第2話 初めての依頼人

「あのー。依頼場所は此処だって表の看板に書いてあったんですけど……」

ドアを開けたのは、茶髪の女子だった。

黄色のリボンだ。一年生だろう。

「は、はーい」

「初めての依頼ね」

歩美は先ほどまで寝転がっていたソファから立ち上がると、そのソファの向こうにある椅子に座った。

「それで、何を相談しに来たの?」

紗季が聞くと、一年生の子が言った。

「実は私、六年生の頃から付き合っている彼氏が居るんですけど、最近彼の様子がおかしくて……」

「なるほどね。素行調査ってわけか……」

歩美は納得したように顎に手を当てる。

「じゃあ、名前教えてくれる?」

「はい。私、三夜月奈(さんや つきな)といいます。彼氏は、待夜陽人(まちや はると)っていいます」

月奈はそう言った。

「どっちも苗字に夜が入ってるなんて珍しいじゃない」

「分かった。じゃあ早速探しに行くよ」

「どうかしらね」

意気込む歩美とは反対に紗季は後ろ向きだ。

「二年生だけでも、とんでもない数なのに、ほとんど関わりの無い別の学年から探すなんて無理がある。そう簡単には見つからない」

そんな紗季の言葉に対して、歩美が前向きに言う。

「大丈夫だよ!きっと見つかるから‼」

「まあ、名前が分かれば、聞き込みするだけだから楽ね」

紗季は眼鏡をクッと直す。その隣で歩美が笑顔になる。



「よーし!そうと決まれば、聞き込みだ―‼」

歩美は紗季の隣で拳を挙げている。

紗季はその隣で小さくため息を吐いた。

歩美は、目の前を通った一人の少年に話しかけた。

「ねえ。待夜陽人って知ってる?」

「はい。知ってますけど……」

怪訝そうに答えたのは、黄色いネクタイの少年。一年生だ。

少年は白い綺麗な靴を履いていた。

「あのね。私達探偵なの。あなたは何の仕事してるの?」

「俺は、ただの新聞記者です。新聞部なので」

少年は答えた。紗季は次にまた質問した。

「陽人くんの素行調査をしているの。今どこにいるか分かるなら教えてくれない?」

「あいつなら今、階段裏にいると思いますよ。不自然にそこに行ったので」

少年が指さしたのは、階段だった。あれの後ろにいる、確かに不自然だ。人目に付かないところで、浮気相手とイチャイチャしているのだろうか。

「うぇー気持ちわる……」

「何言ってんの?早く行きましょ」

紗季は歩美の前を通って行く。

「あれ?居ない」

階段の裏を覗いたが誰も居なかった。

「おかしいわね、こっちに行ったんでしょ?」

紗季が後ろを振り向くと、あの少年はもういなくなっていた。

「……妙だね。あの子の言ってることがほんとなら、此処にいるはずなんだけど」

階段の向こう側は行き止まりだ。部屋があるわけではない。

「……待って、あの子の足元覚えてる?」

「え?確かに綺麗な靴とは思ったけど……」

歩美の問いに紗季はハッと気が付いた。

「校舎の中なのに靴……あの人は嘘を吐いてる」



薄暗い教室だ。天井はかなり汚い。何十年も掃除されていないように思える。

「……誰だ?俺をここに呼んだのは」

カチャ。

振り返ろうとすると、背中に強く何かを当てられる感覚があった。

「手を上げなさい」

「な、何を……」

「質問があるの」

女の声だ。背中に当てられているのは拳銃だろう。

「質問?」

「ええ。世界的に有名なあのハッカー集団、を裏切ろうとしたのはアンタでしょ?」

女は後ろで銃を構えている。

「言ったはずでしょ?少しでも抜けようとしたら情報漏洩を防ぐため命はないと。入った瞬間まともな人生を送る事なんてできない。その覚悟で、私たちハッカー集団に入ってきたんでしょ?」

そして彼女は少し間を空けて行った。

「そうでしょ……陽人」



一方その頃。

「見つからないなあ。どこに居るんだろ?」

歩美は手を地面に水平にして額に当てている。

「さあ。でも、何となくわかる。だって、靴を履いてたってことは外にいる、もしくは外に出ないと移動できない場所ってこと」

歩美はじっと外を見た。

そしてハッとした顔をする。

「あっ、体育館じゃない?体育館は、一応渡り廊下はあっても、目立たないように行くには外に行くしかないよ」

紗季は、「確かに」というと上靴のまま外に飛び出した。

「靴に履き替えないのー?」

「早く行って証拠をおさえましょう」

「もう……」

歩美は呆れて肩を落とす。歩美も靴を履き替えずに先の後を追いかけた。



女は後ろでずっと拳銃を向けてくる。

「ねえ、陽人。探偵の目は巻いてきたんでしょうね?なにやら外が騒がしいように思うのだけど……」

「探偵?」

陽人は声を出した。女は続けた。

「あら、聞いたことないの?私達ハッカー集団が仲間に引き入れた、あの女の兄を。追いかけてるのは、感づかれたからかしら」

彼女は後ろを少し振り向いた。

「まあいいわ。来る前に殺すだけ……」



歩美は上靴のまま体育館に向かっていた。すると突然後ろから話しかけられた。

「あれ。山根さん」

「あ、月奈ちゃん」

「順調ですか?」

月奈の言葉に歩美が言葉を詰まらせる。

「あー、うん。順調だよ」

そう言った途端、紗季が声を荒げた。

「居たわ!けどあれは……」

歩美と月奈が紗季の方を見る。

「どうしたの?」

目の前には両手を上げる男と、拳銃を向ける女がいた。

「ッチ……やっぱり巻いてなかったのね。いらない客が来たわ。でもしょうがない。いらないなら排除するまで」

彼女はそう言うと、三人の居る方向に銃口を向けた。

「ど、どうしてこんなことを……」

「あら、実の兄の事なのに知らないのー?いいわ。教えてあげる」

銃口を上にあげると、女は説明した。

「私たちは、世界的に有名なハッカー集団の一員。ハッカー集団ってのは建前で、実際は巨大なテロ組織だけど」

「私の兄ってどういうこと?二年前に失踪したけど……まさか、アンタらが殺したってことじゃ……」

歩美の言葉に女は言葉を詰まらせる。

「……っ、在人が失踪?私達のところにもいないけど」

「じゃあつまり、兄はアンタらの言うそのハッカー集団に入り、そのまま失踪してしまったってこと?」

女は無言で頷きながら言った。

「……そう言う事になるわね。まあ今はそんな事よりも、アンタこいつの彼女?」

「は、はい」

女は月奈に銃を向ける。すると馬鹿にするように鼻で笑った。

「じゃあ、都合がいいわ。人質を変えましょう。もし陽人がハッカー集団から抜ければ、この子を殺す」

その言葉を聞いた瞬間、陽人は「はあ⁉」と声を出した。女はその声に反応して、銃を向ける。

「裏切らなければ、二人とも生きている。何、簡単でしょ?」

女はそう言って姿を消した。

陽人は床に膝の関節が砕けたように座り込んだ。

「……大丈夫?ねえどういうことなの?」

「……陽人、教えて」

歩美と月奈に言われても、陽人は口を噤んだままだ。一分ほど経って、彼はようやく口を開いたが、内容は思ったものとは違った。

「……言えない。言えばお前が死ぬ」

「で、でも……そんなこと言ったって」

歩美は理解が追い付いていなかった。兄が行方不明になったのが、このハッカー集団の仕業だと思ったら、実際はそうではなく、全員がこの状況を把握できていないのが気がかりだった。

「……お前らは分からないだろうな。あいつらが……≪ラトレイアー≫が、ただのハッカー集団じゃないってことを」

「ラト……何?」

「≪ラトレイアー≫、ギリシャ語で『敬愛・崇拝・礼拝』を意味する」

紗季が隣で腕を組んで答えた。歩美はその姿を見て言った。

「すごい。ギリシャ語分かるの?」

「いえ、以前から目をつけていたの。ラトレイアーは歩美の兄と何か関係があるんじゃないかと。私の弟がね」

歩美はなるほど、と納得した。



放課後。事務所の前で、依頼人である月奈と、その彼氏である陽人を見送ることになった。

「ありがとうございました。行動が怪しかったのは、あのハッカー集団に抜けようと、周りの目を気にしていたからだったんですね」

月奈は切ないような顔をして俯いた。

「これからどうするの?」

「少し様子を見ます。俺たちが別れれば、彼らが何をするか分かりません」

陽人は冷静に答えた。

「警察には言わないでおく。今回は、私達も彼らを追う必要があるからね」

「はい。ありがとうございます」

二人は笑顔で言った。二人はこちらに背を向け、廊下を歩いていった。

「……終わった」

「……ねえ、歩美。一つ忠告しておくわ」

「……何?」

「ラトレイアーは、強力なハッカーテロ組織。もし目の敵にするなら、血で血を洗うことになるわ」

紗季は歩美を睨むようにして言った。

「分かってる。お兄ちゃんは絶対見つけるから」

風が吹いた。窓の外には校内に植えられた巨大な桜が揺れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る