第8話 温かいのはほんの束の間


 写真より二回りは大きく見える鉄鍋から、白く湯気が立ち上っている。

 味噌の香りと、色とりどりの沢山の野菜。麺はうどんよりきしめんに似て、薄くて平べったい。

「カボチャがおっきいね」

 感嘆しながら、カナタさんがカボチャを箸で取った。ごろっと厚みがあって、甘そうな黄色が食欲をそそる。

「鍋焼きうどんってカボチャ入れます?」

「うちは入れないなあ」

 木製の蓮華で、ついていたお椀に煮えた野菜とつゆをすくって盛り付ける。平たい麺は思ったよりツルツルしていて柔らかい。味が染みている感じか。

 カボチャ、ニンジン、ネギ、しいたけ、大根、豚肉。などなど。

「ん! 美味しい!」

 カナタさんの顔が輝いた。

 俺も負けじと、しかしがっつかない様に、汁を一口すすってみる。

「これは、やばい……!」

 味噌と出汁の風味に、良く煮込んだ野菜の甘さが溶けている。豚汁に近いが、かぼちゃの甘みがあって、それがやたら美味い。

 はふ、とカボチャをかじると、ほくほくとした甘みが味噌の塩味と馴染んで、口に広がる。

「熱々で美味しい。お野菜の甘さが良いねえ」

「ほんとめっちゃ美味い……豚汁っぽいです?」

「似てるかも、でもちょっと違う? 塩味が少ないからかな……けっこう甘いよね」

 カナタさんは出汁の効いた味噌ベースのつゆが気に入ったのか、熱々のそれを火傷しない様に気をつけながら、幸せそうに飲んでいる。外は寒かったから、身体の中から温まる感じがする。 

 いざ、とばかりに麺を口に入れた。熱い!

 でも。

「んん、なんか、……柔らかい……!」

 ふうふうと息を吹きかけ少し冷まし、カナタさんも麺をはむっと食べる。ちなみに、二人とも麺をすすれないタイプである。最初に一緒に食べたラーメンが、今となっては少し懐かしい。半年くらいしか経ってないのに、短期間で色々あったせいか、とても前の事に感じる。

「ほんとだ、コシが無くて柔らかい……なんか面白いね? 味が染みて美味しい」

 馴染みの無い麺だが、確かに柔らかい為か味が良く馴染んでいる。麺も平たくて薄いし、なんだか新感覚だ。

「俺これめっちゃ好きです」

 味が丸くて、ほこほこと腹から温まる。山ほど入っている野菜が、麺と一緒にするすると食べれてしまう。

「俺も好き。また来たいな」

「また来ましょう?」

 俺が無邪気にそう言ってみると、カナタさんは優しく笑って頷いてくれた。

 やっぱり、俺を突き放すつもりは無いらしい。

 あの友達だった人の様に、いつか紙切れのように手放されない様に、そこそこ居心地の良い可愛い子供として、ずっと離れずに一緒に居られたら良いのだけれど。

 ……年末に醜態を晒している、もう絶対に失敗は出来ない。


 熱かったのと量が多かったのとで、思ったより店に長居してしまった。

 俺たちは食後のお茶を飲みながら、他愛のない話をして楽しく過ごしていた。

「アキラくん足りた? おにぎりとか頼む?」

「いや、結構量あったんで大丈夫です」

 実際七分目くらいだが、温まったせいかそんなに欲しくも無い。でも一応、夜食にコンビニで何か買ってもいいかも知れないなとは思う。

 カナタさんはおなかいっぱいという風で、幸せそうだ。

「俺アキラくんとご飯食べるのほんと好き」

「俺もです」

「ふふ」

 勿論悪い気はしない。帰るの嫌だなあ、このままふわふわした気持ちで、この人とずっとここに居たい。

 と、お店のおばさんがお茶を足しに来てくれた。

「お客さん、外結構雪降ってるわよ? 帰り大丈夫?」

「大丈夫です、近くですから」

「そう? じゃあゆっくりしていらしてね」

 気が付けば、店の中は俺とカナタさんだけだ。

 カナタさんは湯呑みを手で包みながら、「これを飲んだら帰ろうか」と言った。




 こんなはずじゃ無かった。

 吹雪のような空の下、俺はかじかむ手でスマホを開き、アプリでタクシーを手配しようと試みるが、皆考える事は同じらしく、捕まる気配すら無い。

 アキラくんも不安そうに俺に傘を差しかけている。

「どうしよう……」

 いや、分かっては居るのだ。

 駅前のビジネスホテルも満室だった。未成年を漫画喫茶やカラオケに泊める訳にはいかない。……ラブホテルだっていっぱいだろう。

 何せ電車のダイヤが乱れに乱れている。うどん屋から勤め先の店の前まで戻ってくるのすら一苦労だったのだ。

「なんでこんな一気に天気が荒れるんだよ……!」

 分かっている、分かっているのだ。

 うちに泊めるしか無い。

 でも家を見られたくない。

 アキラくんは遠慮してか、「泊めて」とは言わない。そりゃそうだ。お互い何とも思っていないとは言え、一応αとΩである。

 意を決して、声に出した。

「……うちに泊まって貰うしか無いんだけど……あの」

「……はい」

「……ドン引きすると思うよ……」

 アキラくんが首を傾げて、傘から吹き込む雪が頬に当たる。とにかく、彼に風邪をひかせてはならない。

「コンビニ寄って、下着とか靴下とか買っていこう。あと飲み物と、明日の朝ごはん」

 アキラくんはおずおずと言った。

「すみません、お世話になります」

 本当に、タイミングが悪いとしか言い様が無い。

 俺は天を仰ぐ。

 まるで羽のようなぼた雪が、愚かな自分を咎めるように、冷たく頬を叩いた。


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