第24話 封筒の中
その紙には『
「雪ちゃんと、景音くん……」
「中家は確か、五組だったような……」
紗季は書斎机の方へ向かうと、パソコンを開いた。
「彼は確かバスケ部で、来週の試合に出るって。雪も……」
紗季は検索欄に『小説コンテスト』と打ち込んだ。
パソコンの画面が小説コンテストについての記事をいくつか出すと、パソコンの画面を歩美の方に向けた。
「ほら、期限が来週。となると、来週までに殺される可能性が極めて高いね」
「じゃあ、この事を雪ちゃんと、景音くんに言った方が良いんじゃないかな。景音くんは知らないけど、雪ちゃんなら、自分の事、守れるだろうし」
紗季は「そうね」と言いながら、パソコンの画面を切った。
しかし、そのあと紗季が続けた。
「でも、その景音っていう人がどこにいるか分かるの?」
「分からない。けど、私たちが知らないってことは、米秀小学校出身でしょ?雪ちゃんが代わりに伝えてくれるかもしれないでしょ。先に美術室に行こう」
歩美は手紙を握りしめたまま、事務所のドアを開けた。紗季は心配そうに歩美の背中を眺めた。
美術室の前の廊下には、二年生と三年生が歩いていた。ゆっくりと美術室のドアが開くと、一楓に続き、雪と絵菜が話しながら出てきた。
一楓は部屋の中を見渡し、誰もいないことを確認すると、ドアを閉め、鍵をかけた。
雪は絵菜の隣を歩きながら、窓の外を見る。絵菜は雪の背負っているカバンの後ろを掴んで、引っ張ったり押したりして遊んでいる。
三人の頬に夕日が差し込んでいた。
三人が階段の前に来ると、雪が突然立ち止まった。
隣の絵菜も、後ろからついてきた一楓も不思議そうな顔をして、階段の下を覗き込んだ。
「雪ちゃん」
歩美と紗季が階段の踊り場から、雪の顔を見た。
雪はふっと笑顔になると、絵菜の腕を掴み、カバンから手を離させる。
絵菜は「ちょっと」と雪を止めようとしたが、雪は振り向き気味に「先帰ってくれ」と言いながら階段を下りて行く。
「何の用だよ。歩美、紗季」
「ちょっと話したいことがあるの。命にかかわること」
「ふ―ん。そうか。なんか何の話か、何となく分かるよ。とりあえず、マスターの店で話そうぜ」
雪はそう言って、歩美たちのすぐ横を通り過ぎて行った。
歩美と紗季は目を合わせると、雪の後ろをついて行った。
三人の様子を見ていた絵菜は頬を膨らませ、一楓は不思議な顔のままだった。
雪についていくと、流の店の前にたどり着いたが、ドアにはcloseと書かれた札がかかっていた。
雪がカランカランとドアを開けると、景音がカウンターの席に座り、その隣に流が座っていた。二人は雪たち三人の方を見る。
「ホワイトレディを一杯と、カラント・サンライズを二杯頼むよ」
雪は笑顔のまま後ろを振り向き、歩美と紗季の姿を二人に見せた。
「秋原、何の冗談だ?」
「冗談じゃない。真面目な話だ」
雪は真剣な顔にすると、流の隣に腰掛けた。
流はため息を吐くと、歩美と紗季に手招きし、雪の隣に座らせた。
景音と雪の間に空席ができ、景音は雪の顔を見る。
「どういうことだよ、雪。この人たちは……」
「探偵だよ。あたしに話があったみたいだが、どうやら、お前らにもかかわる話のようだな」
雪はすました顔で歩美の方を見る。歩美は無言で頷くと、手紙を取り出した。
「これの話をしたかったの。この手紙はラトレイアーのフォリーからで、手紙の内容は……」
歩美は説明しながら、封筒から紙を取り出す。景音は紙に書かれた文字を見て絶望と驚愕が混ざった顔をしていた。雪は変わらず、余裕の笑みを歩美に向けていた。
「雪ちゃんとその、景音くんを殺すという、予告だった。二人が狙われてる理由を私たちに教えてくれる?」
歩美が質問したと同時に、流が雪にカクテルグラスを渡してきた。
雪はそのグラスを受け取ると、シニカルな笑いを浮かべ、流の顔を見た。
「あたしは前に説明したから、いいよな」
雪はその顔のまま、カクテルグラスの脚を指で挟む。
景音は真剣な顔になると、歩美にこう言った。
「俺が、米秀小学校に居た頃、俺はFBIだった。戦争が始まってから辞職して、今はここに。
FBIだった時に、ラトレイアーの殺し屋のフォリーが起こした事件を捜査したんだが、捜査資料を盗まれた挙句、情報の漏洩と組織への脅威を減らすために、今狙われている」
景音は席を立ちあがると、紗季の隣に座った。
そして、体の向きを歩美たちの方へと向き直すと、再び説明し始めた。
「多分来週までに、だろ?俺たちが殺されるのは。来週までに死なないための手段を考えなくてはいけない」
「協力した方がいい。FBIとCIA」
「あ?」
雪が突然口を開いた。右手で頬杖をつきながら、雪は笑った。
「あたしたちがここでやってることは、あの人たちの耳に入ってない。言えば、協力してくれるはずさ」
「冗談だろ。それってFBIとCIA同士が協力してること前提だよな。全く関係ない機関同士が協力なんてしてると思うか?」
景音が勢いよく立ち上がる。雪はカクテルグラスに口をつけて、ホワイトレディを一口飲んだ。
「あたしが、組織に潜入できたのはどうして?」
「は?」
「あたしらCIAの元に、ラトレイアーの情報が入ってきたのはどうして?あたしが今、ラトレイアーについての知識を持っているのはどうして?」
「何が言いたいんだよ」
雪はカクテルグラスを置くと、景音の方に近づき、景音の胸に人差し指を突き刺した。
「お前らが集めた情報を、こっちに渡してくれたからだろ?」
「……」
景音はハッとした顔で、したり顔の雪を見る。
「FBIとCIAは切っても切れない協力関係の下で動いている。それにな、あたしの後輩、小六なんだが、FBIとCIAを兼任してる奴が一人いたぞ」
「あ、アイツか」
「待って待って、話についていけないんだけど……」
歩美がそう言って、手を広げる。
「今週の週末、米秀学園に行けばいいの?」
「……だろうな。そこしか時間が無い」
景音は流の方を見る。
流は歩美と紗季に二杯のカクテルグラスを置いた。
「マスター。教えてくれない?君たちはここで一体何をしてるの?」
「ここは開店前は犯罪者が集うんだよ。そこで麻薬の取引をしてるんだ」
「言って良いんだよな?雪」
「ああ」
雪は力強く頷いた。
「そして、この酒場は、サジェスと言う犯罪組織の一部であり、そこを管理してるのが、俺——マスター。そして、その犯罪組織の中のメンバーがそこの雪と景音だよ。まあ、他にも何人かいるんだが」
流が景音にアイコンタクトを送ると、景音は意を決したように頷いた。
「俺は、表では銀行員だが、裏はここで詐欺師をしてる。フランス語で賢いって意味の、サージュっていうコードネームさ」
景音の説明を聞き終えた後、雪が冷笑に似た笑顔で説明を始めた。
「んであたしは、表は小説家で、裏が……おっと、危ない危ない。言うところだった。フランス語で狡猾と言う意味の、リュゼ。これがあたしのコードネーム。CIAの頃の異名より気に入ってるぜ」
雪は俯き気味に首を横に振りながら言い終えると、顔を上げた。
「協力しようぜ、景音」
「ああ。分かってるよ」
そう言って二人は握手した。
しばらくして、互いに手を離した瞬間。雪の手が名残惜しそうに、すぐにはおろさなかった。
雪と景音は互いに背を向けた。景音は強気な顔をしていたが、雪は一瞬暗い顔をするとすぐいつもの笑顔に戻った。
「んで?この話を聞いてどう思ったんだ。探偵は」
「今ここで警察を呼びたくなったわ」
「お、そうか」
雪は満面の笑みで歩美の隣に座った。
歩美はいつもの優しい顔で雪に言う。
「あまり、事を荒立てたくはないからさ。ラトレイアーを捕まえてから君たちを逮捕するよ」
「できたらな」
雪は意味深にそう言うと、ズボンのポケットから三百円を取り出し、カウンターの上に置いた。
そしてカクテルグラスを持ち、口に近づけるとグイッと傾けた。
ホワイトレディを一気飲みすると、雪は席を立ちあがり、すぐに店を出て行った。
「逮捕ねえ。俺たちが逮捕されることは、あるんだろうか」
「……逮捕の前に……いや、まさかな」
流はわかりきったような微笑で、景音の飲み干したグラスを洗う。
「サジェスのメンバーは、皆こんな感じなの?」
「は?」
「こんな感じって?」
流と景音が眉を顰めて歩美の顔を見つめた。
「二人も、雪ちゃんも、余裕そうな口ぶりで、余裕そうな表情で話しているのに、なんか、悲しそうな、苦しそうな、そんな雰囲気があるんだ」
「…………なんで。なんでだと思う?」
景音は驚いた顔をした後、眼を見開いて歩美に問う。
歩美は小さく首を横に振った。
「知らない」
そういう歩美の隣に座る紗季は無表情のまま、カラント・サンライズを飲み干した。
「ラトレイアーから狙われてたり、ラトレイアーに仲間を殺されたりとか、そういう奴らもいるからな。一番多いのは、行くあてが無くなったやつだな」
流は水道の水を止めると、シンクの隣のタオルを手に取り、グラスを拭く。
「俺たちみたいになったやつが多いってことだよ」
「まあ、それより、今週の土曜で良いんだな。てことは、明後日か」
「うん。宜しく」
歩美はそう言って立ち上がると、店を出て行った。
「代金は?」
「お前らの分も払ってったぞ」
紗季は「そう」と言って笑った。
理科室の椅子に座りインカムをつけたフォリーが会話を聞いている。
『今週の週末、米秀学園に行けばいいの?』
『……だろうな。そこしか時間が無い』
流の店の会話を聞いていたフォリーは笑顔になった。
フォリーの前にフロワが笑顔で立っている。
フロワはフォリーに「どう?」と聞く。
フォリーは勝ち誇ったような笑顔で重そうに口を開いた。
「どうやら、神は僕らの味方のようですね。今週末あの二人が米秀学園に行くそうです。これじゃ、窮鼠ですね」
「そう。それは安心。あの探偵を見つけたら、生きたまま捕まえて、私の前まで連れてきてね」
「はい」
フォリーがインカムを取り外した瞬間、フロワが前かがみになり、両手でフォリーの頬を包んだ。
「君には期待してるからね。フォリー」
フロワがそう言うと、フォリーはまるで知っているように「ええ。分かってますよ」と言って右手でフロワの手を摑んだ。
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