第15話 管理官

 歩美たちは局長から話を聞いた後、事務所へ戻った。時刻はすでに六時を回っていた。


「私、もう一回、雪ちゃんのところに行ってみる。紗季ちゃんはどうする?」

「私は、帰るわ。弟が待ってるし」

「そっか。じゃあね」


 紗季は書斎机の後ろにかけてあったジャケットを手に取り、そそくさと事務所を出て行った。


「さて」


 歩美は、局長からの情報を書いたメモを破り、荷物を持って事務所を出た。



 コンコン。

 歩美はノックする。すると、部屋のドアが開いた。


「お前か。今度は何の用だ」


 出てきたのは雪だ。雪の目は少しだけ赤かった。


「答え合わせをしよう」

「……ああ。良いぜ」


 雪は歩美を部屋の中に引き入れた。


 部屋の中は昼間と変わらなかった。ただ少し、昼間に比べ、部屋の照明が明るく感じた。


「雪ちゃん。雪ちゃんは、どうして、CIAを辞めたの?」

「もう、あんなところにいる気にはなれない。それにな、海に言われたんだ。『人を殺すな』って、約束だ。CIAに居れば、人を殺すしか道がない。だからやめた」


 初めて会った時に、何故気づかなかったのか。雪の目の下はクマがすごかった。

 雪は上を見上げる。


「それで?」

「……」


 雪は歩美の方を見て聞く。歩美は雪とは正反対の真面目な顔で聞く。


「質問なんだけど、雪ちゃんは、今、就いている職業は、?」


 歩美は雪に問う。雪は、笑ったままだった。


「探偵に答えられるものではない」

「そういう職業なの?」

「そうだな」


 雪はパソコンが乗っている机の引き出しから、大きな卒業証書の挟んである板のようなものを取り出し、歩美に近づいた。


「中の紙はすでにコピーしてある。ラトレイアーに所属するメンバーのコードネーム表だ。ラトレイアーは能力を認められた者だけが、コードネームを与えられる」

「これをどこで?」

「CIAを辞めるとき、仇の名を忘れぬよう、データベースからコピーしたんだ。とはいえ、彼らの本名は知らないからな。参考になるかは分からないが」

「……ありがとう。使わせてもらう」


 歩美は小さく頭を下げ、すぐガラガラとドアを開け部屋を出て行った。


 外はもう既に暗くなっていた。

 校舎内から校庭を見ると、サッカー部が片づけを済ませ、門から出て行くのが見えた。

 しかし、その中に、マスター——菅沢流すがさわりゅうが見当たらないのだ。


「あれ?マスターは?」


 歩美は、紗季に電話を掛ける。


「もしもし。紗季ちゃん。ちょっと、気になることがあるから、また今度説明するね」

『え?何かあったの?』

「うん。弟君によろしく」


 歩美はそれだけ言い、電話を切った。



 雪は歩美が部屋を出て行ったあと、PCの電源を切って教室を出た。教室を出てすぐ周囲に人がいないのを確認すると、教室の隣にある階段を下りた。


 降りた先は一階。降りて右を曲がり、真っ直ぐに歩き続ける。

 他の教室の電気が消えているのにも関わらず、その部屋だけ明かりがついていた。

 ガラガラ。

 ドアを開けると、サッカー部のユニフォーム姿でカウンターのグラスを拭いている。


「マスター。ホワイトレディを四杯」

「かしこまりました」


 マスターはグラスを一つ取り出すと、雪はそこに千円札を入れた。


「しかと受け取りました。リュゼ、もう全員揃ってる」

「……気味の悪いやつらだな」

「お前が言うか」


 マスターは表情を一切変えず、カウンターの後ろにあるドアを開けた。


「失礼します。管理官、リュゼをお連れしました」

「よし。これで全員揃ったな」


 管理官に一番近くにいる背の高い男は、かなり短髪、カーディガンの上からジャケットを着ている。彼の名は、中家景音なかいえけいん

 その隣にいるのは、妃冴香。黒い髪をハーフアップにしている。

 管理官は落ちていた眼鏡をかけなおすと、その場にいる四人の顔を見て言った。


「サージュ、ベル、リュゼ、マスター。ラトレイアーの情報で何か収穫はあったか?」

「いいえ、特には」

「俺も無い」

「あたしはある。て言っても、そんな大したものじゃないが。探偵が奴らの周りを嗅ぎまわってる。気を付けた方がいい」


 雪が言った後、ベルはまた口を開いた。


「何となく、その探偵が誰なのか、予想がつくわ」

「俺は知らないな」

「俺も」


 景音は首を横に振る。それに合わせマスターも目を伏せる。


「ここに所属しているとは言え、あたしたちはフリーだ。だから、奴らからの依頼が舞い込んでくることもある」

「私なんかは、わざわざスパイしてるくらいだしね」


 冴香は無表情で管理官に言い放った。管理官は「だから君たちに頼んでるんだろ?情報収集を。ボスがあの組織の情報を欲しがっているのは知ってるんだよな」と言った。

 その管理官の顔をしっかり見据え、景音は言った。


「もちろんだろ?でも俺に期待するのはやめた方がいい。だって俺、ただの詐欺師だからな。資金集めにしか役に立たない。そもそもこんな子供騙しなごっこ遊びもさっさとやめるべきだと俺は思ってる」

「はっ、それはあたしも賛成だ。こんなとこに居れば、命の保証なんてあったもんじゃねえ」


 雪も笑いながら景音の言葉に賛同する。


「一番情報を得やすいのは、マスターよね。収穫は無いの?」

「無いね。いくら犯罪者がはびこると言っても、奴らがあんなところで重要な会話など行わない。あるのはヤクザの麻薬の取引や、武器の買取だけだ」


 マスターが答えると、雪は呆れたような声を漏らした。


「話にならねえ。ああ、武器で思い出した。管理官、新しい武器庫を頼む。地下でも構わん。用意してくれ」

「分かった。今日はもう暗いんだ。皆、もう帰れ」


 管理官がそう言うと、冴香と景音はドアへ向かった。


「サージュ、あなた今日部活なかったの?」

「貧血で休んだ」

「……」


 雪は二人を見送る。マスターは雪の方をじっと見ている。


「リュゼ、依頼の方はどうなった?」

「無理だ。あの依頼は、とてもじゃないがこなせない」

「どう対処するつもりで?」

「依頼者を……そのラトレイアーの仲間を、捕らえるか、それしか方法がない」

「ああ、そうか」


 マスターは不満げな顔をさらに際立たせた。


「早くしろ秋原」

「本名で呼ぶのやめろよな」


 雪はそう言い、ドアを開けるマスターについて行った。

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