第4話 who are you?

 カナタさんはバイト先のすぐ近くに住んでて、彼女が居て、土日以外はあんまり会えなくて、多分ZA/JAMPが好き。いや、もしかしたら彼女さんの好みかもしれない。

 んで、今は忙しいとかで遊んでくれないが、彼女さんと家でゆっくり過ごす時間はあるらしい。

 いやむしろ彼女さんに貴重な時間を使いたいって事だろうか。

 まあ、わかるよ。分かるんだけどさ。

 カナタさんに会える土曜日は楽しみだけどちょっと寂しい。


 俺は調味料の品出しをしつつ、たまにカナタさんの背中を盗み見る。

 顔見知りらしい営業さんと楽しそうに話していて、俺になんか見向きもしない。

 相変わらず仕事中は黒いマスクをしているのだが、目だけでもとても良く笑う人だ。

 営業さんは仕事を終えたらしく、お互い軽く頭を下げて、カナタさんも発注か何かの仕事に戻る。俺は代車から段ボールを運び、醤油を商品棚に入れながら、横目でそれを見ている。先入れ先出しはスーパーの基本。売れて無さそうな物は賞味期限もチラッと見ておく。お昼のパートさんも見ているから、大体問題無い。

 お客さんが背後を通る。

「いやっしゃいませー」

 俺は無意識に言うようになっているが、言わないバイトも居る。ちなみに、言わないと抜き打ちの監査で引っかかる。

 俺は良いバイトですよカナタさん。

と、思うが声は届いていないだろう。

 社内のPHSの音が鳴った。カナタさんがマスクを取って、首から下げていた小さな電話をエプロンの裏から引っ張り出す。

「え?」

 急にそんな声を出したのは俺でも、カナタさんでもなかった。

 丁度俺の後ろを通ったお客さん……多分カナタさんと同じくらいの年齢の男が、唖然とした顔で止まっている。

 なんだこいつ?

 何事かと思っていると、そいつは焦った様子で俺を振り返った。

「あ、あの、すいません!」

「……いらっしゃいませ?」

 男は必死だった。まるで、何か恐ろしいものを見つけてしまった様にも見えた。

「あの、あそこにいる男の人、なんて言うんですか!?」

「はあ?」

 思わず、イラッとしたまま声に出してしまった。

 知り合いや友達だったら本人に声を掛けるだろうし、クレームでも無いのに通りすがりのオキャクサマに言う義理は無いだろう?

「……ご要件があるんでしたら、要件に合った担当者を呼びます」

「えっと……」

 男が言い淀む。お前の目的は何だ、言ってみろ、……あの人に変な事したらマジでぶっ殺してやる。

「ヒッ……」

 はっと我に返った。無意識に威吠グレアが漏れていたらしい。男は変な冷や汗をかいている。

 ダメだ、αの嫌な所だ、こういう事があるから「これだからα様は」なんて言われるんだ。意識して気配を鎮める。

「……すいません、失礼しました。でも、個人情報は無闇にお教え出来ないので」

「いえ……こちらこそごめんなさい」

 男はとぼとぼと歩き出す。カナタさんはいつの間にか消えている。とは言え、発注をしていたから売り場のどこかには居るだろう。男も視界から消えた。

 ピーンポーンパーンポーン……

『グロサリーの八代さん、グロサリーの八代さん、外線一番をお取りください』

 嫌なタイミングで呼ばれてしまった。男に名前がバレたかも知れない。いや、知り合いでなければそもそも誰を呼んだか分からないか。

 でも、胸がザワザワする。

 あの男、多分八代奏多さんを知っているのではないだろうか。

  

 そのまま一人残され、もそもそと仕事をしていると、棚一枚を隔てて声が聞こえて来た。

「なあ、……奏多? お前奏多だよな……?」

 ギクッと肩が跳ねた。隣の通路にさっきの男とカナタさんが居る。

 心音が早くなるのを感じながら、そっと耳を澄ませた。店の中は他のお客さんや店員も沢山居る。遠くで子供の駆け回る足音と声がする。

 ざわめく店内で、会話は聞こえるだろうか。

 

「……ああ、何してんの、こんなとこで」


 聞いた事のないくらい冷たい声がした。

 思わず自分も息を飲んで、ドキドキする胸を押さえ込みながら気配を伺う。今のは本当にカナタさんの声か?

 冷えきった声には、懐かしさも柔らかさも、忌々しさも何も無い。淡白で抑揚のない、酷く面倒そうな声。

 何故か自分に向けられているように感じて、心臓がゾワッとした。

 

「何って……たまたま寄ったら居たから、まさかと思ったけど、……就職したんだ?」

「そうだけど」

「なあ、……何で急に学校辞めたの……?」

「辞めたかったから。……もう良いだろ、何年前の話してんだ」

「俺お前の家行ったんだよ!? ……でも、お父さんがもう家に居ないって……急にどうしちゃったんだよ……」

「……お前には関係無いだろ、もう来ないで。他の奴らにも俺の事絶対言わないで。……早く帰って」

「なんでそんなに冷たいの? 俺たち友達だったろ、何で何も言ってくれなかったの?」

「……言いたくない、でもお前には関係無い話だから」

「なあ、……お前、学校来なくなってから墓で泣いてたろ、お父さんに引っ張られて……」

 一瞬の沈黙。

「……帰れ、二度と来んな」


 事情は全くわからない。でも、俺もいつか、カナタさんにこんな風に冷たく突き放される時が来るんだろうか。

 

「……仕事何時に終わんの?」

「言わねえよ」

「……また来るよ」

「……二度と来ないで」


 ただただ冷たい。男と話す気も無さそうだ。これは本当にあのカナタさんの声だろうか。

 男は「友達だった」と言っていた。その相手をこんなに冷たく切り離せるものだろうか。

 心の中のメモ帳に、サラサラと情報が書き込まれていく。

 何かやむを得ない事情があったのかも知れない。しかし理由はどうあれ、カナタさんは、「かつての友達」を切り落とせる刃を持っている。

 俺もいつか、あの優しい人の人生から切り落とされてしまう日が来るのだろうか。


続  

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