第8話 お客様は神様です

 とりあえず金はあると分かったので俺は買い物をする事にした。


 まずはゴエモンが欲しがっていた串カツを数本。

 あとは自分用にも串カツを一本取り、他には人参型包装のポン菓子やら紐が付いた三角形の飴やら、面白そうなのを適当に見繕う。

 気付けばサイズが小さいとはいえ買い物かご一杯の量になってしまった。


 老婆は商品を一つ一つ確認しながら会計台の上をノミのように跳ね回った。

 手慣れた様子で会計を済ませ、引き出しから自分の数十倍はある紙袋を引っ張り出して中へ購入品を放り込んでいく。

 見た目によらず力持ちのようだ。


「ほれ、まいどあり。割と重いから気を付けな」


「ありがとうございます。……それで、いくつか質問してもいいですか?」


「そういえばそんな事言ってたね。もちろん構わないよ。どうせ他の客もいないし、アタシに分かる事なら何でも聞いとくれ」


 老婆はニコニコしている。

 お金について教えてもらった時も感じたが、どうやら人に教えるのが好きなタイプのようだ。

 俺は何を尋ねるか頭の中で整理してから言った。


「それじゃまず最初の質問なんですが、このダンジョンの出口がどの辺にあるかってわかりますか? 俺達ずっとそれを探し歩いていたんです」


「うん? だんじょんとかいうのが何かは知らないけれど、この国から出たいって言うなら無理だよ?」


 老婆はさも当然といった感じで言う。

 俺は耳を疑った。


「無理ってどういう事です」


「どういうも何も……自分でそれくらいは分からないのかい?」


「いや分かりませんよ」


 どうも話が噛み合わない。

 俺は困惑した。

 すると老婆は不審げに俺を見つめた。


「念のため聞くけど……お前さん、ここへはどうやって来たんだい?」


「どうって、穴に飲み込まれたんです」


 俺は自室にダンジョンが出現していた事や世間でも大騒ぎになっている事などを話して聞かせた。

 すると老婆はようやく納得したという感じで頷いた。


「なるほどね。騒がしいとは思ってたけどそんな事になってたのかい」


「はい。それで、何故出られないんですか?」


 俺は改めて質問した。

 だが老婆は問いには答えず突然跳ねて俺が抱えていた紙袋を引ったくった。


「わっ!? 何するんです」


「悪いけどお宅にこれは売れないよ」


「どうして」


「お宅がまだ生きた人間だからさ。……全く、いくら新参者といっても当たり前の事すら分かってないからおかしいと思ったんだ」」


「生きた人間……?」


 老婆は紙袋を置くと溜め息をついた。

 それから諭すような口調で言う。


「いいかい? そっちの犬はともかく、お宅はうちの商品は食べちゃダメだ。いやうちの商品に限った話じゃないか。こっちの世界の食い物は一切口にしちゃいけない。もし一口でも食べてしまえば、お宅もアタシのように永遠にここから出られなくなっちまうからね」


「は……?」


 食べたらダンジョンから出られなくなる?

 どういう意味だろう。


 俺は詳しい話を問いただそうとした。

 だが、その時不意に背後から声がした。


「――そうだね、食べない方が良いね。連れてくるように命令したのは私だけど、君を帰せなくなっちゃうのは本意ではないし」


「え?」


 振り返ってみると、店の入り口に幼い少女が立っていた。

 見たところ十歳くらい。赤い着物におかっぱ頭で、肌は白く、まるで人形のようだった。


 ただし少女の頭には鹿のような見事な角が生えている。

 ほとんど人と変わらない姿だが、どうやらこの子も人間ではないらしい。


 少女は俺と目が合うとニコリと笑った。

 それからトコトコと会計台の方へ歩きながら独り言のように言う。

 その声の調子は見た目と声に反して随分と大人びたものだった。


「全く、なかなか来ないと思ったらこんな所で油を売ってたなんてね。あんまり遅いものだから様子を見に来ちゃったよ。……あ、おばちゃん。あんこ玉ちょうだい」


「はいよ」


「ありがとう。……それじゃ和希くんにゴエモンちゃん、私は先に行って待ってるから君達も急いで来てね」


 買い物を済ませた少女は俺達の脇を素通りしそのまま店を出ていこうとする。


 和希というのは言うまでもなく俺の名だ。

 この子は俺達の事を知っているらしい。

 俺は慌てて呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「なに?」


「君は俺を知ってるのか?」


「うん、知ってるよ。さっきも言ったけどその子に君を連れてくるよう命じたのは私だからね」


「ゴエモンが俺を……?」


 俺はゴエモンに目をやった。

 少女の言う通りなら、俺がこうしてダンジョンに迷い込むことになったのはこの少女のせいであり、またゴエモンが原因ということになる。

 まさかゴエモンがそんな事をするはずがない、と俺は反射的に考えたが、少女の表情と雰囲気からはそれが真実だと感じさせる奇妙な説得力があった。


 俺は少女に聞いた。


「君は一体何者なんだ? それに俺がこの駄菓子を食べたら帰れなくなるって、それは一体どういう……」


「『よもつへぐい』って言葉、聞いたことないかな?」


「へ? よも……?」


「黄泉戸喫。あの世の食物を口にした者はこの世に戻ることができなくなるってやつさ。……ここは正に君達が言うところの黄泉の国。あの世なんだ。だから残念だけど君はここのお菓子は食べちゃいけない。もしも食べたら最後、永遠にここの住人として生きていかないといけなくなってしまうからね」


 それを聞いて俺はふと思い出した。

 黄泉戸喫という言葉自体は知らなかったが、そういう概念は以前漫画か何かで見た事があった。


 しかしするとここはダンジョンではなく黄泉の国なのか?

 いや、今の俺にとってはダンジョンも黄泉の国も大差ない気はするが……。


「それとね、私が何者かって質問だけど」


 少女は悪戯っぽく笑った。

 そして頭の整理が追いついていない俺をさらに困惑させる言葉を言い放った。


「私は神様さ。好きなだけ敬ってくれて構わないよ」

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