第23話 留守番
受け取った鍵が、握りしめた手の中で硬く冷たく、存在感を示している。
真昼間の居酒屋は誰も居なかった。中も薄暗い。その奥の個室に一つだけ明かりが灯っていた。
「……おはようございます」
「良く逃げなかったな、まあ座れよ。……鞄見せな」
手を出されたので、俺はボディバッグを下ろして渡す。カケルも少し躊躇したが、リュックを下ろした。
リョージさんは笑顔で俺達のスマホを没収し、ついでに鞄の中身もひっくり返した。とは言え、俺のボディバッグから出てきたのは財布とハンカチと寮の部屋の鍵くらいのものだ。
カケルのリュックからはサバイバルナイフが出てきた。ギョッとしたが、リョージさんは予想の範囲だったのか、サクッと取り上げて、他は投げて寄越す。
「使い慣れないもんはやめとけ、結局自分が怪我するだけだ……今だったら他のバイト変えてもいいぜ?本当に良いのか?」
口は笑っていたが、目は恐ろしく冷たく、じっと見開いている。
「……変えません」
オレは震える声で言った。
「……俺も、変えないです」
カケルもそれに続く。
「つまんねえなぁ」
リョージさんはボソッと言って、俺に紙を一枚寄越した。
書いてあるのは、駅名と日時、そして切り抜かれたGoogleマップと、マンション名、部屋番号。
日時は今日の十七時から二十一時。
夕方から夜だ。……闇が恐怖を煽る時間だろう。
『暗いところは怖いから』
カナタさんの電話越しの声が聞こえた様な気がした。
「……とっとと行け、逃げたきゃ逃げろ、……逃げられるならな」
「……逃げません」
ガチャッ
シリンジの音が冷たく響く。
辿り着いたのは二駅離れたアパートの一室で、中は生活感があった。
「人ん家……だよな?」
カケルが不安そうに辺りを見回す。
部屋の窓から夕日が差し込んでいた。もう直ぐ日暮れだ。
俺は遮光らしいカーテンを締めた。途端に部屋は真っ暗だ。カケルが泣きそうな顔をした。
「……電気どうしよう……」
「……消しといた方が良さそうだけど、流石に真っ暗だと身動き取れないから常夜灯だけ点けとこうか……?」
慎重に明かりを点けると、オレンジ色の小さな光が部屋を満たした。少しほっとする。
「後五分で五時か……やっぱり長いね」
あと四時間。誰も来ないという事はあるだろうか。
やることも無く、部屋を見回してみる。
ベッドに大きめのデスク。ゲーミングチェアはあるのにパソコンは無い。
床にはガラスのローテーブル。
台所も物色してみる。
包丁があるかと思ったが、刃物の類は一切無かった。
多少の調理器具がある。やはり誰かの住まいらしいが、本人は何か事情があって逃げたという所か。
「アキラ、五時だよ」
鬼が出るか蛇が出るか。何も来なければ一番良いが、時給からして、そんなに上手い話では無いだろう。
「お兄さんが勝ったらアイツらからは手を引いてやるよ」
「どうすれば勝ちなんですか?」
「そうだな、お兄さんをアキラが売れば俺の勝ち、お兄さんが選んだとこに当たったらお兄さんの勝ち、他のとこだったら……まあ引き分けだね」
「引き分けるとどうなりますか?」
「……俺も立場ってもんがあるからさあ、ある程度型にはめてやらないと示しがつかんのよ」
「立場ねえ……あんたの立場なんて俺はどうでも良いけど、じゃあ俺が負けたらどうするつもりなんですか?」
「お兄さんカッコイイけど、やっぱ男抱けるかって言うとイメージつかないからさあ……まあ夜のお店で暫くお勤めしてもらう感じかなあ」
「初日にクビになると思いますけどね」
「えー辞めさせないよ?」
「じゃあ、俺が勝ったら容赦しないですよ」
「何?」
「……引くなら今のうちだって言ってんだよ、クソガキが」
デジタルの腕時計を確認する。スマホはリョージさんに取り上げられてしまったから、時計だけが頼りだ。
今、夜の八時半。
時折アパートの他の部屋の住人が帰ってくる気配がする。その度にぎくりとするが、部屋の前を通り過ぎて行く。
このまま何も無いんじゃないだろうか。
そう思った時だった。
トン
階段を上がってくる足音だ。
トン、トン、
嫌にゆっくり上がってくる。
トン、トン、トン…………
階段を上がりきった。
足音が、廊下をゆっくりと歩いてくる。
そして、部屋の前で止まった。
「やだ、何……」
カケルが狼狽える。俺はジリッと後ずさるが、逃げ場は無い。
ガチッガチッガチャガチャッ
鍵はかけてある。
ロックもかかっている。
ゆっくりと息を吸う。
鍵穴に鍵が差し込まれた気配がした。無情にも鍵が回る。
ガチャッ
ドアが開いた。
ロックに引っかかる。
少し空いた隙間から、低い、男の声がした。
「出てこい」
続
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