第23話 協力関係

 ある日の事である。

 歩美の事務所に一通の手紙が届いた。


「folie?」

「フォリーと書いてある。フランス語で、狂気と言う意味ね」


 歩美の持つ封筒を紗季が覗き込みながら言う。

 どうやら差出人はこのフォリーという人物のようだ。


「フランス語?待って、てことは、このフォリーっていうのは、ラトレイアーのメンバーってことなの?」

「可能性は高い。それが誰なのか、見当もつかないけど。とにかく、今は放課後。この手紙、海に聞いてみれば、何か分かるかも……」


 紗季がそう言った途端、突然ガチャ、と扉が開いた。


「誰ですか」


 ドアの開いた方を見ると、そこには、目つきの悪い背の高い男がいた。

 その男の髪は明るい茶髪で、歩美たちの方から見て、右目の方に大きなやけどの跡があり、米秀学園の制服を着ていた。


「俺、髙宮ってやつと小学校一緒で。アイツから日秀学園の一番の探偵は、お前らだって聞いたから、来たんだ」


 男はそう言いながら歩美たちの方へと近づく。


「俺の名前は薬研憧やげんしょう。米秀学園の生徒で、FBIの局長だ」


 男——憧は歩美の方に右手を出した。

 歩美は両手で手紙を握りしめたままだった。


「待って。何のつもり?本当にFBIなの?」


 紗季は訝しげな顔で、差し出された男の手を押さえる


「ああ。この通り」


 憧はズボンのポケットから黒い手帳を取り出し、顔写真と、その隣にSho Yagenと書かれたカードを見せた。

 紗季は納得したように男の手から手を離した。

 憧は険しい顔で、歩美の手元を指さした。


「それは、誰からもらったんだ?」

「今朝、配達係≪配達員≫の人が渡してきました」


 歩美が冷静に答えた瞬間、憧は歩美の手から手紙を奪った。

 憧は手紙の差出人の名前を見て、驚愕の表情を浮かべた。


「フォリー。こいつはこの前、捕まったはずだが……」

「ラトレイアーのメンバーですよね。誰なんですか?」


 紗季が憧に向かって言う。憧は驚いた顔から真剣な顔に戻すと、何か知っているような口ぶりで、「俺もよく知らない」と語った。

 しかし、憧の目が泳いでいたのを歩美は見逃さなかった。


「知ってますよね?誰なんです?」

「……」


 憧は答える気がないように歩美たちから視線を逸らす。


「何故口を割らない?」

「俺は、FBIを辞めた日秀学園の生徒から、お前らが手紙を受け取ったという知らせを聞いてここまで来たんだ。あくまでお前らは部外者だ。もちろん協力してもらうつもりで来たが……」


 憧が俯き気味に言うと、歩美は憧の肩に手を乗せる。


「じゃあ、協力します。でも、協力したら、部外者ではないので、教えてください。私達も、彼らを追う人間ですから」


 歩美は憧の目をじっと見つめて言った。憧は歩美の目から嘘を感じられなかった。


「数日前、日秀学園で、違法薬物の売人が殺された事件があったのは覚えてるか?」

「覚えてる。確か、犯人は咲田大地っていう一年生で、もう逮捕されたはず」

「そいつがフォリーだ」


 憧が語った衝撃の事実に歩美と紗季は開いた口が塞がらなかった。


「でも、逮捕されたんじゃないの?」

「いや、脱走したんだ。最近悪くなっていっている日秀学園の治安を考慮し、警察は黙秘しているから、お前らは知らなかったんだな」


 歩美と紗季は表情を険しくすると、憧は二人の顔を見て俯く。

 やがて憧の握る手紙に皺が入り始めた。憧の握る力が強くなっているのが分かる。


「この手紙は恐らく、宣戦布告だ。俺が中二の時、俺の元に同じような手紙が届いたんだ。内容は俺の後輩を殺すことだった」

「その、後輩はどうなったんですか?」


 紗季がおそるおそる憧に問う。憧は俯いたまま、全身の力が抜けたようにソファに座り込んだ。


「殺されたよ。ナイフで首を斬られてな」


 それを聞いた紗季は左手で口を押えた。

 歩美は悲しそうな顔で憧の姿を見つめた。


「まさか、本当に殺してくるとは、思わなかったよ。それに、ラトレイアーに所属する殺し屋の多くは、武器が決まっていることが多い。Bの幹部のフロワは、拳銃を主として用いる。ナイフも使う時もあるが……フォリーは、どちらも用いて殺すんだ」


 憧は俯いた頭をおもりが入ったようにゆっくりと上げ、歩美たちの顔を見る。


「フォリーは、俺たちFBIだけで、どうにかなるような奴じゃない。髙宮の言う探偵なら——お前らなら、アイツをどうにかできると思ったんだ」


 憧は初めて笑顔を見せる。


「協力してくれるんだろ?」


 そう言う彼の顔は、分かったような顔で、さっきより幼いようだった。


「大した探偵じゃないけど、良いの?」

「もちろん。猫の手も借りたいんだ。CIA、FBI、USMSじゃ無理だ。米秀学園・小学校アメリカの持つ力は最大限出している。それでも、無理な相手なんだよ」


 憧はソファから立ち上がると、ドアの前まで行って、ドアノブに手をかけた。

 ゆっくりとドアを開けると、憧は意味深に二人の方を見て笑いながら部屋を出て行った。



 マスターの店の前にかかって札にはまだcloseと書かれている。

 その店の中にバスケ部のユニフォーム姿で入る男がいた。

 カランカランとドアの開く音が聞こえた流はドアを見る。


「今日は管理官は来てないぞ。何の用だ?景音」


 景音はカウンター席に座ると、指を一本立てて、「レッドアイを一杯くれ」と言った。

 聞いた流は、景音から目を逸らすと、グラスを取り出し、そこに注いでいく。

 レッドアイの入ったグラスを受け取ると、景音はカウンターの上に置きっぱなしにした。

 景音は耳につけたインカムに手を伸ばす。


「あ、どうも。いました?あの二人?それは良かったです」


 景音はインカムから手を離すと、マスターの方を見て言った。


「管理官が居ないんなら、なんでここのドアが開いてるんだ?流」

「その名前で呼ぶのやめろサージュ」

「なんだよ。お前もさっき俺の本名で呼んだろ?」


 景音が流の顔を見てからかうような顔で言う。流は冷静なまま景音の顔を見る。


「お前がレッドアイを頼むときは、サジェスの仕事をするときだろ?だからだよ。なあ、新しいカモは見つかったのかよ?」

「ああ。もう巻き上げてきたさ。まあざっと……十万くらいかな。しばらくは資金には困らないよ」


 グラスを持ち、ふちを口につける。グイッとグラスを傾け、喉に流し込む。


「へえ。そりゃありがたいな。最近明るくなったんじゃないか?サジェスこっちに来たばっかりの頃のお前とは大違いだよ」


 流はカウンターに自身の肘を置き、手のひらに自分の顎を置く。

 いたずらを考えるような顔のまま景音の顔をじっと見ていた。

 景音は笑顔から深刻そうな顔になる。


「……まあ、そうだな。米秀小学校の時……FBIを辞めてからすぐ、ここに入ったから」

「詐欺っていう犯罪に慣れてしまえば、人間こうなるんだな。人を騙すのもどんどん得意になっていく」


 流が語るのを聞きながら、景音は勢いよくレッドアイを飲み干す。


「いや、人を騙すのは、FBIだった頃も得意だった。年の離れた姉に、尋問の仕方を良く教えてもらっていたから」

「へえ。んだな」


 流が言うと、景音は鼻で笑って流の方を見て言った。


「だからなんだよ」


 流はカクテルグラスをもう一つ用意すると、そこにオレンジの酒を入れた。


「さ、俺も飲もうかな」


 流はそう言い、景音の隣に座った。


「マンハッタンか。好きそー」

「うるせえよ」


 流は一口飲むと、グラスを置いた。


「で、そのインカムの向こうには誰が居るんだ?」

「まさか聞いてくるとは。まあ、味方ってだけ言っておこうかな」


 景音はグラスをカウンターに置く。

 流と景音の軽快な会話が店内に響き渡った。



 夜七時ごろ。もう既にほぼ全員の生徒が帰って行った頃。

 理科室の灯りだけが点いていた。

 一人の男が、理科室の戸を開ける。

 彼の名は、咲田大地。ここでの名はフォリーだ。

 フォリーは入って目の前にある白い紙を見つけると、隣に置いてあった黒いボールペンで何人かのサインが書かれている下にfolieと筆記体でサインした。

 フォリーは理科室の机の引き出しから黒いシャツを取り出すと、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを取ると、シャツのボタンを順番に外していった。

 白いシャツを脱ぐと、黒いシャツを着る。

 上から制服のジャケットを羽織り、つま先が黄色の上履きの脱ぐと、制服の白いシャツを綺麗にたたみ、上に上履きを置いて、引き出しの中に入れた。

 靴下のまま理科室の後ろの方まで歩いて行った。ビーカーやフラスコの入った棚の下にある棚を開くと、そこの黒いブーツを取り出して、丁重に履いていく。

 その格好のまま理科室を出ると、隣の空き部屋に入って行った。


「失礼します。フロワさん」


 フォリーが入った先、目の前にはフロワが回転いすに座っていた。

 彼女は制服のままだった。

 長い金髪を編み込みにして前に垂らしている。

 フロワは少しほほ笑んでフォリーに聞いた。


「来たね。フォリー。脱走してからここに来るのは初めてでしょ。どう居心地は」

「特には変わりませんよ。それと、言われた通り、僕の名前であの事務所に手紙を出してきました」


 フロワは安心したように無言で頷く。


「彼らはもう、あの手紙を読んだのかな。興味深い二人だから、まだ殺さないでね。それと、秋原雪と中家景音を殺す手立ては見つかったのかな?」


 フロワが両手を交差し、肘を書斎机の上に置く。


「まあ、一応。バスケの大会と、小説のコンテストが控えているので、来週の日曜日に決行しようと思います。あの探偵たちは殺すつもりはありません。できれば、ボスに会わせてから殺したいですから。フロワさんもそう思っているんですよね」

「さすが。分かってるねフォリー」


 フロワは机の上の受話器を取ると、「ボス。今の聞いたでしょ?サジェスはもうすぐ壊滅できるから、そんなに怖がらなくても大丈夫だって。ま、すぐとは言ってないけど」と言ってすぐ受話器を置いた。


「雪と景音なら、僕が直接手をうたなくても始末できます。他の人に頼んだ方がいいのではないでしょうか」


 そうフォリーが言うと、フロワは笑顔のままで言った。


「今、MI6が動き始めているんだ。彼らがあの二人を徹底的に保護する前に、始末した方がトントン拍子で話が進む。君には、MI6の相手より、あの二人がもともといた、CIAとFBIを相手にしてほしいんだよ。分かるでしょ?」

「一人で、ですか。できるでしょうか」


 フォリーが自信なさげに俯く。フロワはそんな彼を見て、声色を変えた。


「できるから頼んでるんだよ」


 フロワはそれだけ言うと、颯爽と部屋を出て行った。

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