第7話 支払いは任せろー

 これは妖精か何かの類だろうか。

 俺はまじまじと老婆を見つめた。


 しかし、大きさはともかく外見と雰囲気は妖精というより魔女とか妖怪とかそちら側に思える。

 そう、お菓子の家の魔女ならぬ駄菓子の店の妖怪、みたいな……。


「お宅、何か失礼な事考えてないかい?」


「あ、いえそんなまさか」


 老婆にじろりと睨まれ、慌てて首を横に振る。

 ただ、ふと気付いた。


 ――このお婆さん、言葉が通じるじゃないか!


 ダンジョンに入って初めて会話ができる相手に出会えた。

 老婆が何者かはさておき、このダンジョンについて情報が得られるかもしれない。

 俺ははやる気持ちを抑えて言った。


「あの」


「何だい」


「ここは一体どういう所なのかご存じですか?」


「何って見りゃわかるだろう。ここは駄菓子屋だよ。アタシの店さね」


「ああいや、そうじゃなくて俺が聞きたいのは――」


 俺は慌てて訂正しようとした。

 こちらが知りたいのはダンジョンに関する事なのだ。

 しかし老婆はそれを遮った。


「それよりお宅、何が欲しいんだい。まさか散々冷やかしといて何も買わないつもりじゃないだろうね?」


 話があるならまず金を払えと言いたいらしい。

 確かに老婆からすればそうだろう。


 仕方ない、先に買い物をするか。

 どうせ何か買うつもりではあったのだから……と思ったのだが、俺はこの時になって今更気が付いた。


 そういえば、財布が無い。


 ここへは寝起き直後に放り込まれたのだ。

 寝間着から部屋着に着替えるくらいはしていたが顔を洗ってすらいないし、所持品もたまたま持っていた携帯だけ。

 財布など持ってくる余裕は無かったのである。


「………」


 俺は無言で会計台を見た。

 レジの機械は相当な年代物で、携帯での電子決済どころかカード払いさえ出来るか怪しい代物だった。

 だが俺は駄目元で携帯を見せながら聞いた。


「この店、これで払う事は可能ですか?」


「何だいそりゃ。悪いけどうちは現金のみだよ。ツケも物々交換もお断りさ」


 やはりダメらしい。

 俺は恐る恐る言った。


「すみません、実は財布を忘れてしまって……買い物は無理なんですが話を聞く事はできませんか?」


「何だい、金も無いのに来たのかい」


 老婆は呆れたように言った。

 しかし、何か気になる事があったらしい。

 俺の身体を無遠慮に眺めたかと思うと、やがて俺に疑わし気な視線を向けた。


「お宅、金の匂いがするね」


「へ?」


「本当に金持ってないのかい? 買わないだけならまだしも嘘まで付くつもりならアタシも容赦しないよ」


「違いますよ。本当に持ってないんですって」


 念のためポケットを漁ってみたが小銭一枚入っていない。

 正直に言ったのに何故信じてくれないのだろう。

 俺は思わず苛立ちを覚えた。

 すると老婆は言った。


「なら確かめてみようじゃないか。ちょっとこの台の上に手をかざしてみておくれ。ああ、手の平は下に向けてね」


「はあ」


 その行為に何の意味があるのか分からなかったが、それで疑いが晴れるならやってやろうじゃないか。

 俺は指示通りに片腕を差し出した。


 すると突然、ゴトッと物が落ちる音がした。


 見れば、俺が差し出した手の下に紫色の石が転がっていた。

 それは紛れもなくさっき俺の手の中に入ってしまったあの謎の紫の石だった。


 その石を見て老婆は勝ち誇った顔をした。


「ほれ見ろ、やっぱり金あったんじゃないか。さあ説明しておくれ、どうして嘘なんか付いたんだい? アタシが納得のいくような言い訳ができるのならしてみるといい」


 まるで鬼の首でも取ったようにこちらを責め立てる。

 だが俺の方は正直それどころではなかった。


 俺は青ざめながら紫の石と自分の手とを交互に見つめていた。

 老婆の言う金というのがこの石らしい事はわかったが、それよりも自分の手から石が出現した事の方が大事だった。


 入った時もそうだったが今出た時も全く感覚が無かったのだ。

 意味不明過ぎて怖い。


 そんな俺の様子を見て老婆は何か察した様子で言った。


「ひょっとしてお宅、ここへは最近来たばかりなのかい?」


「え? ええ、そうです。ついさっき放り込まれて、右も左も分からなくて」


「そうだったのかい。それならそうと先に言ってくれればいいのに」


 俺が新参者と分かると途端に老婆は態度を軟化させた。

 そして紫の石について丁寧に教えてくれた。


 それによると紫の石はここでの通貨代わりとして使われているらしい。

 ゴブリンを倒すと落とす物で、ただの石ではなく魂の破片と呼ばれる特別な結晶なのだそうだ。


 体内に取り込んで持ち運ぶ事ができ、取り込んでも人体に影響はない。

 だから心配しなくて平気だよ、と老婆は言った。


 ちなみにあのゴブリンは小鬼と呼ばれる生き物で、定期的に自然発生しては悪さをする厄介な存在なのだそうだ。

 放っておく訳にもいかないので駆除する必要があるが、群れを作り悪知恵も働く小鬼の相手は大変なので誰も進んでやりたがらない。


 だからここでは小鬼が落とす紫の石を通貨として採用しているらしい。

 紫の石があれば駄菓子屋での買い物など様々な好待遇を受けられる、というシステムになっているのだそうだ。


 モンスターを倒して稼げば店で買い物ができる。

 本格的にゲームみたいな世界になってきたな、と俺は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る