第32話 違反行為
試合当日。
試合はトーナメント制で、出る地域はそれぞれ、英華町、米秀区、日秀町、伊多町。
夕方四時ごろから雨が降るということで、雲の量が多かったが、太陽が照っていて暑いくらいだった。
グラウンドの隅の方には、それぞれのクラブチームが集まって準備している。
「うわー!!やっぱ久しぶりだな~」
「こんな広かったら、そりゃサッカーの試合もできるわね」
歩美と紗季が小学校のグラウンドに集まる。
「ったく……お前らなあ……気持ちは分かるが……」
二人の隣で流が呆れたように言う。
流は小学校の時に来ていたユニフォームの袖で口の周りの汗を拭いた。
「おお!マスター!!懐かしいね!そのユニフォーム」
歩美が両手を合わせ、目を輝かせながら言った。
「うーん……サイズがきついんだよなこれ」
「この試合、勝つ気はあるの?」
紗季が聞くと、流は少し考え、苦笑いで言った。
「ま、正直どうでもいいかな」
「全く……」
呆れたように紗季がため息を吐いた。
「紗季!」
「……和季。調子は?」
「悪くねえよ」
スポーツドリンクを片手に紗季に話しかけた少年。彼は、紗季の弟である、
「おお!!和季くん!久しぶりだね!!」
「どうも」
歩美が笑顔で言ったとき、和季は小さく会釈しただけだった。
和季が紗季に近づいて耳打ちする。
「紗季、この前の事で、ちょっと話がある。一回戦の後、こっちに来てくれ」
「ええ、分かったわ」
紗季は周りに分からないように小さく頷いた。
「ねえ、この辺って警備どうなってるの?」
「日秀学園と近いから、電話すればすぐ来てくれるはずよ。今藤とかがね」
「へえ」
紗季が今藤の名を口にした瞬間、歩美の顔が曇った。
「ま、警察を呼ぶことにはならないと思うよ」
聞き覚えのある声がし、歩美と紗季が隣を見る。
隣には流の傍で、にっこり笑っている露が居た。水色の帽子をかぶっていて、茶色いシャツに、白いハーフパンツをはいている。
露の手には、大きな青いカバンがあった。
「おい露。なんだよそのカバン」
流がそのカバンを指さして言った。
「ああこれ?みんなの分のお弁当作ってきたの!!」
「あ?なんで?今日は弁当、伊多小学校の奴らが用意してるって言っただろ?」
「良いじゃん別に!!作ってきたんだから」
露がそう言った途端、流たちの顔が訝し気な顔に変わる。
「え?この人数分、お前が一人で?」
「うん!凄いでしょー?」
露がしたり顔で流の顔を見る。そんな露の隣で、露の弟——
「姉ちゃん、昨日ずっとキッチンに居たんだぞ。お前、姉ちゃんの彼氏なんだから、残したら絶対に許さねえ」
「か、彼氏じゃねえって!!」
流が顔を赤らめて言う。露は隣にいる雷雅を窘めるように言った。
「誰がこんな奴と付き合うのよー」
「でも、姉ちゃん昨日、
「当たり前でしょ!?流のサッカーの試合見るの、一年ぶりなんだし」
露と雷雅の様子を見て、流が呆れたように長いため息を吐く。
「流兄、今日の試合、優勝しろよ絶対」
「な、なんで」
「だって、姉ちゃん、流兄に期待してるんだもん」
雷雅は不満そうな顔をずっとしている。
雷雅の言葉を聞いた流が噛みつく。
「本来なら、此処にいるのは俺の弟なんだよ!分かるか!!俺は、このチームがどうなろうがどうでもいいし……てか、あんな奴の事なんて、全然!!どうでもいいし!!」
顔を赤くしながらそう叫ぶ流に雷雅は「へえ」と分かり切ったような笑みを浮かべた。
「うるさいな。何してるんだよ」
「あ、海くん」
半そでの白いシャツに上から緑の薄いアウターシャツを羽織っている。右手には少し身長の低い
弟——
「おっきくなったね~泳くん」
「お前は、親戚のおばさんか?」
紗季が笑ってしゃがむと呆れたように海が首を横に振る。
紗季は再び笑って海の方へと顔を向ける。
「だって、成人したときの弟を思い出すもの。和季も前まで、こんなに小さかったのに、今はもう、私の背も抜かしてしまったし」
「泳くん、今年で成人なの?」
歩美が問うと、海が誇らしげに笑って言った。
「うん。薬品会社の社員だ」
海がそう言ってからすぐ、泳は鋭い顔で歩美の顔を睨む。
「あ、あれ?何か怒ってる?」
「こら泳!あんまり睨むな!」
海が泳の手を握る手を少し上にあげて、泳の手を引っ張る。
「全く……この前、俺が誘拐された話をしたからな。歩美の話もしたから、多分それでだろう」
「なるほど。これは慣れた方が早いと思うね。にしても似てるね泳くん、海くんに」
「あー。よく言われるよ」
海はほほ笑んで自分の顔を見る弟の顔を見た。
紗季は泳の頬をつつきながらほほ笑む。
「お兄ちゃんに似てイケメンだね~」
「普段、そんなこと言う
苦笑いしながら海が紗季の表情を見ていた。
困った顔で笑う歩美、その横を黒いサングラスをかけた青年が通りかかった。
「ん?」
その男に気が付き、歩美が目で追う。
なぜか、歩美の隣だけ早歩きだったのを不審に思った彼女は、男の肩を掴んだ。
「ねえちょっと」
「……」
男は立ち止まったが、振り返ろうとしない。
「君、誰?」
歩美がそう聞くと、男の首筋に大量の汗が伝うのが見えた。
紗季が立ち上がり、男の前に仁王立ちする。
「そのサングラス、さっさと取りなさいよ」
「え、えっと……」
「いいから、早くしなさいよ」
深くため息を吐いた紗季が男のサングラスのつるをつまむと勢いよく取った。
「ほーらやっぱり、
「なんで山路がここに!?兄妹もいないのに」
「別に……?」
男は俯き気味に言った。
「なんか、その……海も流もいるって聞いたから、それで色々……まさか女と来てるんじゃないかって思ってさ」
「んなわけ、皆弟が試合に出るから来てるだけよ」
「なんだそうか……」
山路は頭を掻いて胸を撫で下ろした。
「ま、マスターの方はどうか知らないけどね」
紗季が山路に聞こえないくらいの声で呟く。
「今、なんか言ったか?」
「いや何も」
紗季がすぐに山路から顔を逸らす。
山路は、紗季の顔の先に居た流と露を睨んだ。
「はあ……いいなあ幼馴染って……そういえば
山路がそう呟く後ろで、歩美が何かを憂うように彼の背を見つめていた。
「そろそろ一回戦ですよ。準備してください」
一人の少年が流と雷雅に話しかける。
その少年は帽子を深く被っていて顔がよく見えない。
「ん?お前は?」
「あー。俺は、
「ふーん。まあいいや。ささっと終わらせて終わらせるか」
流は頭の後ろで手を組んで、どうせ勝つだろうという表情でコートの方へ向かった。
「姉ちゃん」
突然弟の声が聞こえた瞬間、歩美が驚いて後ろを振り向く。
「うわ茜、びっくりさせないでよ~」
「ごめん。俺、出てくるから。あれ?」
「ん?」
何かに気が付き、茜が顰蹙する。茜の視線が歩美の後ろに向かっていることに気づいた歩美は後ろを振り向く。
そこには再びサングラスをかけて肩を震わせている山路の姿だった。
「山路さんじゃないですか!!何してるんですかこんなところで」
茜が走って山路に近づく。
「い、いや別に……」
「そういえば、山路さん、姉ちゃんの事好きって——」
「おいバカバカ!!余計なこと言うなよ!!」
山路が急いで茜の口を押える。
「ああ。姉ちゃん居ましたね。忘れてました!」
茜は振り向き気味に笑って言う。
「お前わざとだろ絶対!」
山路はそう言って茜の両肩を掴む。
「そんなことないですよ」
茜はからかうように山路の顔を真っ直ぐ見つめた。
「小学校の時に俺に相談してきたの山路さんじゃないっすか。そんな焦らなくても、誰にも言いませんから」
「あのなあ、お前警察官だろ!守秘義務って言葉知らないのか!?」
山路が怒って言う様子を見て、茜が笑って言った。
「もちろん知ってますよ」
そう言いながら茜は山路の横を通り過ぎた。
一回戦目は米秀区対日秀町。
「さっさとして終わらせるか」
流がそう言って額の汗を拭うのを、後ろから「流!がんばれ!!」と叫ぶ露の声が聞こえ、流は(あいつ……)と不満そうな顔をしながら露の方を見て思った。
「ま、米秀区の奴らなら勝てるさ」
山路がサングラスをかけ、歩美の隣に座る。二人の横に紗季が立って緑の帽子をかぶる。
「おい!今のは無いだろ反則だ!!」
隣のコートからなにやら争う声が聞こえてきた。どうしたのかと隣を向くと、コートの真ん中で言い争っていた。
どうやら、伊多町と英華町が試合中に言い争っていたようだ。
「今のはショルダーチャージだよ!!」
少年が笑って言う。
「なんだと……!!」
「お、落ち着いてください!!」
ユニーフォームを見ると、怒っているのが、英華町の方で、余裕層にしているのが、伊多町の方だ。
怒り狂って伊多町の少年に近づく英華町少年を、間に審判が止めに入る。
「とにかく、試合は後半からにしませんか。お互いに頭を冷やしましょう」
「そうだな。それがいい」
英華町の少年は冷静になると、英華町の休憩場所へと歩いて行った。
伊多町の少年は、余裕そうな不敵な笑みのまま、休憩場所へと走って行った。
「ねえ、あれ何?なんかあったのかな?」
「聞きに行くか?」
山路が行くのを歩美が後ろから付いていく。
「何かあったのか?」
「実は、伊多町のチームがファウルチャージをして……」
「何!?」
「最悪じゃん!」
ファウルチャージとは、相手のプレイヤーに対し乱暴な行動でバランスを崩させる、違反行為だ。
サッカーにはショルダーチャージと呼ばれる、相手のプレイヤーに肩をぶつけ、バランスを崩させる方法がある。ショルダーチャージは違反行為ではないが、肩以外の部分を使ったり、審判が乱暴だと判断した場合、ファウルチャージとみなされ、イエローカードが渡される。
「さっき、僕も先ほど違反行為を見つけて……言い争っていたのは、英華町のキャプテン——
「おいおい、瑠偉って……よりにもよって俺と同じ名前かよ」
山路は頭を抱えた。なぜなら山路の下の名は、
「二人とも、外国人みたいな名前だよねえ」
「英華町とか、伊多町は昔、外国人風の名前を付けるのが流行っていたからな」
歩美の言葉に琉生が冷静に返す。
「そういえば、山路の名前の由来って何?」
「藪から棒になんだよ」
山路が今まで見たことないくらい顔を顰めた。
「俺はもともと、
歩美は山路にそう言われ、頭の中で流星という字を書く。
流の氵の部分を⺩に変え、星の⺜の部分を取っただけだ。
「確かに。まあ、琉生の方がかっこいいけど」
「へっ!?」
歩美がそう言った瞬間、山路の顔が赤くなる。
「何?」
「い、いやべ、別に……」
明らかに挙動不審になっているのは自分でも分かる。
体の体温が熱くなる。
なぜならさっきの言葉が、自分のこと自体を褒めているように聞こえたからだ。
しかし歩美にそんなつもりはない。だから、尚更辛くなった。
「ところで、あの二人は知り合いとかなの?」
「いえ……二人の通っている小学校が近いぐらいですかね。瑠偉さんの方は英才小学校、丈さんの方は伊多小学校ですから。二人は今日が初対面のはずです。ただ……」
「ただ?」
歩美が問うが、審判が答えにくそうに口を噤んでいる。しばらくしてから口を開いた。
「……英華町の方はサッカーが強くて、ここらへんじゃ有名なので」
「なるほど、伊多町の方から目の敵にされてたかもってことね」
歩美は審判に「ありがとう」と礼を言うと、奥の方にいる瑠偉と丈を見つめた。
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