローリングに机と布団しか無い薄暗い部屋で、スマートフォンを見つめた。
職場の人ばかりのアドレス帳を辿ってゆく。
【四方精華】
一瞬躊躇い、通話ボタンを押した。
呼び出し音、数コール。
「もしもし? 四方さん?お久しぶりです、八代です。……あの、今度会えませんか? ……お願いが、あるんです……」
続
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