第6話 安田商店ダンジョン支店
駄菓子屋には『安田商店』という看板が掲げられていた。
店先にはアイス用の冷凍ボックスが置かれており、店内からは明かりも漏れている。
どうやら営業しているらしい。
「何故こんな所に駄菓子屋が……」
俺はポカンと口を開けたまま看板を見上げていた。
このダンジョンはまだまだ俺の予想を超えてくるつもりらしい。
と――その時、曇りガラスの戸が開き店の中から何かがぬっと現れた。
それは人の形をしていて、俺より頭一つ分背が高かった。
ただし人間ではない。
鎧みたいな服を着ているがそこから露出した腕や足は異常に毛深く、首から上は狼の頭そのもの。
狼男……いやコボルトだろうか。
どちらにせよモンスターには違いない。
俺は思わず身構えた。
しかしコボルトの方は俺達の事など眼中に無い……というより存在に気付いてすらいないようだった。
「フンフンフ~ン♪」
コボルトは鼻歌らしきものを口ずさみながら、ホクホク顔で俺の横を素通りした。
『安田』というロゴ入りの紙袋を大事に抱え、嬉しそうに尻尾を振っている。
早く落ち着ける場所へ行って買った駄菓子を食べたい。
言葉がわからなくても一目でそう察せる空気を漂わせていた。
「………」
何だったんだ?
俺は唖然としながらコボルトを見送った。
「ワンッ! ワンワンッ!」
我に返るとゴエモンが開きっ放しの戸の前で吠えている。
早く入ろう、と言っているようだ。
俺は訳もわからぬまま、ゴエモンに促されて店内へ足を踏み入れた。
※ ※ ※
店内には誰もいないようだった。
奥に会計用のカウンターがあったが店員の姿は無い。
休憩中だろうか。
「へー……駄菓子屋の中ってこんな感じなのか」
俺は店内を見回しながら呟いた。
駄菓子屋は写真などで見た事はあったものの、実際に訪れたのはこれが初めてだった。
棚にはバラエティ豊かな駄菓子が並び、天井からは照明用のランプが吊るされている。
上手く言葉で表現できないが、眺めているだけでわくわくしてくる。
初めてのはずなのに不思議と懐かしさを感じる空間だった。
だが、それはそれとしてここは一体何なのだろう。
ダンジョン内に駄菓子屋というか建物がポツンとあるのは不自然だし、大体ついさっきまでこんな店は存在していなかったはずなのだ。
どう考えてもおかしい。
俺は警戒しつつ、しかし棚に並んだ駄菓子にはちょっと興味を持ちながら店内を見て回った。
しかししばらく歩き回ったものの特に変な所は見当たらない。
内装自体は普通の店に思える。
そういえばゴエモンはどうしているのだろう。
いつの間にか足元にいない事に気付いて俺は店内を見回した。
するとゴエモンは入り口近くの透明な四角い容器が並んだ棚の前にいた。
容器の中にぎっしり詰まった串カツをじっと見つめている。
俺は近付いて声をかけた。
「それが食べたいのか?」
「ヘッヘッヘッ……」
食べたいらしい。
しょっぱそうだけど犬に食べさせて大丈夫だろうか、という不安が一瞬過ぎったが、今は犬ではなく箱なのだから多分大丈夫だろうと考え直す。
久々の再会なんだし好きな物を食べさせてやりたい。
それに俺自身、歩き続けたせいで小腹が空いていた。
気になる駄菓子もあるし、ここで一度休憩するのもいいかもしれない。
ただ、店員はどこへ行ったのだろう。
俺達が入店してから時間が経ったはずだが、未だに店員が戻ってくる気配はなかった。
ここの店員も多分これまでの連中同様にモンスターの類だろう。
言葉が通じるかどうかさえわからない。
しかしだからといって商品を勝手に持ち出すのはさすがに気が引けた。
できる事ならちゃんと購入したいのだが。
「店の人、戻ってこないのかな……」
俺は呟いた。
すると、俺達以外いないはずの店内から声がした。
「何だい、何か用かい?」
「へ?」
驚いて声のほうへ振り返る。
そこは会計用のカウンターだった。
しかしやはりそこには誰の姿も無い。
「あれ? 声がしたと思ったんだが……」
俺は首を傾げた。
するとまた声が聞こえた。
先程よりもはっきりした、少々甲高い年配の女性の声だった。
「何寝ぼけてるんだい。ほらちゃんと見な。ここだよ、ここ」
「ここってどこだよ……」
俺は声のする辺りを見回した。
そして不意に気付いてあっと声を上げた。
会計席は無人ではなかった。
カウンター台の中央に小さな座布団が敷いてあり、その上で豆粒みたいな老婆が座ってお茶をすすっていた。
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