第3話 怪しい授業で

あれから、数日が経った。

あれから何か進展があったわけではない。ただ……

「初めての授業だー‼」

「うるさいぞ歩美」

歩美は大きな声で両手を挙げる。今日は三時間授業だ。とても楽しみにしているのだろう。

「そんなに楽しみか?授業なんて、くだらねー」

雪は机の上に座って足を組んでいる。

「行儀悪いよ秋原さん」

「あ?なんだよ優等生さん」

雪に話しかけたのは、眼鏡をかけた真面目そうな少年だ。

「俺は、風紀委員の今藤だ。それより早く降りろ。机は座るものじゃない」

「ヘイヘイ。分かったよ」

雪は仕方なく、机から降りた。

「気合入りすぎだぞ今藤。お前、そんな奴だっけ?」

「うるせえ海、黙れ」

彼に後ろから話しかけたのは夏田海。

「へえ、随分なかよしじゃん」

「そりゃあな。小学校から一緒だし」

雪はいつの間にかいなくなっていた。

「おい髙宮の野郎。記念すべき最初の授業が国語なんて、あたしはなんて運がいいんだ」

「どしたのいきなり?熱でもあるの?」

「ち、違う!何でもない」

「はあ?」

歩美は話している二人に話しかけた。

「二人とも‼国語教えてよ!」

「おっ良いぜ‼」

絵菜は隣で頬杖を突きながら言った。

「私はパス。国語はつまんないし」

「そんなこと言うなよ。あたしが教えてやるから。な?」

「遠慮しとく。漫画描いてる方が楽しいし」

絵菜は組んだ雪の腕を振り払った。

「それは残念。学年通信には、あの先生の名前が載ってたのに」

「あの先生って……」

雪は咳ばらいをした。

「そうそれは、あの人気な先生、文垣先生だ‼」

雪は大きな声で言った。絵菜がそれを見て、きまり悪そうに言う。

「なるほど、あの嫌いな生徒を探す方が難しい先生ね」

ガラガラ。

教室のドアが開く音が聞こえてきた。その瞬間。教室が静まり返った。

全員がその音に気が付き席に戻る。

「どうも。今日からこのクラスの国語の担当をします。ここは四組ですよね。先生は五組の担当で。去年先生が担当してたっていう人—」

先生は教卓に荷物を置いて、話をし始めた。すると、教室の半分が手を挙げた。

「あれ、結構多いな。じゃあ、自己紹介は無くてもいいかな」

先生はそう言うと、くるりと背を向け、黒板に名前を書いた。

「文垣紘。これが先生の名前です」

先生は純粋そうだった。一切の曇りがない眼には、生徒を信用させる効果があった。



先生たちは、学校の中にある≪社会≫を知らない。

半世紀ほど前から日秀学園を筆頭に、学校の中で構築された子供だけの世界だ。学校の中だけでは彼らは大人になることができる。

生徒たちには職業がそれぞれある。

そして、この広い校内に会社や、事務所を構えることができる。それが歩美の探偵事務所だ。

そして、犯罪ももちろんある。窃盗や強盗、さらには、殺人も。

そしてそんな犯罪者を取り締まるのが、警察と呼ばれる人たちだ。

職業は、自分で決められるものもあれば、委員会や係、部活動によって役職が決められる。

隣町や、周囲の学校は、外国と言っている。今でこそ戦争は無くなり、平和になったが、以前までは物凄い戦いを繰り広げていた。



「あれ?みんなどうしました?そんな顔して……」

生徒たちが怪しそうな眼を向けるのは当然だ。何も知らない先生とはいえ、信用できない。もしかしたら他国からのスパイの可能性も拭えないのだから。

「いえ、別に。ただ、俺からしたら少し疑わしいので……」

静かな教室で声を出したのは今藤だった。

「まあ、俺は警察だし、この国の安全性について少し疑問だったんですよ」

「警察?この国?何かの遊びですか?」

先生の言葉に、今藤は首を横に振る。

「何でもないです。忘れてください」

そう言う今藤に先生は首を傾げた。髙宮はその光景を見て、ため息を吐いた。

「さて、それで授業を始めたいのですが……」

ぴろりん。

携帯が鳴った。

「おっとすみません。メールですね。ちょっと電話してきます」

先生はそう言いながらスマホ片手に出て行った。

「電話、気になるなあ」

「誰からの電話だろう?」

歩美がそう言うと、今藤は立ち上がった。

「ちょっと俺、気になるから見てくるよ」

「え?今藤?待ってよ私も行くよ」

今藤は振り返り、ついてくる歩美に言い放った。

「お前来るな。つか、来る意味ないだろ。ここは警察の俺が行く」

「意味ならある。私探偵だし」

歩美は自分の胸を張り、その胸を叩いた。

今藤は少し「うーん……」と悩んでいる。

「ま、良いんじゃねえの?気になるんなら行って来いよ。好奇心は探偵の餌だろ?」

教室の後ろの方で雪が頬杖を突きながら言う。

「……分かった。探偵に協力するというのが多少癪だが、良いだろう」

今藤は渋々頷いた。

2人は教室のドアから少し顔を出した。

「そうですね。はい。問題なく、それで進めて行っていいですよ」

「仕事の連絡か?」

「どうやらそうみたいだよ?」

先生の電話の内容を聞いて二人は安心したのか、教室へ戻った。

「なんだんたんだ?」

「さあ」

雪の前で海が言う。

「……お前、名前なんていうんだ?」

「え。雪だけど?」

「雪?……あ、ああそうか」

海は雪の名を聞いた瞬間不自然な笑顔を見せた。

「……そっちは、海(うみ)って書いて海(かい)って読むんだな」

「そうだけど、それがどうしたんだ?」

「いや、別に」

海は身体を前に向き直した。

雪は窓の外を見つめた。



先生は廊下で電話している。

「え。ああ、そうですね。別に構わないですけど……。あ、でも少し困りましたね。実は俺、誰かに狙われてるみたいで……そうです。生徒の内の誰かに」



「……え?」

歩美は自分の席に戻ろうとしていた時に不吉な話を小耳にはさんだ。

「どうした?」

「今、先生が狙われてるって、今自分で」

「はあ?冗談だろ。聞き間違いじゃないのか?」

今藤は歩美の後ろから話しかける。

「確かに。そうだよね」

2人は先生が教室に戻ってくる前に席に戻った。

ガラガラ。

「すみません。少し長くなってしまいました」

先生はそう言ってスマホをポケットに入れた。

「それでは早速授業を」

キーンコーンカーンコーン

「あー。なってしまいましたね。まあいいでしょう。授業は次にやるので」

先生は挨拶もせずに教室を出て行った。



歩美は教室を出て紗季に話をしに行っていた。

「それで、そっちは誰なの?」

「新しく入ってきた先生よ。そっちは文垣先生で羨ましいわー」

「でしょ?」

歩美は満面の笑みを紗季に見せつけた。

「それよりも、今日あのバーに行かない?」

「良いよ‼マスターに会うの久しぶりだな」

歩美はガッツポーズをした。

「そういえば、マスターは最近、サッカー部に行ってないんだと」

雪が後ろから話しかけてきた。

「雪ちゃん。マスターのこと知ってるの?」

「ああ、まあな。塾が一緒なんでね」

「あら意外。頭悪いから行ってないのかと思った」

紗季がそう言うと、雪の隣で絵菜が「失礼でしょ」と言った。

「冗談よ」

歩美と紗季は少し笑った。

「アハハ。マスターは最近忙しいみたいでさ。新しい≪酒≫がまだ仕入れられてないらしいよ」

「えー。じゃあ放課後行っても無理かな?」

雪は首を振りながら言った。

「いや、マスターは客のために一応用意はしてるらしいよ。親に見つからないようにどうにかして持ってこようとしたらしいよ」

雪が言った後、歩美は笑顔で言った。

「露ちゃんとマスターはもう≪交際届≫出したのかな?」

「さあ。どうだろうな。出してなかったら犯罪になるけど、二人曰く付き合ってないと、いまだに否定してるさ」

雪の言葉に紗季が驚く。

「まだ否定してんの?もう良いじゃない。認めてよ」

「ほんとそうだよな。今日飲みに行くから、その時に言っておくよ」

雪は笑顔で言った。



カランカラン。

ドアが開いた。

「マスター。ムーンライトを一杯」

「秋原。まさかお前が来るとはな。珍しいわけじゃないけどな」

マスターと呼ばれる人物は、カクテルグラスを取り出すと、冷蔵庫からレモネードを取り出した。

雪は少し笑った。

「アハハ。なんかバカみたいだな。未成年飲酒ができないからって、ジュースを使って酒の代わりにするなんてな。これ考えた先輩の顔が見てみたいな」

「随分失礼なこと言うんだな。それよりお前、新しいクラスどうなんだよ?」

雪は、カクテルを飲む手を止めた。

「あ、ああ。まあでも、いい奴はいるぞ。それに国語の時間が良かったさ。文垣先生だからさ」

「あ、そう」

マスターは静かにそう言った。

カランカラン。

「ん?」

「……」

「依頼だ。ブラックスノー」

「……分かった」

雪は静かに頷いた。

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