第17話 ブラックローズ・クラン

 米秀小学校・米秀学園の中でも、もっとも有名なマフィア組織、『ブラックローズ・クラン』。彼らは今朝、海を捕まえ、校舎内へ運んだ。


 海が目を覚ましたのは、丁度放課後の時刻。

 暖かい色の照明が部屋全体を照らしており、見たことない部屋だった。

 右上に短針が四を見つけ、海はあたりを見渡す。どうやら両手は後ろに拘束されており、足は自由だが、両手を結び付けている鎖の長さからは、立つことは容易ではない。

 此処がどこなのかは、見当はつかなかったが、誰が連れてきたのか、それだけはすぐわかった。

 なぜなら、目の前に、今朝見かけた女がいたからだ。


「おっと、もう起きたか。早いね」


 女は海の顔を見て言った。


「お前、どっかで……」


 彼女の顔は以前どこかで、見たような気がしてならない。

 海はなぜかあふれてくる怒りの感情を押し殺し、自分を支配する感情を恐怖だけに縛ろうとした。


「私、八崎美菜。覚えてる?」

「……」


 正直、忘れたわけではなかった。でも、なぜか思い出せない。この女の顔を見て思い出すのは、いつも隣にいた、赤色のパーカーを着て、白衣を羽織った、いつも笑顔で明るいあの女だった。


「……あなたに会った後、研究所内を隈なく探したわ。やっぱり残ってたね。『不老不死』の研究資料」


 不老不死の研究資料、と聞いて、海はハッとした。

 美菜は十枚ほどの研究資料をパタパタさせながら海の方を見る。


「でもね。残念なことに、この研究資料は先にMI6が持って行ってしまっていたから、あったのは、マウスの実験内容だけ。一番重要な結果の書かれた資料だけを根こそぎ持ってかれたの」

「な、何が言いたい?」


 美菜は持っている研究資料を床に叩きつけた。


「この無駄な資料を捨てようか、何度も迷った。でも捨てなかった。なぜならこの資料のどれかに、きっと主任研究員のサインが入っているはずだから」

「……」


 主任研究員のサインと聞いて、海は目を見開く。


「それで血眼になって調べたら、あなたのサインを見つけた」

「……あ」


 美菜は揚々とした笑顔で一枚の研究資料を拾い上げ、Kaiと書かれた筆記体のサインを見つけ、海の顔がどんどん青ざめる。

 体温が下がり、うまく言葉にできないような絶望が喉につかえている。


「ねえ、教えてよ。この研究について」

「い、いや、だ。誰が教えると思う?」

「……そう」


 美菜はそう言い拳銃を海に向ける。


「教えないと、撃つ」

「……」


 海は目に涙を溜めるが、それを流さないよう必死に我慢する。

 ピロンと、スマホの通知音が聞こえた。


「フン。まあいい。ちょっとこっち来てよ」


 美菜は海の手首を拘束した鎖を解く。


「……」


 美菜は解くと、その鎖を引っ張った。


「うっ……おい」


 躓いた海は皆を睨みつける。


「いいもの見せてあげる」


 美菜は不敵な笑みを浮かべる。

 その笑顔で海は、言葉にできない絶望が一つ増えた。



 数分前。

 家に帰って、私服に着替え、米秀学園へ向かった。

 海を探しに来た、雪、紗季、歩美の三人は、米秀学園の前に居た。

 米秀学園の門の内側に意味深な階段が二つあった。


「奴らが拠点としてるのは地下だ。地下に海がいるだろうな。三人も居るんだ。二手に分かれようぜ」

「じゃあ、私は歩美と二人で右に行くわ」

「じゃ、あたしは左だな」


 三人はそう言ってそれぞれの階段を下りて行った。



 歩美と紗季は右側の階段を下りる。

 その途中で、雫の落ちる音が響き渡っている。


「なんなの……この音?」

「さあ」


 階段を下りる途中で、男の声が聞こえた。


「君は……」

「……」


 男はこちら振り向いた。


「また連絡する」


 それだけ言った男は、走って階段を下りて行った。


「待って」

「……紗季ちゃん。今は海を助けるのが先。追わなくても、大丈夫」


 歩美が手を伸ばして紗季を止める。

 男は、一際明るい踊り場で歩美の言葉を聞き、ため息を吐いた。



 一方、雪の方は、余裕そうな顔で、階段を下りていく。

 雫の落ちる音には屈せず、素早く下りていく。

 踊り場を通り過ぎたところで突然立ち止まった。


「……」


 雪は背中に気配を感じた。ゆっくり後ろに振り向こうとした瞬間、白いハンカチが雪の口を覆った。


「うっ……」


 ハンカチを持つ手を摑もうと、腕を伸ばすが、だんだん力が入らなくなる。

 その内、意識も遠のき始め、その場に倒れこんだ。



 美菜は鎖を手に持ち廊下を歩く。


「ここだよ」


 美菜は突然立ち止まる。それに合わせ、海も立ち止まる。

 美菜はゆっくりドアを開けた。


 部屋の奥には一台のモニターとそれに接続されたキーボードとマウス。


「これは……」


 海はぽかんとした顔で、それらを見る。

 美菜は鎖を前に引く。驚いた海は躓いてしまう。


「早くモニターの前まで歩いて」

「……」


 海は言われた通り、もう一度立ち上がり、モニターの前まで歩く。

 モニターに映っていたのは、ベッドで両手をガムテープで拘束され眠っている雪だった。


「雪……!!」

「やっぱり知ってるか」

「……」


 海は美菜の方を睨む。


「もし、君がさっきの情報をくれるなら、雪の命は助けてやる。モニターの先には私の部下が一人、彼が拳銃を持ってる。もし君が私達に研究の情報を渡さないなら、彼が引き金を引いて、彼女を殺す」

「……!」


 殺す、という言葉を聞いて、海の顔色が悪くなる。


「……十秒以内に答えを決めて。十、九、八……」

「お、おい……」


 カウントはどんどん進んでいく。焦った海は、雪と昔の相棒の姿を重ねていた。


「三、二、一。どうぞ」

「あああああああああああ!!止せ、やめろ!」

「……」


 美菜は連絡を取り合っていた無線のようなものを落とした。


「……な、何を……馬鹿、に、してるの……?」


 美菜の声が聞こえたとき、海は顔を上げてモニターを見る。

 モニターの先に居たのは、手を拘束したまま男の顔を蹴る雪の姿だった。


『うがっ……』


 床に落ちた無線から男の声が聞こえた。

 雪はベッドに座り、後ろに拘束された両手を下から回し、両足をくぐらせる。

 雪は口でガムテープを噛み、引きちぎると、男の落とした無線を拾い上げた。


『久しぶりだな、美菜。元気にしてたか?』


 美菜は無線を拾い、「ああ。元気だよ」と言った。


『ほう。無線の先から、海の叫び声が聞こえたが、まさかそこにいるんじゃないだろうな』


「どうして分かっ——」

『——海?今から行くから待ってろ』


 カチッ。無線の切る音が聞こえた。

 海は涙を流し、俯いた。

 昔、の途中で亡くしてしまった、たった一人の研究仲間を思い出していた。

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