第20話 女神の加護
「……ゴエモン?」
「なんだって?」
「今、うちの犬らしき鳴き声が……」
俺は辺りを見回しながら言った。
すると再び、今度はさっきよりはっきりと犬の鳴き声が聞こえた。
――ワンワンッ! ワンワンワンッ!
「やっぱりそうだ。間違いない、ゴエモンがあっちにいるんだ」
「マジかよ、意外と近くにいたんじゃねえか。そうするとエマ様も一緒かもしれねえな。よし、ちょっと様子を見に行くか」
水先は釣り竿を放り出し、鳴き声が聞こえた川下の方向へ舟を漕ぎ始めた。
手漕ぎなのでそこまでスピードは出なかったが、しばらくすると川沿いの開けた場所で大きな箱が跳ねているのが目に入った。
「ゴエモン……!」
しかし喜べる状況ではないようだった。
ゴエモンは小鬼の群れに取り囲まれていた。
先程から吠えていたのは威嚇の為だったようだ。
そしてエマは一緒ではないらしい。
「不味いな。いくらなんでもありゃ多勢に無勢だ」
櫂を必死に動かしながら水先が言う。
俺の目からもそう見えた。
今のところ襲い掛かる小鬼を危なげなく返り討ちにしているものの、どう見ても敵の数が多すぎる。
しかも後方には群れのボスらしい数メートル級の巨大な個体が控えていた。
かつてエマが一蹴したのと同程度の大きさだが、ゴエモンではあれと正面から戦うのはどう考えても分が悪い。
助け出そうにも船はまだゴエモンの所まで距離がある。
ゴエモンはじりじりと川岸へと追いやられていった。
そのまま川に飛び込めば逃げられそうに思えたが、ゴエモンはむしろ川に入るのを避けているようだった。
ひょっとすると身体が箱だから泳げないのかもしれない。
俺は焦燥感に駆られながら川岸の様子を見つめていた。
そしてそんな中、戦況は唐突に動いた。
ゴエモンを取り囲んでいた小鬼共が一斉にゴエモンに飛び掛かったのだ。
もう下がれない位置にいたゴエモンは、止む無く攻撃の層が薄い部分に体当たりして強引にその包囲を突破する。
しかしその先には問題の巨大な個体が控えていた。
最初からそこへ来るように誘導されていたのだ。
ゴエモンが身構えるより先に、巨大な個体はゴエモンよりも大きな棍棒を振りかざした。
あんな物をまともに受けたらただでは済まない。
「ゴエモン!」
まさに絶体絶命だった。
俺は思わず叫んで身を乗り出し、ゴエモンの方へ左手を伸ばした。
その時だった。
「……へ? な、なんだ?」
突然、不思議な事が起きた。
伸ばした俺の左腕が仄かな光を帯び始めたのだ。
俺は戸惑った。
手を伸ばしたのは無意識から出たもので、別に何かを狙った訳では無かった。
しかし俺の動揺などお構いなしに左腕の輝きはどんどん強くなり、やがて目が眩むほど周囲を明るく照らす。
「ギャギャッ、ギャギャギャッ!?
どうやら左腕の輝きは向こうにも届いたらしい。
小鬼共が騒ぎ始め、巨大な個体も何事かと棍棒を止めてこちらを見た。
すると、その隙を突くように俺の左腕がいきなり伸びた。
俺の意志とは関係なく、如意棒か何かのように凄い勢いで伸びて――呆気に取られながらこちらを見つめていた巨大な個体をそのまま殴り飛ばした。
完全な不意打ちを受けた巨大な個体はそのまま大の字に倒れ、黒い煙となって消滅する。
その場にいた者達は――もちろん俺も含めて――ポカンと口を開けたまま俺の伸びた腕に目を向けていた。
束の間の静寂が辺りを包む。
「……おい、お前さん何をした? どうなってんだその腕」
一足先に我に返った水先が尋ねてくる。
しかしそんなの俺の方が知りたい。
「いや、俺にも何が何だか……」
俺はかぶりを振りながら答えた。
まるでそれが合図だったかのように左腕は元の長さまで収縮し、間もなく光も消える。
だが、そこにあったのは元の左腕ではなかった。
「え、何これ……」
俺の左腕は石になっていた。
関節部分は動かせるし重さも感じないが、叩いてみると硬いし、間違いなく石だ。
本当に何だこれ。
一体何が起きた?
俺が呆然と左腕を見つめていると、水先が言った。
「その腕から感じる気配……ひょっとしてお前さん、エマ様の加護を受けてたのか」
「加護?」
言われてみれば、この左腕はエマが操っていた岩の柱に似ている気がする。
さっきまで歩いていた洞窟の壁と同じ色、同じ模様なのだ。
そして俺はエマが以前言っていた事を思い出し、ひょっとこの面を取り出した。
確かエマはこのお面について、加護を掛けてあるから肌身離さず持っていろ、と言っていた。
この左腕がその加護という事らしい。
「神様の加護って目に見えない御利益的な物だと思ってたけど、こんな物理的なもんだったのか」
とは言えこの場ではこれ以上に有難い加護は無い。
最初の一発目こそ暴発したが、ちゃんと意識してみると岩の左腕は俺の意思で自在に伸び縮みさせられるようだった。
これならここからでもゴエモンを援護できる。
「このまま岸に寄せるぞ! お前さんやれるか?」
「お願いします!」
俺は答えながら、ゴエモンの背後から襲い掛かろうとしていた小鬼に長距離から石の拳をぶつけた。
ギャッ、と悲鳴とともに小鬼が黒い煙に変わる。
それを見て小鬼共の何匹かが狼狽えたような声を上げた。
その後の攻防はほぼ一方的なものになった。
なにしろ小鬼は遠距離からの俺の左腕と近距離のゴエモンの牙の両方に気を付けなければならないのだ。
さらに、船が浅瀬に着くとガイコツ達が武器を手に白兵戦に加わった。
どうやら別の群れの仕業とはいえ先程縛られてボコボコにされた鬱憤が溜まっていたらしい。
小鬼の群れは見る見る数を減らしていった。
そして残りの小鬼もやがて勝ち目がないと悟ったらしく、武器を投げ捨てて一目散に逃げていったのだった。
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