第18話 闇を越えて、いつかあなたのもとへ
宵闇の中手を繋いで歩く男女は、傍から見れば恋人同士に見えるだろう。
でも俺はカナタさんに「女性は性的対象では無い」と言われている。ほんの数週間で対象が変わるとは思えない。そうすると、白いコートの女性は恋人でもセフレでも無いという事になる。が、二人の距離感はどう見ても友人のそれでは無い。
何を話しているかは分からないが、ぴたりと寄り添い手を繋ぎ、時折内緒話をする様に顔を寄せ合っている。度を超えた仲良し? ……いや女のコ同士だってあんな風にするのは稀だろう。
十五分くらい遠目に見ながら追いかけてみたが、二人はどこかの店に入るでもなく、かと言って駅に向かうでも無く、街をふらふらと歩いている。
目的がよく分からないのは、一度歩いた道にまた戻って来たりする為だ。
「……時間つぶしなのか……?」
どこかの店を予約していて、予約の時間まで手持ち無沙汰だから散歩しているとか、だとどうだろう。しかし、スマホで時間を確認すると夜の八時を回っている。夕飯にしては遅いだろう。
ふと、前を歩く二人が足を止めた。
気付かれたのかと思ってぎくりとしたが、どうやらそうでも無さそうだ。とりあえず適当な脇道で止まり、スマホを見る振りをしつつ、身を隠しながら様子を伺う。
カナタさんは暗い路地を前にして、少し俯いていた。白いコートの女性が一歩先に行き、グッと手を引っ張る。
カナタさんは足を止めたままだ。
もしもカナタさんが嫌がっているなら、止めに行こうか。
一瞬悩むが女性は手を握ったまま、そっとカナタさんの肩を撫でた。手は優しく、労りが滲んでいる様に見える。
一体どういう事なんだろうか? 追っていても全然分からない。
夜の繁華街、酔っ払いや家路を歩く人、笑い声を上げる若い男たち、そんな喧騒に紛れて、カナタさんは意を決した様に一歩踏み出す。
勇気を出した、様に見えた。
そのまま何処に行くでも無く、またカナタさん達は歩き出す。
女性は「良く頑張った」と褒めるように手をブンブン振って、カナタさんも振り回されながら笑った様に見えた。
俺は距離を取りながら、カナタさんがいた場所に立ち止まってみた。横を見ると、丁度街灯の影になってしまうのか、そこだけ真っ暗な路地裏があった。路地裏の奥に何かあるのかと思ったが、特に目に付く物は無い。
ただ、飲み屋のゴミ箱や空の酒瓶なんかが積んであるだけの、猫一匹居ない真っ暗な場所だった。
「全然わかんない……」
カナタさんと女性は尚も歩き続ける。
ただその肩は、とても大きな困難を乗り越えた戦友の様に寄り添っていた。
「怖かった! 怖かった……!」
「なんかあそこめっちゃ暗いよね〜今度入ってみる?」
「無理! まだ流石に無理!」
「あはは、良い子良い子」
恥ずかしながら、ヨモちゃんこと四方精華氏に手を引いてもらって、何とか夜の街を歩いている。成人男性としてどうかと思うが、怖いものは怖いのだ。でも何とか克服したい。
俺は軽度の暗所恐怖症であり、原因は十五歳の時に暗闇で強姦された事である。
初めて身体にヒートが起きた時、運悪く下校途中で、雨模様の真っ暗な空の下を歩いていた。
身体に違和感を覚えて父親に連絡をしたが繋がらず、天気が悪かったので人通りも少なく、色々悪い事が重なった結果、通りすがりのαに暗がりに引っ張り込まれたのである。
暴力を伴った行為は、思い出すだけで身の毛のよだつ恐ろしい記憶だ。そしてその出来事をきっかけに、俺の人生は一変する事になる。
妊娠したのだ。
父は堕ろす以外の選択肢を持たず、俺は家から逃げ出した。
……随分昔の話だ。
Ωを支援する団体に助けを求め、何とか病院で娘を産んだが、養育能力が無いとして直ぐに特別養子縁組で引き取られた。幸い里親さんはとても良い人達で、娘は大切にしてもらっている。
そして俺は父の元には戻らずに、何とか住まいと働き口を確保して、社会に出た。
が、その後間もなくある問題が露呈した。
病院に居る時は産むのに必死で全然気がつかなかったのだが、強姦された時のトラウマで、暗い所が全然ダメになってしまっていたのだ。
映画館とか屋内の施設は暗くても大丈夫だが、とにかく外、特に夜の道が怖い。
夜の道が怖いと言っても、街灯や店の明かりで明るい所は平気……と思いきや、暗い路地裏の入口なんかも恐ろしくてたまらない。暗がりから腕がずるりと伸びて、そのまま引きずり込まれるような妄想に犯される。
街灯が少ない夜道なんかは、正直とても歩けたものでは無い。
だが、俺は暗闇を歩ける様になりたいのだ。
好きな時間に、行きたい場所に行きたい。そうしないときっと、大好きな人達と一緒に歩けない。
俺の事を大事にしてくれるエナや、迷惑をかけても誘ってくれる友達の皆や、こんな面倒な事に付き合ってくれるヨモちゃんや、俺よりずっと先を歩いて行くだろうアキラくん。
俺は、皆と一緒に歩きたい。追い付けなくても必死に追いかけたいのだ。
だから、一歩でも暗闇を越える。
「どうする? 今日はこのくらいにしとく?」
ヨモちゃんは試すように俺の目を覗き込んだ。
俺はそれに応える。
「もうちょっと頑張りたい」
ふふっと笑われて、俺達はまた歩き出す。俺の手がカタカタと震えていても、ヨモちゃんは笑わなかった。
続
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