第16話 情報屋誘拐事件

 雪から名簿をもらってから数日が経ったある日の事だった。


「歩美。提案なんだけど、かいを仲間に引き入れるのはどう?」

「海くんを?どうして?」


 海とは、夏田海なつだかいという情報屋だ。


「うーん」

「情報屋なら、ラトレイアーの情報も入りやすいわ。どうする?」

「でも、紗季ちゃん、もう既に公安警察に協力してるでしょ?」

「え、ええ。でもほら、やっぱ公安じゃ手に入らない情報ってのがあるでしょう?それに、歩美が先日貰ったその名簿。それを渡せば、いろいろ調べてくれるかもね」

「……まあ、それもそうかも……」


 歩美は人差し指で上唇をなぞりながら考えた。すぐに答えは出た。


「あり。じゃあ、今日の放課後、行ってみる?」


 紗季は無言で頷いた。

 紗季のポケットには、一枚の写真が入っていた。



 その頃、噂の海は、二階にある、海の情報を受け渡す拠点だ。

 入ると、狭い部屋の中で、棚が大量にある。あの棚に、ぎっちりと青、黄色、緑で色分けされたファイルがそれぞれ三つずつ。そして、その下の段に赤色のファイルが大量に敷き詰められていた。

 回転椅子に座り、海はパソコンのキーボードを打つ。キーボードの画面に映っていたのは、ラトレイアーのメンバー、フロワだった。

 名前の欄にはfroidフロワと書かれている。

 顔写真に写るフロワは金髪のさらさらした髪を編み込みにして前に垂らしていた。


「……」


 海は印刷と書かれたボタンを押すと、隣のコピー機がガタガタと揺れる。

 ピーッと音が鳴り、それに気づいた海は立ち上がり、出てきたプリントを取る。そして、赤色のファイルを取り出すと、そのプリントをファイルの中に入れる。


 ファイルをパラパラめくると、名前の欄と思われるブラックスノーと書かれたページを開き、そこに映る顔写真をそっと撫でる。


 その顔写真は、三年前、CIAの諜報員として、ラトレイアーとして潜入していた秋原雪の顔写真だった。

 同じクラスでも、笑ってばかりで明るい雪からは想像できない、真面目な真剣な顔で映る彼女の顔を見て、海はふっと笑顔になった。


ガラガラ。


 突然扉が開き、海はドアの方を見る。

 ドアに居たのは、灰色の海軍型の学ランを着た青年らに囲まれた袖と襟が水色、スカーフが赤色のセーラー服を着た茶髪の少女だった。

 その少女は西洋のような顔立ちで、ハーフか疑うほどだった。


「あなたが、夏田海?」

「……お前ら、米秀学園の奴らか?何の用だよ?」


 彼女はゆっくりと海に近づく。


「待て、なっ……」

「これで、やっと殺せる」


 彼女は海の首元の後ろに強い手刀を繰り出した。

 海は「……がっ……」とその場に倒れこんだ。


「八崎様、こいつどうするんです?」

「そりゃ、向こうで拷問して、例の情報を吐かせるんだよ。ボスにバレる前に早く進めよう」


 その八崎という女は周囲の青年たちを睨みながら海を引っ張り部屋を出て行った。



 数分後。

 ガラガラ。

 二階にある倉庫のドアを開く。しかし、そこにあったのは、電源のついたままのPCと、コピー機だけだった。

 ドアを開けたのは、雪、景音、冴香の三人だった。


「居ねえなぁ。せめて、ラトレイアーの情報を手に入れやすくするため、海を仲間に入れようと思ったのに」

「あのPC。電源がついてる。さすがは情報屋、調べてたのね」

「……何についてだ?」


 三人は部屋の中へ入る。冴香と景音は棚にある資料を順番に開けて見ていく。

 そんな中、雪はPCをいじっていた。

 右上の角が左に向いた黒い三角のボタンをマウスポインターでクリックする。


 前のページには、ラトレイアーA、B、Cと書かれたメニューページだった。

 そこで、Aと書かれたボタンを押した。

 そこで、一番最初に出てきた顔写真を見て、雪は絶句した。


「な、なんで、こいつが……」


 名前の欄には、calmeカルムと書かれている。


「おい、リュゼ。そろそろ朝のホームルームが始まる。海はいなかったんだ。出ようぜ」

「あ、ああ」


 雪はPCの電源を切ってすぐに教室を出て行った。



 歩美が教室へ入ると、そこに海の姿は無かった。


「あれ?ねえ今藤。海くんは?」

「朝、尚と一緒に学校に来てたぞ。なぜかまだ教室に居ないがな」

「そうなんだ」


 そうこうしているうちに、チャイムが鳴る。

 雪ももう既に教室に来ていて、見渡すが海の姿が見当たらない。


「どこに行ったんだよ、あいつ」


 雪は空席になっている前の席を見て呟いた。



 その日の昼。

 給食が終わり、廊下で歩美、紗季が話す。


「海くん、いなかったよ」

「……なんで?そんなはずないわ。今日、家出るの見たし」


 紗季と海は幼馴染だ。


「えっ?じゃあどこに行ったの?」

「おい」


 廊下で話しているところに、雪がいきなり声をかける。

 驚いた歩美と紗季は雪の方をグッとにらむ。


「ラトレイアーの事で聞きたいことがあったから、朝あいつの事務所に行ったんだが、いなかったぞ。気になって保健室にも行ったが、今日は誰も来てないと、先生が言ってたさ」


 雪の言葉を聞いた歩美の顔はだんだんと険しくなっていった。


「じゃあ、行方不明ってことになるんじゃ」


 三人で話していると、突然誰かが雪に話しかけた。


「ねえ、雪ぃ」

「あ?どうした絵菜」


 突然、雪に髙宮絵菜たかみやえなが話しかける。


「今日、米秀学園の人たちが来てたよ。朝」

「朝?」

「うん。雪、今日日直だから先に行ってたでしょ?私、いつも通り、少し遅く行ってみたら、米秀学園の制服着た人たちがいたから。それに、あの米秀学園の女子、どっかで見たような……」


 絵菜はそう言い、手を顎に当てる。

 雪は絵菜の双肩を掴んだ。


「……そいつら、何人くらいいたんだ?」

「し、四、五人くらいだけど……」

「……わ、分かった。ありがとう」


 雪はそう言い、絵菜の肩から手を離した。

 歩美はそんな焦った雪の方を見て言う。


「誰か知ってるの?」


 歩美が問うと、雪は青ざめた顔で二人の顔を見る。


「米秀小学校に居た頃に聞いたことがある。米秀小学校・学園アメリカじゃ有名なマフィアの連中だよ……!!」

「弟から聞いたことがあるわ。指名手配犯の名簿の中に、彼らの名前があったと、確か彼らの名は……『ブラックローズ・クラン』。ボスは殆ど表に現れることは無いというマフィア組織。まさか、そいつらに海が?」


 紗季が疑問形で聞くと、歩美は、「その可能性がかなり高い。今すぐ助けに行こう」と言った。


「ハハッ。面白れぇな、あいつら……普通ここまでするか?」


 雪は笑いながら言った。

 思えば、朝教室に入って来た時から、顔色が悪かった。


「……雪ちゃん。何かあった?」

「……あ、いや。何もない。ただ、のが少し辛いだけな」

「旧友?」


 雪は額を手で押さえた。


「そのマフィア、ボスの側近は……あたしの、小学校の時の友達だ」

「……まあ、会ってみなきゃ分からないよね」


 歩美はそう言い、教室へ戻った。


「変に肝の据わった人だな」

「小学校の時からあんな感じよ」


 雪と紗季も、教室へ戻って行った。

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