第6話 容疑者
歩美は新聞を片手に唸っていた。
「やっぱ気になるな」
「何が?」
紗季は歩美の方を呆れたような顔をした。
「だって、この傷害事件の犯人、誰かに命令されてやったんでしょ?でももしこの人が事件で被害者を殺したんだとしても、被害者の言う犯人の特徴に当てはまらないよ」
「確かに、だとしたら命令した本人がやった可能性が高いわね」
紗季はそう言って眼鏡を取った。
中性的な声で、話し方が男。この条件となると、当てはまるのは一人だけ。
「雪ちゃん」
「え?」
「この条件に当てはまるのは雪ちゃんだけだよ!」
歩美は先に大きい声で言った。
紗季は歩美のいいように少したじろいだ。
「……確かにそうかもしれないけど、有名人よ。表の職業は小説家だし……わざわざ危険を冒してまでそんなことする?」
「嫌でも……やっぱ怪しいよ……」
歩美は小さい声で言った。
「そういえば、昨日の朝、今藤と何か話してたけど、何話してたの?」
「え、そ、それは……」
歩美は俯いて「何でもない」と言った。
昨日――。
雪と話した後、歩美は今藤に呼び出され、階段の裏で今藤と話した。
「ねえ、話って何?」
「……」
「?」
歩美は訝しげに聞いたが、今藤は黙ったまま、ポケットに手を入れた。
「聞きたいことがある」
「何?」
今藤は一呼吸おいてから歩美に言った。
「お前って兄弟居るのか?」
「うん。兄が一人」
今藤はファイルを渡してきた。
「これは、全世界の危険人物、及び指名手配犯の名簿だ」
「はあ?」
歩美はファイルを開いて一ページずつめくっていった。
めくっていって、一分ほど、ファイルの後ろの方になると、見慣れた名前が一つあった。
「……!これは……」
山根在人。兄の名前だった。
「これお前の兄か?」
「そうだけど……なんで指名手配なんか?」
歩美は今藤の方を見て言った。
「それはこっちが聞きたい。一体なぜおまえの兄がこの中に居るんだ?」
「兄は、二年前に失踪した。私は兄の行方を突き止めるため、探偵になった」
歩美はファイルを今藤に返した。
「兄は世界的なハッカーテロ組織である≪ラトレイアー≫に入っていたみたいだけど、彼らも兄の行方は突き止められていないらしくて」
「ラトレイアー?なんだそれ?」
「え?知らないの?」
歩美が今藤に言うと今藤は困ったように言った。
「俺はただの警官だし、公安なら何か知っているかもしれないけど……」
「……公安警察……ってどこで会えるの?」
「悪いが一般人には詳細は教えることができない」
今藤はファイルを受け取ると、歩美に背を向けた。
「じゃあ聞くけど、なんで今藤はこの名簿を持ってるの?」
「……」
「全国の指名手配犯ならわかるけど、全世界の指名手配犯の名簿なんて、よっぽどすごい諜報員でもない限り、この名簿を持ってるのは明らかに不自然」
歩美はポケットに手を入れた。そして、「それに――」と続けた。
「――さっきから全然ポケットから手を出してくれないのが気になるんだけど?」
歩美は今藤の背中を睨みつけた。
「……山根。こういうことは気づいても黙っておくものなんだよ?」
今藤は右ポケットから手を取り出した。手には拳銃が握られていた。
「俺は警察官として疑問なんだ。何故日本は疑わしきは罰さないのか」
「日本人の国民性でしょ?」
今藤は拳銃の安全装置を外した。
「世界的な指名手配犯の妹を見逃すわけにいかないんだよ」
今藤は引き金を引こうとした。しかしその手を止めた。
「なんで普通の警察が拳銃なんか持ってるの?いくら何でも許可は取ってないでしょ?」
「……ああそうだな。処分を受ける覚悟はできてる」
「……分かった分かった。じゃあ協力する」
「えっ」
今藤はどうして分かったんだ?と言おうとしてやめた。しかし歩美はその心を読んだように答えた。
「分かるよ。どうせ、私の兄を逮捕したいんでしょ?」
「ああそうだ」
「こんな回りくどいことするとはね」
「逆に分かりやすかっただろ?」
今藤は鼻で笑った。歩美はため息をついて俯いた。
「兄を逮捕するのは、まあ、構わない」
「何故?実の兄を逮捕するのに協力するんだ?」
「どんなに大事な人でも、私は犯人だと名指しする」
歩美は俯き気味に言った。
彼女は顔を上げて笑顔で言った。
「……って、これ好きなアニメのセリフなんだけどね」
「なんだよそれ」
今藤は困った顔をして言った。
「でも、冤罪だったら開放してね」
歩美はそう言ってその場から去ろうとした。今藤は歩美の襟をつかんだ。
「待て待て、まだ協力してほしいことがある」
「は?」
「実は、この名簿、俺の物じゃなくて、報告書を整理していたら出てきた名簿なんだ」
今藤はファイルを取り出して言った。
「じゃあ、何者かが≪警察署≫に侵入してこの名簿を入れた可能性があるという事?」
「そう言う事になる。しかし、それが何者なのかが突き止められていないんだ」
今藤は人差し指を立てた。
「それに、この名簿の中には、あるメモが挟まっていたんだ」
「メモ?」
歩美が首を傾げると、今藤は頷いた。
「ああ。『文垣先生を狙う者がいる』というメモだった」
「ふ、文垣先生を⁉」
歩美は驚いて大声を出してしまった。
今藤は経てた人差し指を口の前に動かした。
「お前にはそれを手伝ってほしいんだ」
「つまり、この名簿を入れたのは何者なのか、文垣先生を狙う者は誰なのか。それを突き止めてほしいってこと?」
今藤は腑に落ちない顔をしながら言う。
「ほんとは自力で突き止めたい。探偵に頼るのは癪なんだがな。先生を狙うのはかなりの手練れだろうしね」
「分かった。協力する」
――という会話をしたのだ。
(でも、文垣先生を狙っている人なんて知らないし)
歩美はそう考えながら、机の上のパソコンを立ち上げた。
本来ならば、パソコンは起動すると、ホーム画面が映し出されるのだが、今回映し出されたのは違った。
(あれ?)
歩美はパソコンの画面を見て不思議な顔をした。
なんせ、パソコンの画面には、『正しく起動されませんでした』という言葉が並べられていたのだから。
「えっ……パソコンが壊れた……」
歩美がそう呟いた途端、紗季は焦燥に駆られ、歩美の傍に駆け寄った。
「どうして?」
「知らないよ。調べ物をしようと思ってパソコンを起動したら、こんなことに」
紗季がパソコンを動かそうと、マウスを動かすとパソコンの画面が切り替わった。
「なんだ、大丈夫じゃない、って何これ⁉」
パソコンの画面には『二年前の忌まわしきCIA殺害事件』と書かれたネット記事だった。
「なんなのこれ?調べてたの?」
「知らないよ。紗季ちゃんじゃないの?」
「いえ、違うわ。私でもあなたでもないとすると、誰かがここに侵入してこのパソコンを使っていたということになる」
紗季はこのネット記事をスクショすると、そのデータを自分のスマホに転送した。
「このCIA殺害事件は二年前っていうのが疑問なんだけどね」
歩美は顎に手を当てて言った。
その日の授業中。
「それで、ここではこういう公式が当てはまり……」
三時間目は数学の時間だった。数学の時間だったのだが、授業には今一つ身が入らなかった。
「じゃあ、この問題を……夏田」
「え、あ、はい」
夏田は立って答えようとしたが、全く答えられていない。それもそのはず、海はさっきからずっと寝ていたのだから。
「答えは12×5だから60だよ」
海の後ろで雪がぼそぼそと答えを教えた。
「あ、えっと60です」
「正解。さすがだな。連携プレイが上手なことで」
先生は皮肉るように拍手した。その言葉にクラス全体が笑う。
しかし、歩美はその中で笑っていなかった。
(文垣先生の殺害依頼……か……)
「じゃあ次、山根」
「え?」
「ここ、分かるでしょ?」
「あ、すみません。聞いてませんでした」
歩美は先生に当てられて戸惑ってしまった。
「素直に謝られるのは良い。どっかの二人とは違ってな」
「アハハ……そうですね」
歩美は苦笑いを浮かべた。
一時間後、国語の授業だった。
「それでは、これで授業を終わります」
文垣先生は、教科書やノートを教卓の上でトントンとすると、教室へ出て行こうとした。
「先生!」
歩美は先生の元へ向かう。
「なんですか?」
「先生、もしかして、狙われてますか?」
歩美がそう聞くと、先生は目が点になった。
「……は?」
「ええ⁉」
「そんなわけないじゃないですか。誰が僕の事を?」
「そうだぞ歩美、何を言ってるんだか。くだらん妄想だな」
「妄想じゃないよ‼」
雪の言い草に歩美は顔を紅潮させる。
先生は、「何でもいいですけど、あまり遊びでそんなことしないでくださいね」
歩美は「はあい」と言った。
その日の放課後、午後6時半。
「もしもし?だから、引き受けないって言ってるでしょ?」
女の名は妃冴香(きさきさえか)。彼女は学内三大美女の内の一人だ。
「分かったわ。でも少し値段は高くつくけどもいい?」
「……ああなるほど。そう言う事なら任せて」
彼女は足に仕込んだナイフを取り出した。
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