第5話 ≪政府≫生徒会

この、日秀学園には政府が存在している。生徒会長と、その仲間たちをまとめて、政府と呼ぶのだ。生徒会役員はいわば≪議員≫で、数多くの生徒による選挙によって選出された数少ない優等生。


あたしは雪。この日秀学園に通うごくごく普通の中学生(?)。そんなあたしは愉快な仲間とともに学校に登校していた。


「ふわぁあ」


隣で情けなく絵菜があくびをする。


「そんなに眠いか?昨日何時に寝たんだ?」


「2時」


「2時⁉そいつは凄いな……早めに寝ないと、口内炎に……」


あたしがそう言いかけたとき、昇降口には生徒会が立っているのに気が付いた。


「風紀委員だな。見たところ3年のようだけど……」


「2年って誰が居るんだっけ?」


「さあな」


あたしはそう言って昇降口に入って行った。


「おはよ~」


聞き慣れた声に顔を上げると、そこには友人が立っていた。


「露、と倫」


友人である、矢下露(やじたつゆ)と彼方倫(おちかたりん)は元生徒会と現生徒会だ。


「雪ちゃんも早く生徒会においでよ~」


「遠慮しとくよ。あたしそういうの苦手だし……しっかりしてないとダメなんだろ?」


あたしは上靴に履き替えようと顔を下に向けた。すると倫は「十分しっかりしてるじゃん」と言ってきた。


「そんなわけないだろ。皮肉のつもりか?だったらやめとけ」


「ねえ、今度マスターのところに一緒に飲みに行こうよ。今度の取材があるから」


「良いよ。暇だしな。それに小説のネタにもなる」


あたしはそう言ってつま先を地面に軽く打つと、階段へと上がって行った。


ガラガラ。


教室のドアを開けると、歩美が大きく挨拶してきた。


「おはよ!」


「おはよう。随分元気なんだな」


「雪ちゃんは元気ないね。なんで?」


歩美の純粋な質問に私は眉間を寄せた。


「今日は、日直だからな」


「ああ。だから絵菜ちゃんも早いんだね」


あたしは無言で頷いた。


「前の席って海くんなんだよね?」


「ああ。あんまよく知らないけど。あいついっつもぎりぎりに来るよな」


あたしがそう言った瞬間、後ろからいきなりファイルボードを叩かれた。


「……おはよ」


「ってーな‼って海……」


「今日は早めに来ただろ」


あたしは怒りのあまり顔を赤くしてしまった。


我に返って海の机をよく見た。


「お前、まさか同じ班か?」


「ああ」


「はあ。あいつに全然似てない……」


あたしが荷物を抱えたまま頭をおさえると、歩美が顔を覗き込んで聞いてきた。


「アイツって誰?」


「いや、気にしなくていい」


「ええ?気になるよ」


歩美はそう言いながらあたしの後ろをついてきた。


「おい探偵野郎」


いきなり後ろから話しかけてきた。彼は警察官の今藤だった。


「今藤?どうしたの?」


4月15日。入学してから一週間経った。今日はとても大事な日なのである。


生徒会選挙。


そう、この日は全校生徒による選挙が行われる日なのだ。


「生徒会選挙……」


紗季は新聞部に配られた校内新聞を見ながら小さく呟いた。


「生徒会選挙には、倫ちゃんと露ちゃんが出るんだって」


歩美は紅茶を飲みながら言う。


紗季は歩美を横目に見ながら、新聞を机に叩き付けた。


「そういえば、雪ちゃんの友達、もう一人出るって言ってたような……」


「佐渡文華(さわたりあやか)。彼女、私と同じ塾だけど、生徒会もやってみようかと言ってたわ」


「へえ」


ドン。


事務所の外から何かを叩きつけるような音が聞こえてきた。


「うっ」


うめき声が聞こえてきた。


「えっ?何?」


歩美はソファを立つと、すぐに事務所から出た。


「……誰だお前?」


歩美が外に出ると、そこには背の高い帽子を深く被った男がいた。


(……緑のネクタイ、三年生?)


「た、ただの探偵だ」


「探偵?」


男は突っ立ったままだった。


「先輩!捕まえましたか?」


「ああ。まさかこいつが傷害事件の犯人とはな」


男の近くに来たのは、今藤だった。


「え⁉今藤?」


「や、山根……」


「え?じゃあ隣にいるのは警察の方?」


男は帽子を取ると、歩美の方を見た。


「怖がらせて悪かった。俺たちはただの警察だ。さ、早く加害者を連れていけ」


「はい」


「待て‼俺は関係ない!ただ俺はあの男に言われてやっただけだ‼」


犯人は一年生のようだった。


今藤が犯人に手錠をかける。


「あの男って誰?」


歩美が犯人に聞くと、犯人は焦燥に駆り立てられたように大声で叫んだ。


「電話で言われたんだ。『お前がこの男を後遺症が残るまで怪我させないと、お前の友人たち全員殺す』って……」


「……」


「なあ助けてくれよ!あの男が誰なのか突き止めてくれ‼」


「しかしなあ、その電話に記録が残ってない以上突き止めるのは難しい。悪いがお前には証拠も残ってるんだ。直接手を下したのはお前だしな」


「そんな……!」


男は今藤の腕を振り払おうと身体を翻していた。


「……何か気になるな」


「ま、お前が気にすることはない。あとは俺たち警察の仕事だ」


彼はそう言って今藤に着いていった。


その日の昼休み。


「おーい雪!」


「ああ?なんだよ尚か」


雪と尚は昼休み、廊下で話していた。


「一年生で逮捕者が出たってほんとかよ?」


「どうやらそうみたいだな」


雪は長い廊下の先を見た。


「あの男、誰かに命令されて事件を起こしたって言ってたが、結局は自業自得。情状酌量の余地は無しか」


雪は腕を組んで言った。


「そんな事より、今日は生徒会選挙の日だろ?」


「そうだな。今回は露は参加しないそうだな」


雪の言葉に尚は驚く。


「……えっ!マジかよ……」


「そんなびっくりするかね?」


薄暗いバーの中で今日もジュースを仕入れていた。


「……ブルーム―ン……」


マスター。本名菅沢流(すがさわりゅう)。彼はサッカー部に所属している海の同級生だ。ちなみに雪のことが嫌いだ。


(そういや、今回は、露は生徒会に立候補しないんだったな。まだ飲みに来るわけじゃなさそうだし、置いておかなくても良いだろ)


彼はブルームーンと記載されたカクテルを冷蔵庫へと戻した。


ブルーム―ンとはアジサイのような色合いから梅雨に楽しむ酒と言われている。ブルームーンと言う名前の由来に関しては詳細が分かっていない。


「今日は投票に参加しなくてもいいか」


マスターは小さく呟いた。


「そういえば、今日、露ちゃんが生徒会の司会をするんだって」


「そうなのか。珍しいな」


矢下露。彼女は、マスターと幼馴染だ。犯罪ジャーナリストで、同じくジャーナリストの松村と仕事仲間だ。生徒会を辞めた元≪税務局員≫生徒会会計で学校三大美女のうちの一人だ。そんな彼女は有名人なので、スキャンダルを気にして行動している。


雪は何か視線を感じ振り向いた。


「……気のせいか」


露は壁の後ろでほっとしたように胸を撫で下ろした。


「あっぶなー。歩美ちゃんは一般人だからバレないようにしないと……」


サングラスを外すと、体育館に向かう渡り廊下を歩いていった。


「おい」


その低い声色に驚いて肩をすくめた。


後ろを振り返ると、背の高いガタイの良い男がいた。


「な、何?」


「おまえ、矢下露か?」


「そうですけど……」


露は震えた声で返事をした。


ドンッ


男が後ろの方に手を叩き付ける。露は驚いて小さな悲鳴を上げた。


目の前が暗転した。


生徒会選挙が始まった。


しかし、投票する生徒が全員体育館に集まったはものの、一向に選挙が始まる気配がない。よく見れば、舞台袖には露も居なかった。


「どうしたんだろう?露ちゃん」


歩美がそう呟いた時、舞台の上に立っていた、生徒の内の一人が雪にマイクを向けてきた。


「秋原さん。お願いします!矢下さんの代わりに司会をしていただけないでしょうか?」


「は、はあ⁉あたしに?」


「はい、あなたはよく顔も広いですし、お願いします」


雪がマイクを受け取らずオロオロしていると、海が、


「別に良いだろ。やってみろよ」


海がマイクを取って雪に向けた。


「お前なあ……」


雪ははあとため息をついて、言った。


「しょうがないなあ」


雪はマイクを受け取ると後ろの方へと回ってステージに上がった。


「えーと……皆さん、初めまして。小説家の秋原雪です。今露が用事のおかげで来られないみたいで……」


そう言った瞬間体育館にいる男子生徒が「ええ?」と声をそろえた。


その声の後だんだんうるさくなっていった。


「ふざけんなよ。用事って何?」「露ちゃんが来るから私達も投票しようと思ってたのに……」という声が聞こえ始めた。


雪はそれに気づき、冷静に手を前に出して言った。


「分かった分かった。じゃあ、この前会った露の話でもしようかな」


その言葉に群衆は静かになる。


「めちゃくちゃ可愛い話だから。それでいいだろ?な?」


雪は苦笑いで言った。すると全員ぱあっと笑顔になった。


「アホだな」


海は鼻で笑った。絵菜はその隣で頭を抱えた。


「あの人のファンってなんでこう馬鹿が多いのかな?ねえ歩美ちゃん」


歩美は二人の隣からいなくなっていた。


歩美は体育館から校舎に続く渡り廊下に出た。渡り廊下には、青色のお守りが落ちていた。


「このお守り……」


お守りの中には一枚の写真が入っていた。


廊下の先を見ると、砂が不自然にかかっていた。




「なんで生徒会に立候補しなかったんだ?」


「えっ?いやだって……」


「お前が会計を辞めるなんて聞いてないぞ」


男は露に向かって手のひらを出した。


「仕方ない。だったら金を払ってもらおうか」


「え⁉」


「当たり前だろ。お前は俺たちにとって危険な人物なんだ。ほんとは殺す予定だったんだが、金を払ってくれるんなら見逃してやる」


男は「さあ早く」と手を自分の方に向けた。


「か、金は渡せない」


「何故だ?」


「こ、このお金は……か、彼氏に買うプレゼント用で……」


露がそう言った途端、男の方はどんどん笑顔になっていった。


「へえ。なるほどな。いいネタじゃないか。このネタはいくらで売れるかな?」


「あっ……」


露は戸惑って顔がどんどん青くなっていく。


「露ちゃーん!」


「あ?」


歩美は露の元へ駆け寄った。


「誰だお前?」


男は物凄い形相で歩美を睨みつけた。


「え?えっと……」


(もしかして取材対象者かな?)


露は困り眉のまま歩美を見つめて口だけ動かして言った。


「なんでここが分かったの?」


歩美は察して口パクで返した。


「足跡」


と言った。


廊下にはバレーボールが落ちていた。


「ここって、バレーボール部の部室の近く?」


歩美がそうい聞くと、男は黙って頷いた。


「ねえ、君って何者?」


歩美がそう聞いた瞬間、ガラガラと奥の部屋が開いた。


「あれ?露?お前今日司会なんじゃ?」


後ろの方にはマスターが居た。


「流……」


「まさかお前、こいつの彼氏か?」


「はあ?」


男は露から離れると、マスターから後退りした。


「いや、だから違うって……」


「ちょうどいい。こいつのスキャンダルとして売ってやろう。その前に、お前をぶっ飛ばしてからな‼」


男はバレーボールを投げつけた。


マスターは構えた。


(馬鹿だ。こいつ俺がバレー部の三年だとも知らないで……)


男はマスターが足でボールを跳ね返そうとしたのを見て鼻で笑った。


マスターは足を勢いよく上げた。


男はマスターの足が粉々に砕けると予想していた。が、その予想とは裏腹にマスターは足でボールを跳ね返した。


するとボールは矢のごとく男のすぐそばを通った。


ボールはそのまま廊下の端の壁にぶつかり、壁にはヒビが入った。


男は短い悲鳴を上げると、マスターの方を震えながら見た。


「おい露、また俺の事を彼氏って嘘ついたろ?」


「ごめんね」


露はマスターの前で手を合わせて謝っている。


「えっと……マスター……?」


歩美は小刻みに震えながら二人の方を見た。


「ん?どうした」


マスターは何事もないかのように無表情のまま答えた。


「すみませんでしたああああああああ‼忘れて下さあああああい!」


男はマスターの方を見ると光のごとく走って行った。


相変わらず廊下の壁の端にはボールが突き刺さっていた。


その後、何とかして露は体育館に行き、選挙は無事に行われた。文華はのちに体調不良(寝坊)を起こし、出席出来なかったが、何とか生徒会への仲間入りを果たした。


ちなみに雪には死ぬほど怒られたそうだ。


「お前、投票に参加したのか?」


「え?うん」


マスターの質問に露は不思議そうな顔で言った。


露の隣で歩美が青い顔で言う。


「そんな事より、ここの廊下の壁、ヤバいことになってるけど、放置してていいの?」


「大丈夫。実は俺、サッカー部の中でも一番脚力が強くて、それであんなことに」


「な、なるほど……」


歩美は苦笑いで言った。


「ありがとね。ブルーム―ン」


露は席を立つ。マスターは「こちらこそ」と言ってカクテルグラスを取った。


歩美は露が出て行ったのを確認してから、マスターにこっそり耳打ちした。


「ねえ、知ってる?ブルームーンの名前の意味」


マスターは首を横に振った。


「フランス語で『完全なる愛』だって」


歩美はそう言って財布から五百円玉を出すと、席を立った。


「え?」


マスターは呆然と立ったまま、露の飲んだカクテルグラスを見つめた。


カランカラン。


「あっ松村」


「よ、山根」


歩美が出て行こうとした瞬間、松村が入れ違いで入ってきた。


「久しぶり、マスター」


「……久しぶり」


マスターは顔を赤くして俯いていた。


「もしもし?」


松村は暗い中スマホで電話している。


「ああ、分かってる。急ぎだな。任せろ」


松村は電話を切った。パソコンの画面に目を移す。パソコンの画面には『二年前の忌まわしきCIA殺害事件』と記載されている記事だった。

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